56話 毒
サラの声に、一番早く反応したのはルークだった。
すぐにサラのそばに行くと、足元に黄土色の表皮をした蛇がいた。
ルークは、慌ててその蛇を剣で突き刺した。
黄土色の表皮は光の加減で金色に見えるので、ゴールドスネークと呼ばれる猛毒の毒蛇だった。
「噛まれたのか?」
「はい。」
サラが座り込んで押さえていた足首を見たら、靴下のレースに血がにじんでいた。
靴下を脱ぐと、蛇に噛まれた後がはっきりと残っていた。
「ああ、なんてことだ。すまん! 痛いが我慢してくれ。」
ルークはすぐにスカートをまくり上げ、噛まれた場所より上を、普段緊急用に持っている包帯で縛り、短剣で噛まれた場所を小さく切ると、足首に吸い付き、毒を吸い出した。
血と一緒に毒を吸い出し、吐き出すことを何度も繰り返した。
その間にも、サラの体調が悪くなっていくのが分かった。
ああ、油断していた。
蛇が出てくるのは、まだ一ヶ月以上も先だと思っていたのに・・・。
トビーもアイリスも、なすすべもなく不安な顔で見守るしかなかった。
「帰るぞ!」
ルークは、ぐったりとしたサラを、トビーに手伝ってもらって馬に乗せると、脱いでいた自分の上着を、サラを覆うように被せ、袖を自分の体に強く結んだ。
「サラ、急いで帰るから、俺の体に腕を回して。」
サラは、言われるままにルークの体に腕を回して抱きしめた。
だが、回す腕に、思うように力が入らない。
蛇に噛まれた場所が燃えるように痛い。
体にしびれを感じる。
この腕で、いつまで抱きしめていられるのか、自信がなかった。
馬を走らせているルークは、サラの腕の力がだんだんと弱まっていることを感じていた。
早く、早く、帰らなければ・・・
城に着く頃には、ルークを抱く腕に、力はほとんど残っていなかった。
四人が王城に帰ると、ルークはサラを抱き上げ、医療宮にある医務室に運んだ。
その途中で、執事が走って来た。
「聖女様、第三王子殿下の容態が急に悪化しました。すぐに来てください。」
しかし、ルークに抱きかかえられているサラの青白い顔を見て驚いた。
「いったい、これは・・・」
「ゴールドスネークに噛まれた。」
「ゴールドスネーク? そ、そんな・・」
「ルーク、私は・・・いいから、早・・く薬草を殿下と、重症の子どもたちに・・届けて。早く・・しないと・・間に・・合わない・・。だか・・ら、急いで・・・」
サラが消え入りそうな声で、苦しそうに言った。
「わかった。だからもう話さないで。」
ルークはサラを医務室に運ぶと、医者にゴールドスネークに噛まれたことと、応急処置をしたことを告げた。
「アイリス、サラのことは頼む。俺は薬草を届けてくる。」
ルークは第三王子殿下に、トビーは重症化している子どもの家に、薬草を届けに行った。
その後も、二人はまだ重症化していない子どもの家にも、薬草を届けに行ったので、ルークがサラの元に戻ってきたのは、夜遅くなってからだった。
サラは、血の気のない顔で、ピクリとも動かず、ベッドで横になっていた。
「アイリス、サラの様子はどう?」
「せ、聖女様は、死、死ぬかもしれません。」
アイリスは、今まで堪えていた涙が、一気にあふれ出た。
「何だって?」
「お、お医者様が仰るには、ルークの応急処置が良かったから、ま、まだ生きているけど・・・毒が、か、完全になくなっているわけでは・・・ないって。こ、この国には、ゴールドスネークの毒を・・消す薬は・・ないって・・。」
アイリスの涙は止まらない。
グスグスと声を詰まらせながら話を続けた。
「毒は・・せ、聖女様の体の中を回っていて、もし、た、体力が・・なくなったら・・毒に負けて、し、心臓が止まるって・・・。」
「そ、そんな・・・」
ルークは、ふらふらとサラが寝ているベッドに近づき、サラを見た。
青白い顔はまだ生きていて、とても死が迫っているようには見えなかった。
だが、今、サラの体は、毒と戦っているのだ。
「サラ、どうか、生きてくれ。お願いだ。死なないでくれ。ああ、神様、お願いです。サラの命を奪わないでください。」
ルークは、手を組み、天に向かって生まれて初めて祈った。
この時、祈るルークに、ふわりと赤いオーラが現れた。
アイリスには見えない、神力を持つ者だけが見えるオーラだ。
オーラはルークをしばらく包み、そして消えた。
残念なことに、目を閉じているサラには、そのオーラを見ることができなかった。
しかし、天界にいるサラの友人たちは、大騒ぎになっていた。
サラが毒蛇に噛まれて死にかけている。
しかし、サラとルークの死は、父神ゼシューとの賭けの対象となっているので、神々は、サラを助けることはできない。
ただ、見守るしかないと、ハラハラして見ていたら、ルークから赤いオーラが見えた。
ルークは、ヒューイだった。
「ヒューイを見つけた!」
「こんなところにいたのね。」
「どうりで見つけられなかったはずだよ。今まで、祈ったことがなかったんだから。」
「ああ、何と言うことだ。せっかく祈ってくれたのに、今の俺たちには・・・」
ヒューイを見つけたことに喜びはしたが、肝心のサラが死にかけている。
彼らは、サラに、幸運を授けることも許されていなかった。
本当に、ただ見守るだけしかできないのである。
アイリスは、涙をこぼしながら話を続けた。
「グランテリアには、ゴールドスネークの特効薬があるんです。だからディックに伝書鳥を送ってもらいました。間に合えば、命が助かるかもしれません。」
「グランテリアには、そんな薬があるのか。」
「はい。薬が届くまで、できることは、このお薬を飲ませることだけなんです。」
アイリスが薬と言ったものは、体力保持のために飲ませる栄養ドリンクのようなもので、吸い口のついた器に入っていた。
体力が弱れば毒に負けてしまうので、それを防ぐために医者が処方したものだった。
「それは、どれくらい飲ませるものなんだ?」
「二時間おきに、この量を飲ませます。さっきは、お医者様が身体を支えてくれました。これからはルークが支えてくれますか?」
医者は、王城専任の医者なので、王城で働く全ての人を抱えている。
とても忙しく、サラだけに長い時間をとるわけにはいかなかった。
「ああ、わかった。」
「では、今から飲ませますので、聖女様の身体を支えて下さいませんか。」
ルークは、サラの上体を起こして、倒れないように支えた。
アイリスが、吸い口をサラの口に入れて、少しずつ、ゆっくりと薬を流し入れた。
ごくりと飲み込んではくれるものの、上手く飲み込めなかった薬は口の端からこぼれてしまう。
アイリスは、慌ててそれをハンカチで拭った。
変わり果てたサラの姿を見て、ルークの目は涙で潤んだ。
「すまない。俺がちゃんと見てなかったから、こんなことになってしまった。サラ、本当にごめん。」
涙がルークの頬を伝わった。




