61話 密談
サラが目覚めて一週間が過ぎ、主治医のギルバートが許可を出したので、サラは迎賓宮に戻ることになった。
その間、日中はレオンが付きっきりだったこともあり、サラは部屋の外で護衛をしているルークと、言葉を交わすことがなかった。
顔を見たい。話しがしたい。
そう思っても、サラは、思いのままに行動することが、良しとは思えなかった。
今は、自重するべきだろう。
神殿の祈りが始まれば、また、いつものように会うことができるのだから。
サラは、そう自分に言い聞かせて我慢することにした。
サラが迎賓宮に戻ると、医療従事者のレオンはワーレンブルグにいる必要がなくなったので、グランテリアに帰ることになった。
迎賓宮に留め置かれたレオンの護衛騎士四人も一緒だ。
帰るに当たって、任務交代も行われた。
セブとディックは、レオンと共にグランテリアに帰ることとなり、代わりに別の近衛騎士セオドアとアイザックが、迎賓宮に残ることになった。
別れ際、レオンはサラの見送りを受け、名残惜し気に、手の甲にキスをして去って行った。
レオンを見送った後、サラは部屋に戻ると緊張が解け、ふうとため息をついた。
そして、今は迎賓宮にいるのでルークに会えないが、明日からまた、ルークの護衛が始まると思うと、嬉しくてドキドキしてしまうサラであった。
いつも一緒に行動しているアイリスは、サラの少し嬉しそうな顔を見て感動していた。
聖女様は病み上がりにも関わらず、明日からまた働けることを喜んでいらっしゃる。
さすが聖女様!
その二日後、ここは、サンチェス公爵の屋敷内にある書斎。
サンチェス公爵とゴメス侯爵が、人払いをして、二人だけで話をしていた。
「先ほど、医療従事者の一行は、国境を超えたと連絡が入りました。」
「ふん、そうか。医療従事者なんて、まったく、いらん奴が来たものだ。そのまま、毒で死ねば良いものを。」
「さようでございます。こちらが手を下さずとも、勝手に死んだはずでしたのに。」
「まあ、良い。毒蛇に噛まれて死んだのでは、グランテリアの怒りの矛先が曖昧になる。やはり、初めの計画通り、怒りの矛先は、ワーレンブルグ国王に向かわねばな。」
「その通りでございます。」
「ところで、グランテリア国王の動きはどうなっている?」
「グランテリアの城で働いている密偵によると、国王は、聖女が毒蛇に噛まれたと聞き、毎日城内の神殿にこもり、祈りを捧げているそうです。こもりすぎて、めったに顔が見れないとも。」
「ふん、なんと弱々しい王だ。まだ、聖女の方がましかもな。」
「ましとは?」
「私の密偵の報告では、聖女は領地巡りの間、至れり尽くせりの歓迎を受け、何不自由なく甘やかされて過ごしていたと聞いている。だから、この国でひどい扱いを受けたら、すぐに尻尾を巻いて逃げ出すか、引き籠るかと思っていたのに、案外しぶとい奴だった。しかも、熱病に効く薬まで国民に与えるとはな。まったく想定外も甚だしい。」
「確かに。聖女の薬と、名前までつくぐらいですから。聖女の人気が徐々に広がっているように思います。」
「それでは困る。次の準備を始めろ。」
「はい。かしこまりましてございます。」
サンチェス公爵とゴメス侯爵が、密談を交わしている時間、レオンと護衛騎士は、国境を越え、グランテリアの城を目指していた・・・・のではなく、ワーレンブルグの宿屋の一室で、話し合いをしていた。
レオンたち五人はワーレンブルグ城を出発した後、秘かに潜入させていた五人と合流し、潜入組に通行証を渡して正規に出国させた。
国境警備兵は、服装も馬も、入国した時と同じだったので、通行証を確認すると疑うことなく五人を通した。
その後、夜になってから、潜入組は、またワーレンブルグにこっそりと潜入したのだが、それには誰も気づかなかった。
「酒場で、グランテリアの悪行の数々は、戦争を長引かせたいワーレンブルグの誰かが、わざと流した噂なのだと、話している人を見ました。」
「うむ。潜入組が上手く、噂を流してくれたようだな。」
「それから、昨日から聖女様の祈りの時間が復活しましたが、良い雰囲気の中、行われたそうです。」
「聖女の薬に感謝する声も、上がったそうです。」
「それは良かった。これもサラの努力の結晶だな。では、もっと噂を広げるとしよう。」
五人は、ごく普通の平民の姿で宿を出て行った。
さて、サラはどうなったかというと、迎賓宮に戻った翌朝、トビーとルークが迎えに来たが、ルークは相変わらずのポーカーフェイスで、何も変わらず、いつもの日常が戻っただけであった。
サラは、迎えに来てくれたことが嬉しくて、ルークの顔をじっと見ていたかったが、それができる雰囲気ではなかった。
どちらかと言うと、ルークになんとなく避けられているような気がした。
本当は、ルークを抱きしめて、「あなたはヒューイなのよ。私が愛する人なのよ。」と言いたかった。
だけど、それをしてしまうと、父神ヒューイに負けてしまうことになり、その場で、サラ一人だけが天界に戻されてしまうのだ。
自分から、告白することはできない。
ルークに愛されて、プロポーズされなければならない。
本当にそれが可能なのだろうか。
いやいや、まだ見ぬ未来に、そんな弱気でどうする。
まずは、同盟を結ぶこと。
それができたら、ワーレンブルグに移住しよう。
そして、ずっとルークのそばにいよう。
そこから先は、そうなってから考えれば良い。
サラは、自分にできることを真面目にして行けば、きっとなんとかなるだろうと、自分に言い聞かせていた。
それから、数日たつと、グランテリアの悪い噂は、実はワーレンブルグの誰かが流した噂らしいと、大きな噂として広がっていた。
サラが神殿で祈りを捧げるときにも、その噂の真相を確かめたいと思った婦人が、声を上げた。
「聖女様、グランテリアの騎士や兵士は、女や子どもを殺すって聞いたんですけど、それは本当ですか?」
サラは、その質問に驚いたが、それだけ、自分のことを信用してくれている証なのだろうと思った。
「グランテリアから来た私が話しても、どこまで信じてもらえるかわかりませんが、私が知る限り、そのような悪行をする騎士にも兵士にも、会ったことがありません。皆、騎士、兵士の誇りを持ち、それに相応しい行動をしています。」
すると、他の男も声を上げた。
「捕虜になったら、生きたまま、目ん玉くりぬかれるってききました。」
「私は、捕虜になった人の話を知っていますが、人間的な扱いを受けたと聞いております。もし、できましたら、実際に捕虜になった皆様のお話をお聞きになればどうでしょう。」
その言葉に、神殿に来ていた人々は頷いた。
皆、悪い噂を信じていたが、実際に捕虜になった人から、直接話を聞いたことがなかったからだ。
国民のグランテリアに関する思いが、だんだんと変わりつつある。
それを実感したレオンは、次の一手を打った。




