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憂鬱聖女の結婚事情 ー憂鬱聖女は今日も最愛の恋人を探して旅に出ますー  作者: 矢間カオル


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53話 一人の男

その夜、町の酒場で一人の男が不味い酒を飲んでいた。


いつもと同じ酒なのに、旨いと感じない。


けっ、なんでぇ、皆、聖女の話ばかりしやがって。


みんな、聖女なんて嫌いじゃなかったのかよ。


酒場の客たちの話題は、聖女の話で大いに盛り上がっていた。


肩凝りが治っただの。


失くしていた指輪が見つかっただの。


聖女は絶世の美女だの。


この男の隣に住む主婦も、朝から話しかけてきた。


「ちょっとぉ、聞いてよ。聖女がね、些細なことでも祈りましょうって言うからさ。あたしゃ、十個も願い事を祈ったのよ。そしたらさ、あんた、五個願いが叶ったんだよ。美味しい料理が作れて、旦那に褒められたでしょ。それから、子どもたちが、珍しく兄弟ゲンカをしなかったでしょ、それから・・・」


その後もしつこく何か言ってきたが、男は主婦の声がうるさくて聞くのをやめた。


それに引き換え、この俺は、はあ・・・


酒場の客の会話が耳に入ってきた。


「それにしても、あれはひどいよな。」


「そうそう、いくら憎いからって、女の顔に石を投げるなんてな。」


「ワーレンブルグの人間が、グランテリアのような野蛮な人間だと思われるじゃないか。」


「全くだ。この国の面汚しだよ。」


「投げた奴には、天罰が下るんじゃないか。」


「ははは、その通りだ。」


ドキッとした。


やはり、天罰なのか?


昨日、憎いグランテリアから来た聖女に、文句の一つでも言ってやりたくて神殿に行った。


出てきた聖女がすごい美人なので驚いたが、やっぱり文句は言ってやりたいと思った。


そしたら、隣のフードを被った男が、「グランテリアの犬」と叫んだ。


俺も調子に乗って叫んだ。


男が「帰れ帰れ」と叫んだから、俺もそれに乗っかって「帰れ帰れ」と叫んだ。


そしたらその男、俺に石を差し出してきて、口には出さないが、顎で示して聖女に投げろと言ってきた。


拳ほどもある大きな石だったし、当てるつもりじゃなく、脅かしてやるつもりで投げた。


まさか、手が滑って顔に飛んでいくとは思っていなかった。


騎士が助けてくれたから、怪我がなくて済んだが、正直、ヒヤッとした。


我にかえって隣の男を見たら、いつの間にかいなくなっていた。


なんとなく嫌な思いを抱えたまま帰ったのだが、それからというもの、ろくなことがない。


帰る途中で、犬の糞を踏んでしまった。


家に入ろうとしたら、躓いて転んでしまった。


打ったところが痛くて、夜に寝付けなかった。


朝、寝ぼけ眼で階段を下りたら、足を滑らせて落ちてしまった。


今も、打った尻が痛い。


「クッソー、これも聖女のせいなのか!」


思わず声に出してしまった。


しかし、これらは全て、男の不注意によるものであった。


いやはや思い込みとは、困ったものである。


この男のそばにいた別の男が話しかけてきた。


右目の下にホクロのある男だ。


たまに、この店で見たことがある。


「あんた、聖女が嫌いなのかい?」


ホクロ男に言われて、考えてみると、聖女が嫌いというわけではなかった。


「俺は、グランテリアが嫌いなんだよ。あいつら、戦争で、女も子どもも皆殺しにしたって言うじゃないか。それに捕虜になった兵士は、見せしめのために、生きたまま目をくりぬくんだろ。そんなやつら、大嫌いだ。」


「そうかい。グランテリア嫌いのあんたに、仕事を頼むことがあるかもな。そのときはよろしくな。」


そう言うと、ホクロ男は、店を出ていった。


男はしばらく一人で飲んでいたが、いつまでたっても不味い酒に嫌気が差して、帰ることにした。


「店主、いくらだ。」


財布を取り出そうと懐に手を入れたが、財布がない。


「えっ? 落とした? これも・・・?」


男は真っ青になった。


何度も言うが、これも男の不注意である。


思い込みで、聖女のせいにされたのでは、たまったものではない。




三日目の朝、神殿に行き、サラはいつものように祈りを捧げた。


アイリスも慣れてきたし、祈りに来る皆の様子が柔らかくなったこともあり、もう、怖いと思わなくなった。


一回目の祈りが終わり、サラ、アイリス、ルーク、トビーが控え室で休憩していると、カイゼルが、話があるとやって来た。


正確に言うと、カイゼルではなく、彼に頼んできた男なのだが。


サラに個人的に話がしたいと言う人がいても、全てに対応することはできないので、丁寧にお断りすることにしていた。


カイゼルも、男の申し出を断ろうとしたのだが、話の内容を聞くと、断る前に、サラに聞いた方が良いと思った。


「聖女様、聖女様に石を投げた男が、謝罪したいと名乗り出ました。どうされますか?」


「何っ!」


即座に怒りの反応を示したのはルークだった。


ルークは、思わず腰に下げた剣を強く握った。


「ルーク、私のために怒ってくれてありがとうございます。でも、今は、その男の話を聞くことにしましょう。」


男は、控え室に通されると、すぐさま、サラの前にひれ伏した。


「聖女様、申し訳ございませんでした。私が石を投げました。どうかお許しください。言い訳しても信じてもらえないと思いますが、隣の奴からもらった石ですし、決して聖女様の顔に当てるつもりはなかったのです。ちょっと脅かすだけのつもりでした。本当にすみませんでした。」


男は、顔を上げずにひれ伏したまま謝罪した。


ルークは、怒りの声で言う。


「ちょっと脅かす?あんな大きな石を投げるなんて、当たれば命に関わる。脅かすだけじゃ、すまないだろ!」


サラは、ルークに無言で感謝の視線を送り、こくりと頷いた後、男に言った。


「顔を上げてください。」


男は顔を上げた。


美しいサラの顔が、目の前にあった。


サラは男に合わせてしゃがんでいたのだ。


「聖女様!」


「謝罪に来てくれてありがとうございます。ここまで来るのは、とても勇気が要ることだったでしょう。」


「聖女様、お許しください。」


「私は怒っていませんよ。こちらの騎士のおかげで、ケガ一つしませんでした。それよりも、あなたがこうやって謝罪に来てくれたことが、とても嬉しいのです。あなたの名前はなんと言うのですか?」


「私の名前は、ジェイコブです。」


「そうですか。ジェイコブさん、あなたに幸せが訪れるようお祈りします。ですからもう、気にしないでくださいね。」


「聖女様、ありがとうございます。」


ジェイコブの目から涙がこぼれた。


初めは、自分の不幸続きに恐れをなして、このままでは天罰が終わらない、何とかしなければ!という思いだけで謝罪に来た。


聖女に罵られても、ただひたすらひれ伏して、許しを請うつもりだった。


しかし、聖女の思いがけない優しい言葉に胸がつまり、気がついたら涙が出ていた。


ここに、聖女推しの人間が、また一人誕生したのであった。


この後、家に帰る途中で、ジェイコブは、いつの間にか体の痛みが消えていることに気付いた。


家の中に入ると、ベッドの下に、財布が落ちているのを見つけた。


「ああ、やっぱり聖女様に謝って良かった。天罰が終わった。神よ、感謝します。」


ジェイコブは声に出して、感謝した。


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