44話 謁見
レオンが、執務室で、仕事をしているときに、王宮執事が手紙を持ってきた。
「聖女様からのお手紙が届きました。」
「おお、そうか。」
前回のように、関心がないフリはせず、レオンは満面の笑みを浮かべて片手を差し出した。
執事は、コホンと一つ咳払いをすると、その手に手紙をのせた。
執事が出ていった後、レオンは大喜びで手紙を読んだ。
「ああ、ディック、サラが謁見を申し出ているよ。できるだけ、早く会いたいだって。」
「それは、ようございましたね。」
レオンの高揚した気分とは真逆に、ディックは冷たく言い放った。
今までの経験から、とてもレオンの望む方向には進まないと思ってのことだったが、浮かれたレオンには通じなかった。
「きっとサラのことだ。どこかの領地に救護院を作るべきだとか、貧しい人々に、救いの手を、とか、そんなことを頼みにくるんじゃないかな。そうなったら、視察をかねて、今度は俺が一緒に小旅行だ。」
俺の主は、よっぽど一緒に領地巡りをしたかったらしい。
「ですが、聖女様の気持ちも」
「ああ、婚約者でもない男女二人が一緒に旅行だなんて、サラが許さないだろうな。だから、結婚を申し込む。婚約者なら、未来の王妃となら、一緒に視察に行ってもおかしくないだろう?」
「いえ、だから、俺が言いたいのは」
「今まで、サラは、俺との間に線を引いていた。」
あっ、それは自覚していたんだ。
「彼女の真面目な性格から考えると、国王との身分差を、きちんと配慮しての行動なのだと思う。それに、奥ゆかしい彼女は、婚約者でもない男とは、線を引くべきだと考えるだろ?」
「それはそうだと思うけど。」
ちょっと違う気がするとは、なかなか言えない。
「それにもし、サラが、結婚を迷うようなら、俺は説得するよ。サラこそが、この国の王妃に相応しい女性だと。今まで何度も視察を兼ねてサラたちと合流したが、そのたびに、国民のサラに対する支持率が高くなっているのを感じた。国民の支持率を考えれば、王妃は彼女以外には考えられない。」
陛下はそこまで考えていたのか・・・。
「サラは、この国に来てまだ一年だ。婚約者もいなければ、愛する男もきっといないだろう。国民のことを一番に考える彼女だから、きっと説得すれば、王妃になることを承諾してくれると思うんだ。」
ディックは、レオンのことを見直した。
レオンは、なんだかんだ言っても、やっぱり国王なんだと。
ディックは、幼い頃からレオンと一緒に育ち、教育も一緒に受けることが多かった。
その中で、王太子の心構えとして口を酸っぱくして言われたことは、結婚は国益、又は王室に利益となる相手を選ばなければならないということだった。
過去の歴史を見ると、二百五十年前に、王妃を私情で選んだ結果、危うく国が傾きかけた事例がある。
だからこそ、まだ恋も知らぬ頃から、王妃選びについて、うるさく言われるのだ。
現在の王室は、前王妃イレーヌが築いた財産のおかげで、財政を考えた相手を選ぶ必要はない。
前王アシュラムが作り上げた貴族同士のバランスの良い均衡のおかげで、力関係を考えた相手を選ぶ必要もなかった。
今のレオンにとって、最も国益となり、王室の利益となる結婚相手は、国民の絶対的支持率が高いサラなのだ。
つまり、レオンにとって、サラとの結婚は、恋愛感情を伴った政略結婚なのだと、ディックは理解した。
前途多難な恋だけど、どうかレオンの恋が実りますように・・・とディックは願った。
レオンは、サラの手紙を読んだ日から、プロポーズはどこでしようか、花が咲き乱れる温室がいいか、それとも景色の美しい庭園がいいかなど、具体的な計画を練り始め、サラと会える日を心待ちにしていた。
サラの手紙の二日後、 指定された時間に、サラとアイリス、カイゼルが、王宮にやって来た。
執務室に入り、三人が、国王への挨拶が終わると、レオンは椅子に座るように言った。
「サラ、会いたかったよ。神殿に戻ってきたとき、出迎えに行きたかったのだが、会議が入っていたので行けなかったんだ。だから、こうして君から会いに来てくれるのがとても嬉しい。ところで、私に話したいことは何かな?」
「陛下にお願いがあって、参りました。」
「そうか、私もサラに話したいことがあるので、サラの話が終わったら、私の話も聞いてほしい。」
「承知いたしました。」
サラは一息つくと、真剣な顔で話し始めた。
「私は、今回の領地巡りで、様々な人に会ってきました。特に、国境付近の村の様子は酷いものでした。」
そうだろう。やはり救護院か、国民への支援か?
「今は、休戦中ですが、人々は休戦後の生活をとても危惧していました。また、あの恐ろしい戦が始まると思うと、心配で眠れぬ夜もあるとか。」
ん? 方向性がちょっと違うような・・・
「それで、私は考えました。休戦中の今だからこそ、終戦へと進むことはできないかと。国民の真の幸せを考えるなら、終戦、そして、ワーレンブルグ国との同盟を結ぶべきではないかと考えたのです。」
「ちょ、ちょっと待って、いきなり終戦? 同盟? サラは、そんなことを考えていたのか?」
これには、隣で聞いていたアイリス、カイゼルも驚いた。
特にアイリスは、驚きと共に感動していた。
聖女様が時々見せる憂いの原因が、こんなところにあっただなんて!
「サラが言うことはわかる。国民のためにはその方がいいだろう。だが、これは、私の一存では決められない。会議で話し合って決めることだ。使者一つ決めるにも、私の一存では決められない。皆と話し合わなければならない。それほど、難しくて危険なことなのだ。」
「その使者の役目を、私にさせて欲しいのです。」
「なんだって? あなたは国の宝のような存在だ。そんなあなたを危険な目には合わせられない。」
「もし、本当に私が国の宝なのなら、なおさら私がふさわしいと思います。私の噂はきっとワーレンブルグにも届いていることでしょう。国の宝を使者に立てることで、陛下の誠意が伝わるのではないですか? お願いです。私を使者として遣わせてくださいませ。」
レオンは、恥ずかしかった。
自分は、婚約だ、結婚だと浮かれていたときに、サラは、国民のことだけを考えていた。
平和のために、自分を犠牲にしようとしている。
とてもじゃないが、この後にロマンチックなプロポーズなど、できるはずもなかった。
「サラの気持ちはよくわかった。臨時首脳会議を開いて、皆に聞いてみよう。この話は、これで終わりだ。」
「陛下、陛下の方からもお話があるのではありませんか?」
「いや、もういいんだ。また今度にするよ。」
レオンは、寂しそうに言った。
話が終わったサラは、椅子から立ち上がり、それでは失礼いたしますと、帰ろうとしたのだが、レオンが引き止めた。
「サラ、一つ聞いてもいいかな。」
「はい。」
「サラくらいの年頃になると、皆結婚のことを考えると思うんだけど、サラはどう考えているのかな。」
「私ですか? 私には、やらなければならないことがございます。ですから、結婚は考えておりません。」
「そうか。そうだね。サラなら、そう言うと思った。引き止めて悪かったね。」
サラは、もう一度挨拶をすると、アイリスとカイゼルを連れて、執務室から出て行った。
残されたレオンは、上を見上げて、ふうーとため息を漏らした。
やらなければならないこと・・・か。
サラにとって、結婚よりも、終戦、同盟の方が大切なんだな。
プロポーズは、その後・・・かな。
二日後、レオンは王城で、首脳会議を開いた。




