49話 神殿
翌朝、ルークとトビーは、馬車と一緒に、迎賓宮に聖女を迎えに行った。
グランテリアの馬車を使うと、国民を刺激してしまうだろうという配慮から、ワーレンブルグの馬車を使うことになった。
御者もワーレンブルグの人間に任せることになり、カイゼルは付き人兼神官見習いとして働くことになった。
サラ、アイリス、カイゼルは神殿に行くことを許されたが、セブとディックは城を出ることを許されておらず、見送りだ。
トビーがにこやかな笑顔で挨拶をした。
「聖女様。お迎えにあがりました。私は護衛騎士を務めさせていただきますトビーと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
続いてルークが挨拶をしたが、表情は硬く、にこりともしない。
「私は、ルーク・バルビエと申します。よろしくお願いします。」
トビーの温かい挨拶とは違い、対照的な冷たい挨拶だった。
それを見ていたディックは、まったく、こいつは・・・と文句の一つでも言ってやりたいと思ったが、今ここでやり合うことは得策ではないと思い、黙っていることにした。
「聖女様、どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「セブ、ディック、見送りありがとう。では、行ってまいります。」
三人を乗せた馬車は、ゆっくりと迎賓宮から離れた。
その馬車を、ルークとトビーが馬で並走して、護衛しながら神殿へと向かった。
ルークは、昨日はずいぶんと混乱していたが、一晩寝て、目覚めると少しは落ち着いた。
きっと、聖女は自分の好みのタイプだったのだろうと思うことにした。
自分でも知らなかったが、きっと、どストライクのタイプだったのだ。
でないと、説明がつかない。
と、無理やり自分を納得させた。
昨日ほどではないが、今日も聖女を見ると、ドキドキしてしまう。
この気持ちを悟られないように、ポーカーフェイスを崩さぬように努めた。
馬車が神殿に着いた。
トビーはさっと馬車のドアを開き、アイリスに手を貸して降りるのを手伝った。
サラに対しても同じことをした。
ルークは、トビーのこういう洗練した動きには、いつも感心する。
トビーは平民だが、剣術の巧みさも騎士としての振る舞いも、皆に一目置かれていた。
トビーが言うには、トビーの家の隣に、引退した騎士が住んでいて、騎士としての全てを、子どものころから、ずっと教えてもらったらしい。
そして、騎士になることを夢見て、毎日、勉強と鍛錬を欠かさなかった。
トビーが最高の成績で入団試験に合格したのは、当然の結果だった。
ちなみに、ルークの成績は、筆記試験の結果が思わしくなく二位だった。
ルークは、そんなトビーを見て思う。
伯爵の爵位をもつ騎士の家に生まれ、騎士になることが当たり前として生活していた自分とは、意識の高さが違う。
ルークとトビーは入団試験の際に友人となり、今でもその親しい関係は続いている。
ルークはトビーの洗練した動きに一目置いているが、トビーがサラに手を貸して下車を手伝う姿を見たときは、できれば自分がしたかったなと思った。
神殿に向かって歩いているとき、サラが言った。
「あの、護衛騎士様。」
「はい。」
トビーとルークが同時に返事をした。
トビーは困った顔で、サラに言った。
「護衛騎士様では、どちらを呼んでいるのかわからないので、どうぞ名前で呼んでください。」
「では、トビー様。」
「私は平民ですのでトビーで結構です。先ほど、聖女様は護衛騎士を名前で呼んでいらっしゃいましたね。こちらも同じでよろしいかと。」
「あの、本当によろしいのですか?」
サラはルークを見て言った。
「私のこともルークで結構です。」
ルークは顔を崩さないように言ったが、内心、グッジョブ!とトビーに拍手を送っていた。
「それでしたら、私のこともサラとお呼びください。」
「いや、それは・・・。護衛騎士も聖女様と呼んでいたし」
と、トビーが言いかけると、ルークが会話に割って入った。
「いえ、それでいきましょう。ここはグランテリアではなく、ワーレンブルグだ。聖女も騎士も、お互いに名前で呼び合う方が、公平感があって良い。対外的には敬称をつけるとしても、私たちだけの時は、名前で呼びましょう。」
ルークは、相変わらず、ポーカーフェイスで話しているが、内心は、やった!名前呼びを手に入れた!と喜んでいたことは、誰も知る由もない。
神殿の控室に入り、神官と話をしたが、彼の言葉は、歯切れが悪かった。
「聖女殿。ようこそおいでくださいました。ですが、あの・・・。参拝者の方々が・・・。」
神官の目がうろうろとさまよい、まともにサラを見ようとしない。
何か言いにくいことでもあるのかと思ったが、ここは敵国だ。
だいたい察しはついた。
「神官様、ご心配、ありがとうございます。私は大丈夫です。私は陛下に任された仕事を、責任を持って全ういたします。」
「そうですか。それではよろしくお願いします。」
そう言って、神官は、サラにとって初めてであるワーレンブルグの神殿について説明を始めた。
しかし、神殿の作りは基本、どこも同じだ。
大昔、父神ゼシューが人間を作り、人間が増え始めた頃、ゼシューは、真面目で絵の上手い若者を選び、毎晩夢に現れた。
人間としてあるべき姿、神への祈り、神殿についてなど、毎晩話して聞かせた。
若者は、毎朝、夢で見たことを書き留め、一冊の本にまとめた。
それが、現在も使われている神書である。
そして、毎晩夢に現れたゼシューの肖像画を描いた。
若者は神書と肖像画を携えて大陸全土を回り、神の教えと神の姿を伝えた。
若者の努力は実を結び、各地に弟子ができ、神殿が建てられた。
各地で弟子となった人々は神官となり、その土地の人々に神の教えを伝えたのだった。
その後、領地争いや、戦国時代を迎えたが、大陸全土の宗教は、今も昔も変わらず一つなのである。
神官が神殿の説明を終えると、カイゼルが神官に言った。
「私は、グランテリアの神殿では、神官見習いの仕事をしてきました。ここでも何か自分にできる仕事をさせてください。ほとんどの雑用はこなせます。」
「おや、そうですか。それはありがたい。神のもとでは、皆、兄弟姉妹です。あなたのことを兄弟と思って、仕事を任せることにいたしましょう。」
「それでは、神殿に行きましょう。」神官が先頭に立ち、サラたちを神殿に案内した。
サラたちが神殿に入ると、既に参拝者用の長椅子には、たくさんの人が座っていた。
しかし、彼らがサラに向ける眼差しは、グランテリアの人々とは全く違っていた。
半分の人が好奇心の目で、残りの半分は憎しみの目で、じっとサラを見つめていた。
アイリスは、いつものように目立たぬように動き、参拝者用の長椅子に座ったが、異様な雰囲気に圧倒され、震えながら席に着いた。
サラの祈りが、無事に終わることを、願わずにはいられなかった。




