59話 病室
ルークは、部屋の中から男の声がしたので、医者でもいるのだろうと思ってドアを開けたのだが、中にはアイリスはおらず、見知らぬ男がいて驚いた。
「あ、あなたは?」
「グランテリアから来た医療従事者のレン・ガドフィールだ。」
レオンはルークを睨んで答えた。
手に薬を持っているので、見ただけで、護衛騎士のルークだとわかったが、念のため、確認した。
「お前は?」
ルークは持っていた薬をテーブルに置いて言った。
「先に名乗らず失礼しました。護衛騎士のルーク・バルビエです。」
すると、レオンは立ち上がり、ルークの胸倉を掴むと、壁に押し付けた。
「お前が、護衛の任務を果たせなかったから、サラがこんな目にあってしまった。」
ルークは、言われた通りだったので、胸倉をつかまれたまま、言い返すことも、反抗することもできなかった。
ゴールドスネークが出てくるのが、一ヶ月以上も早かったので、想定外の出来事だったと、言ったところで、そんなことは護衛の任務とは関係ない。
一瞬でも、目を離した自分が悪いのだ。
ただ、謝ることしかできない。
「すまない。本当にサラに申し訳ないことをしてしまった。」
だが、その言葉が、ますますレオンを怒らせた。
「サラだって?」
レオンの本能が、この男は危険だと警鐘を鳴らした。
今のうちに牽制しておく必要があると。
「お前は、未来の王妃を、危うく殺してしまうところだったんだ。」
「未来の王妃?」
「そうだ。彼女が王妃になることを、国民全てが望んでいる。まだ公表はされていないが、サラの任務が終わったら、正式に婚約する。」
「婚約・・・。」
ルークは、一気に緊張が解けた気がした。
そうだよな。
こんなに素敵な女性なのだ。
国王が放っておくはずがない。
だけど、何故?
「国王は、未来の王妃を、和平の使者に立てたのですね。危険なことなのに・・・。」
「それは・・・、サラが望んだことだからだ。自分から使者になりたいと申し出たのだ。彼女は、いつも国民のことを一番に考える。そういう女性だからこそ、最も王妃に相応しい。」
レオンは、ルークの胸倉を掴んでいた手を下ろした。
そして、サラを見て言った。
「お前が来る前に、サラに解毒薬を飲ませた。薬が効いてくれば、動けるようになるだろう。礼は言いたくないが、お前の応急処置がなかったら、サラは死んでいただろう。だから、応急処置には感謝する。」
ルークは、感謝の言葉を述べたレンに驚き、本当はとても優しい男なのだと思った。
二人の視線がサラに注がれていた時、変化が起こった。
サラのまぶたが、ピクリと動いたのだ。
「サラ!」
レオンはサラの元に駆けつけて、サラに話しかけた。
「サラ、サラ、聞こえるかい?」
ルークは、本当はレオンと一緒にサラの元に駆け寄りたかったが、今は自重した方が良いと思うと、そばに寄ることができず、二人の様子を見守っていた。
すると、サラのまぶたがゆっくりと開いたのだ。
「サラ、俺が見えるか?」
レオンがサラに話しかけると、サラはコクリと小さく頷いた。
布団の中に隠れていた手が、微かに動いていることに気が付いたレオンが、布団をめくると、今までまったく動かなかった指が、ぴくぴくと動いた。
その手をレオンは握り、「サラ、良かった、良かった。」と何度も繰り返し、涙を流して喜んだ。
ルークは、サラの目が開き、頷き、指が動いたことを、少し離れた場所で目を瞠りながら見ていた。
彼の胸に、言葉では言い表せないほどの、喜びと感動が押し寄せた。
ああ、神様、感謝します。サラの命を救ってくれてありがとうござます。
ルークは無言で天を仰ぎ、神に感謝の祈りを捧げた。
そのとき、サラは、身に覚えのある温かい何かを感じた。
これは何?
温かさを感じる方向に目を向けると、そこには神に祈りを捧げるルークがいた。
ルークの体は、ふわりとした赤いオーラに包まれていたのだ。
ルーク!!!
サラは叫びたい衝動にかられたが、声が出なかった。
ルーク、ルーク、やっぱりあなたはヒューイだった。
やっと見つけた。
ああ、私はヒューイを見つけたのよ。
サラの目から涙が溢れた。
溢れて溢れて、ボロボロと零れだした涙は止まらない。
レオンは泣き出したサラの涙を、毒に打ち勝った嬉し涙だと思った。
「サラ、もう、きみは大丈夫だから。毒に勝ったんだよ。」
レオンは、ハンカチで涙を優しく拭ったが、それでも涙は止まらなかった。
ルークは、涙を拭いてもらっているサラを、ただ、見ているだけしかできなかった。
そこへ、着替えを持って来たアイリスが部屋に入って来た。
目の前の光景に、どれほど驚いたことだろう。
「せ、聖女様!お目覚めになられたんですね。聖女様~!」
アイリスもサラの元へと駆け寄った。
そしてレオンに言った。
「陛下、あっ、レン様、本当に良かった。良かったですね。」
アイリスも涙が溢れて止まらない。
三人の涙溢れる感動のシーンを、ルークは黙って見ていたが、アイリスが発した一言を聞き逃さなかった。
陛下?
ああ、レンは国王だったのか。
医療従事者にしては、何かおかしいと思っていたんだ。
そうか、国王が婚約者を救うために、危険を冒してここまで来たのか。
身分も偽って・・・、大したものだ。
彼を見ていると、サラを心から愛しているのがわかる。
サラも、国王に生きて会えたことを、涙を流してあんなにも喜んでいる。
ふふっ、俺の出る幕は、ないな・・・。
ルークは、そっと部屋から出て、音を立てないように静かにドアを閉めた。




