55話 乗馬
天界では、サンテはどうしたものかと悩んでいた。
サラの友人の神たちと話し合った結果、広く浅く主義で、多くの人々の願いを叶えていたのだが、肩こり、関節痛、喉の痛みなど、神力が少なくて済むものがほとんどった。
しかも、毎日回復する神力の量しか使えないので、重い病気を治すには、神力の量がたりなかった。
それに加えて、今流行っている熱病は、すぐに治る病気だったので、今までわざわざ病気治癒祈願をする者などいなかったのに、五人の子どもが危篤になったという情報が流れたとたん、急激に病気治癒祈願をする者が増えた。
サンテの神力では、到底足りなかった。
今も、サラが第三王子のために祈っているが、第三王子を完全に回復させるだけの神力は残っていなかった。
しかし、神力を使わなくても、別の方法がある。
サラなら、きっとわかってくれるだろうと、サンテは別の方法で、病気を治すことに賭けた。
第三王子の部屋で祈りを終えたサラは、王妃ソフィアに言った。
「しばらく様子を見てください。明日、また来ます。」
神力が動かなかったのは、サンテにそれだけの神力が残っていなかったのだろう。
第三王子は熱が出て二日目。
三日過ぎれば、自然に治る可能性がある。
やはり、今は様子をみるしかない。
その夜、サラは夢を見た。
川に沿って歩いていると、川が二手に分かれている場所に着いた。
大木が一本生えていて、その周りに草が青々と生い茂っていた。
その時、サラは急に熱が出て、手を見れば発疹が出ていた。
サラは、茂る草を摘んで、すり鉢ですり潰し、粘りが強くなるまで何度もすり潰した。
最後はそれをすくって食べた。
すると、熱が下がり元気になった。
目が覚めた時も、しっかり夢の内容は覚えていた。
これは、サンテからのメッセージでは?
サラは、夢に見た場所を絵にしようと、思い出せる限り、詳細に描いた。
この熱病には、特効薬となる薬草が自然界に生えていた。
サンテは今まで、ワーレンブルグでこの熱病が流行る度に、医者に薬草で治す方法を夢で伝えたのだが、夢を見た医者は、「不思議な夢を見た。」と言うだけで、薬草を探しに行ってくれなかった。
だが、サラならわかってくれると思い、サンテはサラに夢で伝えることにしたのだ。
翌朝、ルークとトビーが護衛の仕事にやってきた。
神殿での祈りは、熱病の感染予防のため、今日からしばらく休みであることが伝えられた。
神殿の仕事はなくなったが、二ヶ月間の日中の護衛は、彼らの仕事だった。
セブとディックの護衛は、二人が来ると交代しなければならなかった。
サラは、夢で見た場所を描いた絵を二人に見せて、この場所を知らないかきいた。
トビーは知らないと言ったが、ルークは違った。
「父親と一緒に狩りに行ったときに、この大きな木は見たことあるぞ。一本だけ目立って生えていて、葉っぱの形が変わってるから覚えている。この絵のように川が二手に分かれている場所だった。馬で一時間ほどの距離にある。馬車では行けないから、馬に乗って行くことになるが、サラは、馬に乗れるのか?」
「いえ、私は馬に乗ったことがありません。」
サラは、人間界に降りてきて、まだ、一度も馬に乗ったことがなかった。
「では、俺の馬で行こう。支えてあげるから、大丈夫。」
するとトビーがアイリスに話しかけた。
「アイリスは、馬に乗れるのかい?」
「私は、淑女のたしなみとして、乗馬の経験はありますわ。ただ、その・・・まだ幼かったので・・・」
「ああ、ポニーに乗ったことはある、ということかな?」
「そ、そ、そうですわ。」
アイリスは、赤くなって答えた。
「では、大きな馬には乗れないだろう。アイリスは、私と一緒に乗ろう。」
サラもアイリスも乗馬服は持っていなかったので、そのままの服装で横乗りで馬に乗ることにした。
サラと二人で馬に乗るなんて・・・、まさか、こんな展開になろうとは。
ルークは嬉しくて飛び上がりそうだったが、ぐっと堪えて、ポーカーフェイスを貫いた。
そして、ひらりと馬にまたがり、踏み台に乗ったサラを引っ張り上げて馬に乗せた後、彼女を両腕で挟むようにして手綱を握った。
「慣れない馬に、横乗りだ。しっかり俺の腕に捕まっていろ。落ちそうになったら、俺の体にしがみついていいぞ。」
ルークは相変わらずのポーカーフェイスで話していたが、内心はドキドキしていた。
サラの手が、そっと腕に添えられた。
二頭の馬が、それぞれ二人を乗せて、迎賓宮を出発した。
春の温かい日差しの中、乗馬にはうってつけの日だった。
ルークは、サラのために馬をゆっくりと走らせていたが、揺られていたサラは、慣れない馬の動きに、時々バランスを崩し、そのたびにルークの腕をギュッと掴んだ。
「ごめんなさい。」
ルークの顔に視線を移すと、ルークは表情一つ変えずに答えた。
「気にしなくていい。」
ルークは、サラの護衛になったときから、いつもポーカーフェイスで、にこりともしない。
アイリスは、ルークのことを、何を考えているのかわからなくて怖いと話していたが、サラは、一度も怖いと思ったことはなかった。
それよりも、一緒にいる安心感の方が大きかった。
今も、ルークの腕に守られていることを、不思議と心地よく感じていた。
ルークとサラの後ろを、トビーとアイリスの馬も同じようにゆっくりと走っていたが、二頭の距離は少し離れていた。
「あの、聖女様と距離が離れすぎていませんか?」
「ああ、これぐらいが、ちょうどいいんだよ。」
「はあ?」
トビーは、わざと距離を空けて馬を走らせていた。
これは、ルークに対するトビーの優しい配慮だった。
普段、表情豊かなルークが、サラの前でだけ、わざとらしいほどに仏頂面になる。
それなのに、馬車から降りるときの手助けを交代でしたいと言い出す。
全く、サラのことを意識しすぎだろう。
本人は、ばれていないと思っているようだが、そこが、なんとも可愛いもんだ。
今もきっと、本心を必死に隠して、ポーカーフェイスを気取っているんだろうな。
ふふっ
トビーは、笑いたくなるのを堪えていたが、つい、笑いが漏れてしまった。
一緒に乗っているアイリスは、そんなトビーを不思議そうに見た。
「あっ、失礼。少し思いだし笑いをしてしまいました。ところで、アイリスは、サラの侍女の仕事をとても熱心にしているね。」
急に自分に話を振られて驚いたが、アイリスは、澄まして答えた。
「もちろん、侍女として当然のことですわ。でも、どうしてそんなことを?」
「いや、私には妹がいてね。たぶん、アイリスよりも少し年上だと思うんだけど、今、貴族の館でメイドとして働いているんだ。だが、アイリスの方がよっぽどしっかりしていると思ってね。」
褒められたアイリスは、恥ずかしくなって、少し赤くなってしまった。
慌てて、笑いをごまかしたトビーだが、アイリスに言ったことは本心だった。
そして、恥ずかしそうにするアイリスのことを、妹みたいだなと微笑ましく思った。
しばらくすると、道が整備された町を過ぎ、森の中に入った。
整備されていない森の道に入ると、馬の揺れが激しくなり、サラは、大きくバランスを崩してしまった。
「キャッ」
小さな悲鳴を上げると、ルークが片手でサラをギュッと抱きとめた。
「大丈夫か?」
「ありがとう。おかげで落ちずに済みました。」
「ここからは足場が悪い。俺にしがみついた方が安全なのだが。」
「えっ、ですが・・・あっ」
言いかけたとたん、またバランスを崩し、サラはルークの体にしがみついてしまった。
ルークの厚い胸に体を預けるように抱きついてしまったサラは、顔が火照るのが、自分でも分かった。
そして、抱きついたその胸から、ルークの鼓動が伝わって来た。
ルークもドキドキしている。
下からそっと顔を覗くと、ポーカーフェイスのルークの顔が赤くなっている。
二人は赤い顔のまま、無言でしばらく馬に揺られていた。
サラは、ルークと一緒に馬に乗っている最中、ずっと、心の中に温かいものを感じていた。
安心していられるような、懐かしいような・・・
それがどこから来るものなのかは、サラにもわからなかった。
サラは、ルークにあのことを聞いてみたい衝動にかられた。
「ルークは、今まで神に祈ったことはありますか?」
「何故、そんなことを聞く?」
ルークは、少し怒っているいように見えた。
「いえ、今まで祈っている姿を見たことがなかったので、ふと、聞きたくなっただけです。嫌な思いをさせたのならごめんなさい。」
「ああ、怒っているわけではないから、謝らなくていい。」
ルークは、ゼシュー神の肖像画を見るとムカつくので、一度も祈ったことがないなんて、本当の理由を言うのが恥ずかしかった。
まるで子どものような理由に、呆れられるかもしれない。
もっともらしい理由を、無理にこじつけることにした。
「今は、サラの護衛だから、仕事中は目を離せないだろ。それに、俺は、騎士の家に生まれ、幼い頃から戦場で死んでいく人々のことを聞いてきた。騎士団に入団してからは、何人もの人が死ぬのを見てきた。みんな、生きたいと祈っているのにな。だからかな。祈りたいとは思わないのだ。」
祈りたいとは思わない・・・。
もしかして、今まで祈ったことは、ないってこと?
もしもルークがヒューイなら、天界から祈りのオーラを探しても、見つからなかったはずだ。
だが、まだわからない。
単なる偶然かもしれない。
ルークが神に祈っている姿を見ることができないことが、サラにはとても残念なことであった。
森の川沿いを馬で移動していると、大きな木が見えてきた。
川が二手に分かれているサラが夢で見たあの場所だった。
「着いたぞ。ここでいいか。」
「はい。夢で見た通りの場所です。」
馬から先に降りたルークは、サラが馬から降りるのを手伝おうとしたが、上手く降りることができなかったサラを、両腕で抱きしめることになってしまった。
また二人の顔は赤くなった。
平静を取り戻し、回りを見ると、木の下には青々とした葉っぱが生い茂っていた。
葉っぱの回りがギザギザになっている葉形も、夢で見たとおりだった。
サラは、持って来た小さなすり鉢に、葉っぱを数枚入れてすり始めた。
すると徐々に粘りだし、十分に粘り切ってから、すくって食べてみた。
苦みがある中に、少し甘みを感じた。
これも夢で見た通りの味だった。
「これです。今、私がしたように、しっかり粘りが出るまですり潰してから食べれば、熱病に効くはずです。熱が引くまでは、一日に三回食べるんです。」
少し遅れて来たトビーとアイリスにも、同じ説明をした後、四人は薬草を摘み始めた。
薬草を入れる箱が、もうすぐいっぱいになるかと思われたころ、キャアと悲鳴が聞こえた。
サラの悲鳴だった。




