48話 それぞれ
ワーレンブルグ国王夫妻の寝室。
「ソフィア。今日の私はどうだったかな。ちゃんと威厳よく言えたかな。」
「はい。陛下。国王らしく振る舞えていらっしゃいました。」
「そうかそうか。ソフィアに褒めてもらえることが、私は一番嬉しい。それでは私はもう寝るよ。愛しているよ。お休み。」
隣で寝ている夫を見て、ソフィアは思った。
そう、確かにこの男は、国王らしく堂々とした態度で聖女たちに言葉をかけた。
サンチェスの台本通りに・・・。
それにしても、サンチェスは何故、二ヶ月も聖女を留める気になったのか。
聖女の祈りで国民の願いを叶えるためとか、もっともらしいことを言ってたが、本心とは思えない。
手の内を決して見せない彼だから、裏ではいったい何を考えていることやら・・・。
サンチェスは国民感情を煽ることに長けている。
国民に、グランテリアを憎むように仕向ける情報を流し、動かしているのは、サンチェス自身なのだから。
ソフィアは、二ヶ月間、聖女が無事に過ごせることを祈った。
サンチェス公爵邸の書斎。
ゴメス侯爵は、使用人が入れたお茶を飲んでいた。
高級な茶葉が醸し出す香りは豊潤で甘く、さすが公爵が好むお茶は違うと、ゴメス侯爵はサンチェス公爵のご機嫌伺に余念がなかった。
「ところで公爵様、聖女の話をどう思いましたか?」
「ああ、同盟が結ばれれば、国をあげて食料援助をすると言ってたな。まったく、何を考えているのやら。そんなことをされては、我々の利益がなくなるではないか。」
「仰る通りでございます。飢饉になれば、グランテリアの商人から、我々が仕入れているのですからな。」
ワーレンブルグでは、約十年ごとに冷害が起こる。
そのたびに食料危機に陥るのだが、サンチェス公爵とゴメス侯爵は、たとえ敵国であっても、裏ルートでグランテリアの商人と結びついており、安く仕入れた食料をワーレンブルグで高く売り、暴利をむさぼっていたのだ。
「公爵様、聖女の件は、いつ頃します?」
「ああ、期間は二ヶ月もあるからな。そんなに慌てることもあるまい。それよりも、聖女の化けの皮が剥がれるのが楽しみだ。」
「化けの皮が剥がれるとは?」
「なんだお前、まさか聖女の噂を信じているのではあるまいな。」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。公爵様の仰る通りでございます。」
ゴメスは、慌てて否定した。やれやれ危ない危ない。
「聖女と一緒に祈ると願いが叶うなんざ、あんなのはただの思い込みに過ぎない。
あれは、グランテリアだからこその思い込みだ。
あの国には、聖女伝説が国民に浸透しているからな。
聖女も信仰の対象になっているわけだ。
明日晴れますようにと、聖女と一緒に祈ったら晴れた。
ああ、これも聖女のお陰だと考える。
祈らなくても晴れるものを。
くだらん。全く愚かな者たちだ。
しかし、ここは、ワーレンブルグだ。
聖女信仰なんてない。
つまり思い込みがないってわけだ。
一ヶ月もすれば、聖女と祈ることが無駄だと気づくことだろう。」
「本当に仰る通りでございます。」
「それに、もし、本当に聖女が人の願いを叶える力があるのなら、誘拐されたときに、自力で脱出できただろう。しかし、聖女は、一週間も地下室に閉じ込められた。聖女だ何だと言っているが、所詮、愚かな小娘に過ぎない。」
「その通りですな。さすが公爵様。洞察が素晴らしい。」
「ふふふ、聖女のことは、情報を流しておいた。神殿にも人を送る。明日が楽しみだ。」
バルビエ伯爵邸のルークの自室。
黒髪の、苦虫をかみつぶしたような顔をした若者、ルーク・バルビエは、混乱しまくっていた。
今までの人生の中で、もしかしたら、一番混乱しているかもしれないと思うほど混乱していた。
何故だ、どうしてだ、俺に何があった?
団長から聖女の護衛の命令を受けたとき、はっきり言って乗り気じゃなかった。
なんで俺が? 他の奴に頼めばいいのに・・・と思っていた。
だが、だが・・・
ルークは何度もあの瞬間を思い出しては、ドキドキして顔が火照った。
「グランテリア王国の使者が入場します。」と声がして、聖女が謁見の間に入って来た瞬間、ドキッとした。
自分でも驚いた。
そして、彼女が一歩一歩と近づいて来るにつれ、ドキドキと心臓が高鳴った。
俺は心臓の病にでもなったのか?
そう思ったが、今まで病気知らずの俺が、まさか心臓の病になるはずがない。
ああ、何なんだ。いったいこれは!
そう思っていたら、跪いた聖女が顔を上げた。
ドッキーン!!!
心臓が破裂するかと思った。
このままでは、やばい。
俺はどんな顔をしている?
顔を見られてはいけない。
そう思って顔をそむけた。
何か違うことを考えねば!
そうだ、八歳のときに、酔ったオヤジに理由もなく投げ飛ばされたことがあった。
あれにしよう。
ああ、思い出しただけでムカついてくる。
あのときに感じた理不尽さと痛さは忘れられない。
聖女から顔をそむけた俺は、悔しくムカつきながら、オヤジのことを必死になって思い出していた。
この感情、何かに似ている。
そうだ、神の肖像画を見たらムカつくあの感情だ。
理由がわからないのに、なぜがムカつくあの感情。
聖女も同じだ。
理由がわからないのに、なぜかトキメクこの感情。
えっ? 俺はときめいたのか?
聖女に?
顔もはっきりと見えない入場の瞬間から?
わからん。わからん。
俺はいったい、どうなってしまったのだ?
だが、はっきり分かることがある。
俺は聖女が嫌いじゃない。
きっと嫌いになるだろうと思っていたが、そんなことはなかった。
いや、それよりも、もっとそばで見ていたいと思う。
ああ、また変なことを考えてしまった。
俺はいったい、どうしたんだ!
明日から聖女の護衛が始まるというのに・・・。
とりあえずは、この感情がばれないようにしなくては。
こうなったら、ポーカーフェイスを貫くしかない!




