52話 夜
セブとディックは、昼間に庭を散策している最中、警備が手薄な場所を探していた。
また、迎賓宮の自分たちの部屋から出る際に、外から見て死角になる場所も探していた。
結果、三部屋隣のバルコニーなら、大木の影に隠れて死角になることがわかった。
夜、セブが自分と同じ髪色のカツラを荷物から取り出した。
「えっ?お前、なんで?」
「お前のもあるぞ。」
セブは、黒髪のカツラも取り出して見せた。
「いや、そうじゃなくて。」
髪の長さが変わっていないセブが、自毛でカツラを作れるはずがない。
買うにしても、珍しい髪色だから、手に入れるのはかなり難しいはずだ。
「お前、もしかしてエミリーの髪を切ったのか?」
「切ったなんて人聞きの悪い。ちょっと頼んだだけだ。」
イヤイヤイヤ、絶対ちょっとじゃないだろ。
でも、エミリーのことだから、きっと嫌がる素振りも見せずに、言われるままに切ったんだろうな。家族思いの優しい娘だから・・・。
ディックは、短くなったエミリーの髪を思い不憫に思った。
セブは、枕と衣服を使って布団を被せ、最後に黒いカツラが見えるように置いた。
こうすればディックが寝ているように見える。
「お前、確かめたいことがあるんだろ。行ってこいよ。俺は、警備兵が来たらごまかしておくから。」
「ああ、頼む。じゃっ、行って来るわ。」
ディックは黒服に着替えると、バルコニーを三つ飛び越え、ロープを使って大木に飛び移り、地面に降りた。
そして昼間見つけた銅像へと向かった。
途中で警備兵の巡回に出くわしたが、上手く隠れて事なきを得た。
銅像にたどり着くと、台座の裏側に身を潜めた。
暗くてよく見えないが、手探りで、昼間に見た継ぎ目を探した。
あった。ここだ。
継ぎ目に、夕食時に拝借したナイフを上から突き刺した。
すると、ナイフは中に入り込み、柄の部分で止った。
もう一本、隣に突き刺しても同じだった。
二本のナイフを手前に引くと、台座の面が傾き、倒れてきた。
しかし、中から鎖でつながれているので地面に倒れることはなく、人が入れる程度の入り口を開けると止まった。
やはり抜け道の入り口だった。
抜け道は、城壁の下をくぐり、外に出られるように作られていた。
ディックは『王族の存続と築城の原理』の著者に感謝して中に入り、抜け道を通り、城壁の外に出た。
出口は、城壁から少し離れた場所にある、使われていない古い枯れ井戸だった。
一見、枯れ井戸を埋めたように見えるが、井戸の底を下から押し上げると蓋が開くようになっていた。
抜け道の確認が終ると、ディックは部屋に戻った。
ディックがいない間に、警備兵の見回りがあったが、警備兵がノックしたドアをセブが開けると、中まで入らず、ドア越しに中を確認しただけであった。
ディックはベッドで寝ていると思われたので、警備兵は怪しむこともなく、ドアを閉めるように言った。
ディックが抜け道をセブに教えると、次はセブが確認に行った。
こうして一日が終わった。
翌日、サラとアイリスは迎えに来た馬車に乗って神殿に向かった。
護衛騎士のルークとトビーは、昨日と変わらず馬に乗り、並走して護衛を務めていた。
神殿に着くと、神官とカイゼルが出迎え、今日は、カイゼルが二人の下車を手伝った。
ルークは少し残念に思ったが、顔には出さないようにしていた。
挨拶を済ませた後、サラはカイゼルに問いかけた。
「人々の様子はどうですか?」
「私は神殿の入り口で、皆が入る様子を見ていたのですが、それが・・・、昨日とはずいぶんと雰囲気が違います。」
「雰囲気が違うとは?」
「う―ん、少し丸くなったというか、とげとげしさがなくなったというか・・・たぶん聖女様も、見たらわかると思います。」
サラが神殿に入ると、大勢の参拝者が長椅子に座り、サラの入場を待っていた。
しかし、皆のサラを見る目が、昨日の憎しみを込めた目よりも、期待に満ちた目、好奇心でいっぱいの目の方が多くなっていた。
また、疑心暗鬼にとらわれている者も少なからずいた。
そのうちの一人がゴメス侯爵だった。
ゴメス侯爵は、サンチェス公爵がどのような手を使ったのか知りたくて、昨日、こっそり神殿に来ていた。
聖女を窮地に立たせたところまでは良かったが、その後の聖女の言動がとても堂々としていて、サンチェス公爵が言う『愚かな小娘』とは違う気がした。
しかも、聖女の話を聞いていると、決して明言しているわけではないのに、ワーレンブルグの王も、和平を望んでいるように聞こえた。
愚かどころか、かなり賢明な娘なのではないか?
そして、聖女が些細なことでも祈ろうと言うので、試しに、三日前から戻ってこない飼い猫が、戻ってくるようにと祈った。
するとどうだろう。屋敷に帰ると、猫がちゃんといるではないか。
使用人に聞くと、ついさっき、何事もなかったように戻って来たと答えた。
ゴメス侯爵は、本来なら喜ぶべきなのだろうが、素直に喜べず、怖くなった。
これが、グランテリアの国民なら、飼い猫が戻って来た、聖女様のおかげだと両手をたたいて喜ぶのだろうが、自分はワーレンブルグの人間だ。
聖女のおかげだとは、簡単に信じたくなかった。
偶然なのか、それとも聖女の力なのか、もっとよく調べる必要がある。
そう思ったゴメス侯爵は、サラの力を見極めるために、今日も神殿に来たのであった。
サラは、昨日と同じ言葉を、美しい姿勢とよく通る声で堂々と皆に伝えた後、祈り始めた。
ゴメス侯爵は、「金が降って来い」と祈った。
こんな有り得もしない願いが叶えられたら、それこそ聖女の力は本物だろう。
祈り終わった後、帰宅するために馬車に乗ろうとしたときに、カサリと小さな音がした。
とても小さな音だったが、まるで、音が自分を呼んでいるような気がした。
今、ポケットから音がしたような・・・と、ポケットに手を入れると、なんとそこには紙幣が1枚入っていた。
思い出した。
この上着を着たのは1週間前だ。
家を出る前に、自分の部屋に落ちていた紙幣を見つけて、時間がなかったものだから、慌ててポケットにねじ込んだんだった。
この金は、もともとゴメス侯爵の金で、降ってきたわけではなかったが、彼にとっては、降って来た金と同じようなものだった。
というのも、もし、使用人がポケットの中に入っている金を見つけたら、それは全て、妻に渡すことが決まっていたからだ。
よくぞ一週間、誰にも見つからずにいたものだ。
猫に続いて、金まで祈りが叶えられた。
これぞ、聖女の力?
ゴメス侯爵は、これが単なる偶然で、その偶然を聖女の力だと思い込んでいるのか、それとも、本当に聖女の力なのか、わからなくなってしまった。
ゴメス侯爵が帰った後も、サラは何度も祈りの時間を設けた。
聖女の噂はかなり広まったようで、祈りに来た人々は昨日よりも増えていた。
神殿に来た人々の、心の中まではわからないが、はっきり言えることは、ほぼ全員がサラと一緒に祈るようになったことだった。
昨日のように、祈らずキョロキョロと周りを見回す者はほとんどいない。
サラが祈りの終わりを告げるまで、祈り続けている。
サラは、毎回祈る皆のオーラを確認したが、ヒューイらしき人を見つけることはできなかった。
しかし、ワーレンブルグの人々が、徐々にではあるが、自分を受け入れてくれていることがわかり、嬉しく思った。
まだまだこれからだと、希望が持てた。
こうして、二日目の祈りが終わった。




