51話 付き人
サラたちが神殿で一日を過ごしている間、セブとセブとディックも、城内で自分たちにできることをしていた。
まず、付き人を通して、伝書鳥を飛ばす許可を得た。
ただし、必ず付き人の目の前で書き、付き人が許可した文書だけという制限付きで許された。
ディックには、それで十分だった。
幼い頃から、ディックとレオンは暗号ごっこをして遊んでいた。
その暗号の解読は、年齢が上がるにつれ難しくなっていき、今では、暗号解読の専門家でさえも、解読不可能な文章が書けるようになっている。
一見ごく普通の文章の中に、レオンとディックにしかわからない意味が込められているのだ。
これは、暗号解読の鍵が、二人だけの思い出から作られているので、できたことだった。
もう一つ、許可してもらったことは、毎日の鍛錬だった。
騎士たるもの、たとえ飯は抜いても鍛錬を欠かすことはできない。
と掛け合えば、これもまた、付き人がいる前ならという制限付きで許された。
そういうわけで、サラたちが出た後、しばらくしてから、セブとディックは木剣を使って打ち合いを始めた。
付き人は、ディックとほぼ変わらない年齢だと思われた。
帯剣をしていることと、身のこなしから見て、たぶん騎士だろう。
しかも、手にできている剣だこは、かなりの熟練者であることの証だ。
付き人は、セブとディックの打ち合いを見ながら、うずうずしていた。
目の前で繰り広げられる上級者の打ち合いに、自分も参加したいという願望が顔に出ていた。
「もし、良かったら、あなたも一緒に鍛錬しませんか?」
とディックが言った。
「いや、私は付き人なので。」
「敵国の騎士の実力を知るのも、付き人の仕事ではないですか?」
「ああ、そう言われてみると、確かにその通りだ。では、私も遠慮なく参加させていただきましょう。」
そこでディックが提案した。
「では、まず、試合形式でやってみましょう。ルールは枠から出るか、剣を落としたら負け。剣が体に当たれば勝ち。ただし、木剣とは言え、お互いに怪我をするのは避けた方が良いので、剣を体に当てるときは寸止めにしましょう。」
「ああ、いいだろう。」
「それでは始めましょう。セブ、審判を頼む。」
ディックと付き人の試合がはじまった。
カンカンカン
木剣のぶつかり合う音が小気味よく響いた。
少し手合わせをしただけで、付き人はかなりの熟練者ではあるが、ディックの敵ではないことが分かった。
しかし、ディックの目的は、彼に簡単に勝つことではない。
カンカンカン
おっ、こいつ上手い!と思わせて
カンカンカン
俺、負けるかもと思い始めたら
カンカンカン
一瞬の隙を見せる。
熟練者なら、その隙をついてくるはずだ。
カーン!
付き人がディックの木剣を弾き飛ばした。
「ああ、さすがにお強い。勝ちそうだと思ったんですけど、一瞬の隙を突かれてしまいました。私の完敗です。」
ディックがあっさりと負けを認めると、
「いやいや、あなたも相当強かったですよ。」
と、とても満足そうな顔で、付き人は言った。
「もう一度いかがですか?」
ディックが誘うと、付き人は汗を拭く手を止め、乗って来た。
しかし毎回負けていると飽きられてしまう。
今回は、相手に勝てそうだと思わせたところで、瞬時に間合いに入り込み、首に木剣を当てるギリギリのところで寸止めした。
「ああ、勝てると思って油断してしまった。」
「そのお陰で、今回は勝たせてもらいましたよ。」
三回目は付き人に勝たせた。
鍛錬好きな騎士たちは、気持ちの良い鍛錬を一緒に繰り返すことで、自然と心を開いてくるものだ。
ディックはそれを狙っていた。
さりげない会話ができるようになり、どうでもいい情報なら、割と簡単に教えてくれたりする。
そして、そのどうでもいい情報の中に、意外と役立つ情報が混じっているものだ。
付き人の名前はマテオと言った。
別に名前を言うなと、命令されていたわけではないが、なんとなく自己紹介をする機会を失ってしまい、そのままになっていたそうだ。
お互い流れる汗を拭きながら、ディックはマテオに聞いてみた。
「黒髪の護衛騎士、あいつってどんな奴だ?」
「ああ、ルークのこと? あいつってすごいんだぜ。」
「すごいって?」
「あいつが生まれたとき、もんのすご―い雷が落ちたんだってさ。それで、夜なのに、落ちた瞬間、まるで真昼のように辺りが明るくなったから、名前をルークってつけたんだってさ。なっ、すごいだろ!」
「あ・・ああ、確かにすごいな。」
本当に、どうでもいい情報だった。
もっと役立つ情報をくれとディックは思った。
ちなみに、この後、マテオはセブに声をかけ、対戦した。
しかし、・・・瞬殺された。
セブは三試合も見た後だからと、勝った言い訳をしたが、実力の差は明らかで、その後二度と、マテオはセブと対戦しなかった。
後から、セブがディックに言った。
「お前は、凄いよ。俺には、あんな細かな配慮をした負け方はできない。」
「そうか?」
褒められたディックは、顔に出さなかったが実はとても嬉しかった。
鍛錬の後に、付き人と一緒であれば、制限付きではあるが、城内の庭を散策することも許された。
ディックは以前に読んだ『王族の存続と築城の原理』という本を思い出していた。
著者は、城の抜け道専門の研究者で、ワーレンブルグから亡命してきたいわく付きの研究者であった。
既に故人で、書いている内容も古くはあるが、ディックにとって、なかなか興味深い内容の書籍だった。
特に興味を抱いた一節。
『城から抜け出る隠し通路というものは、秘密裏に作られるので、作った本人が、王族に知らせる前に死んでしまえば、誰にも知られぬまま捨て置かれてしまうことになる。我々研究者にとって、そのような忘れ去られた隠し通路や城壁の抜け道を探すのも、研究の醍醐味なのである。』
もとワーレンブルグの研究者が書いたということが、引っかかった。
もしかしてと思い、城壁を見ながら散策をしていた。
『城壁のそばに、何気なく置かれている銅像などが目印になることもある。』
あった。
『その銅像の台座の裏側が、抜け道の入り口になっていることがある。』
マテオをちらりと見ると、彼はセブに、騎士とはかくあるべきと夢中で話している。
今なら、動ける。
ディックはこっそり台座の裏を見た。
うっすらと継ぎ目のようなものが見えた。
当たりか!?
夕方になると、サラたちが帰って来た。迎賓宮の食堂で夕食を食べて、部屋に戻ると付き人マテオの仕事は終わった。
「じゃあ、二人とも、また明日な。」
マテオが帰ると、付き人ではなく、警備兵がドアの前についた。
ここから先は、朝まで部屋から出られない。
だが、じっとしている二人ではなかった。




