50話 初めの祈り
神官とサラが参拝者の前に立つと、それまでざわついていた人々が、静かになった。
しかし、皆がサラを見る目は、冷たく厳しい。
神官はそんな人々を見て困ったような顔をしていたが、気を取り直して、サラを紹介した。
「この方は、グランテリアから来た聖女です。我が国王が望まれたので、神殿に祈りを捧げに来てくださいました。祈り方には、決まり事があるそうなので、それは聖女からお聞きください。皆さんに神のご加護があらんことを。では、私はこれにて。」
神官は、聖女がここにいるのは、国王の望みなのだということを強調して、話し終わると、そそくさと出て行った。
サラが一人になると、人々が、またざわつきだした。
「グランテリアの犬!」
誰かが叫んだ。
「私の夫はグランテリアに殺されたのよ!」
「俺の親父も戦争で殺された!」
「帰れ!帰れ!」
人々から、憎しみの声が上がり、神殿の中は騒然となった。
トビーとルークは、サラの邪魔にならないようにと、少し距離を置いて護衛をしていたが、ルークは、危険を感じ、サラのそばに歩み寄った。
シュッと、何かがサラに向けて投げられた。
ルークはぐっとサラの肩を抱き、自分の側に引き寄せた。
パシッ!
もう片方の手で、飛んできた物を掴んだ。
それは、拳ほどの大きな石だった。
ルークが引き寄せなければ、サラの顔に当たっていただろう。
「誰だ!石を投げたのは? 出てこい!」
ルークは、目の前の人々に向かって大声で叫んだ。
その声は神殿に響き渡り、人々は一瞬で静まり返った。
しかし、私がやりましたと、出て来る者はいない。
「ルーク、いいのです。あなたのおかげで私は無事でした。どうもありがとう。」
サラは、敵国で、グランテリアのように順調にできるとは思っていなかった。
神官の言葉を聞いたときに、こんなこともあろうと想像もしていた。
だが、人々の声がとても悲しかった。
肉親を失った悲しみは、いつまでたっても忘れることはない。
戦争の傷跡がここにも残っている。
グランテリアでも、多くの人の嘆きを聞いてきた。
ワーレンブルグでも、人々の辛さは変わらない。
自分ができることは祈ることだけ。
でも、それが、少しでも、和平につながればいい。
戦争で苦しむ人たちのために、終戦を、和平をと、強く願った。
「皆様、私はグランテリア国王から、この国に和平の使者として遣わされました。グランテリア国王は、終戦を望んでいます。これ以上罪なき人々が苦しまずにすむよう、平和な世の中にするために、私を使者として遣わされたのです。ワーレンブルグの国王陛下は、私が皆様と一緒に祈る機会を与えてくださいました。国王陛下には心から感謝しております。どうか、皆さん、私と一緒にお祈りください。どのような些細なことでも良いのです。それが皆様の幸せにつながりますように。決まりごとは一つです。私が祈りの終わりを伝えるまで、祈り続けてください。」
静まり返った神殿に、サラの凛とした声が響いた。
人々のサラを見る憎しみの目は少なくなったが、好奇心の目は増えた。
初めて聞く祈りの決まりごとに驚き、隣どうしのお互いの顔を見合わせて、こそこそを囁き合うものはいたが、神殿内が騒然となることはなかった。
「それでは祈りを始めます。」
サラが祈り始めると、人々も祈り始めたが、目を閉じ、祈りの姿勢を取っている人は半分ほどであった。
ルークもトビーも、祈っている最中に、サラに何かする者がいないか緊張して見ていたが、誰も何もしなかった。
サラは、いつもなら、一番にヒューイのことを祈るのだが、それは止めた。
どうか、一日も早く終戦になり、人々が幸せに暮らせるようにと祈った。
祈り終わると顔をあげ、人々を見た。
祈っている者が半分、残りの者は、じっとサラを見ているか、きょろきょろと周りを見回しているかのどちらかだった。
ここにも、もと神のオーラを感じることはなく、ヒューイらしき人はいなかった。
「それでは、祈りを終わります。」
サラの言葉とともに、祈りの時間は終わった。
その頃、天界では、サラの友人たちは、大騒ぎだった。
「女性に、それも女神に石を投げるなんて、信じられる?」と愛の女神モーラ。
「どうかしてるね。」と戦いの男神ビンセル。
「サラ、可哀そう。前途多難だね。」と農業の男神ハービス。
「こうなったら、サラのために、できるだけ、多くの人の願いを叶えてあげるのが良いね。物事の本質を見抜けない者は、損得勘定だけで判断しようとするから。」と金銭の男神ゴルダード。
「そうね。今回は広く浅くよ。神力をあまり使わなくて済む願いを、たくさんかなえてあげることにするわ。」と健康の女神サンテ。
神たちの瞳に、闘志で燃える赤い炎が浮かび上がった。
一回目の祈りが終わると、サラは、今後も何度も祈りの時間を持つことを告げ、一礼して、壇上を去った。
人々もまた、神殿を去っていった。
カイゼルは、神官見習いの仕事として、神殿の出入り口に立ち、帰っていく人々を、見送っていた。
初めから終わりまで、この場所から見守っていたが、グランテリアとのあまりの違いに、ドキドキハラハラして見ていた。
サラに向けて石が投げられたときは、恐ろしさのあまり、卒倒しそうになったが、ルークがサラを助けてくれたので、本当にほっとした。
その後もどうなることかと心配していたが、サラが祈りの前に、人々に話をしたあたりから、なんとなく、空気が変わったように見えた。
そして今、神殿を出て行く人を見ていると、殺気立った表情が抜けているように感じた。
中には、少し微笑んでいる人もいた。
親子連れの会話が聞こえた。
「願いが叶うといいね。」「ふふふ。ほんとにね。」
憎しみの声を上げている人がいたが、必ずしも全員がそうではないのだとわかった。
ワーレンブルグの人々も、グランテリアの人々と基本的には変わらない。
同じ物事に対しても、人によって、感じ方も考え方も違う。
カイゼルは、サラがこの国でも、多くの人に受け入れられて欲しいと思った。
その後、サラは、何回も祈りの時間を設けたが、人が多かったのは一回目だけで、その後は、少人数での祈りとなった。
しかし、グランテリアに対する憎しみは相当なもので、グランテリアから来た聖女と聞いただけで、怒りだす人が多かった。
だが、初めは怒っていても、サラの和平を望む真摯な態度と誠意のこもった話を聞くと、多くの人が怒りの鉾を収めるのだった。
聖女と一緒に祈れることを、知らなかった人も多く、サラを見て、初めて聖女を見たと喜んでいる人もいた。
護衛騎士のルークとトビーは、また同じことが起こったらと、緊張して護衛を務めていたが、心配していたことは起こらず、ほっとした。
サラの祈りの時間は夕方までと決められていたので、時間になると、サラたち三人は迎賓宮に帰ろうとした。
しかし、神官が、カイゼルを引き止めた。
「この神殿は、人手不足なので、もしよかったら、神官見習いとして、しばらく神殿にいて欲しいのだが、どうだろう。」
「付き人の自分が、いきなりグランテリアの神官見習いとして働いてもいいのですか?」
カイゼルが驚いて聞くと、神官は言った。
「私から陛下に話しておくから大丈夫。」
今は御者の仕事がなく、付き人はアイリスがいれば十分だ。神殿で情報を得る方が、何かの役に立つのではないか?
そう思ったカイゼルが、問いかけるようにサラを見ると、サラは笑顔で「カイゼルが望む方を選びなさい。」と言った。
「それなら、よろしくお願いいたします」とカイゼルは神官の申し出を受け入れ、本日から、神官見習いとして、この神殿で過ごすことになった。
迎賓宮への帰り道、馬車の中でアイリスはサラに話しかけた。
「聖女様、今日は本当に大変な一日でしたね。それにしても、お怪我がなくて本当に良かったです。」
「ええ、本当に。ルークのおかげで助かりました。」
あのとき、ルークが肩を抱き寄せてくれたから、石が当たらずに済んだ。
もしも、ルークがいなかったらと思うと、ぞっとする。
そして、一瞬だったけど、抱き寄せられたときの感覚が、ルークの胸の鼓動が、今も忘れられない。
怖かったのに、温かい。
ルークを思い出すと、何故かサラの胸が少しだけ熱くなった。
サラとアイリスを迎賓宮に送り届けた帰り道、ルークはセブに尋ねた。
「なあ、聖女、じゃない、サラのことをどう思う?」
「とても美しい人だね。それに美しいだけじゃない。あの最悪の状況の中で、臆することなく、堂々とみんなに話している姿には、感動したよ。」
「ああ俺もだ。サラは、一度決めたことは、最後までやりとげようとするからな。」
「あれ? お前、どうしてそんなことを言うんだ? まるで前から知っているみたいな口ぶりだな。」
トビーに言われて、ルークは自分でも驚いた。
「いや、何となくそう思っただけだ。」
なぜ、俺はそんなことを思ったのだろう?
そして、サラと口にしたとたん、とても懐かしい気持ちになり、胸が甘く疼いたことを不思議に思った。




