43話 ディックの手紙
サラたち一行は、気候が暖かいうちは、北部を回り、寒くなる季節には南部を回った。
ベイツ伯爵領以外は、全て計画通りで順調な旅であった。
ベイツ伯爵領の一件は、瞬く間に国中に噂となって広がり、聖女人気はますます高まった。
聖女様が貧しい人々に食べ物と薬を与えた。
聖女様が悪徳領主を捕まえた。
聖女様のお陰で、領主に盗られたお金が戻った。
など、嘘と真実が交じり合い、噂は尾ひれがついて広がった。
平民たちは、嬉しそうに噂を口にしていたが、ベイツ伯爵の噂は、領主たちを震撼させた。
ベイツ伯爵ほどではなくても、叩けば埃が出る領主が多かったからだ。
しかも、聖女が来ると、陛下も視察に来るという噂。
恐れた彼らは、貧しい領民に施しを与えたり、とりすぎていた税を還元したり、領地視察をして、民に労いの言葉をかけて、優しさを強調したりと、涙ぐましい努力を重ねた。
結果、領民たちは暮らしやすくなった。
いつもと違う領主の態度に、これもまた、聖女様のお陰だと、皆サラに感謝した。
十ヶ月の計画を立てていた領地巡りは、順調に進み、残すところ、あと二週間になった。
サラは、きっとどこかで会えると思っていたヒューイに、いつまでたっても会えないことが悲しかった。
口には出さなくても、時おりふと、自然と表情に現れてしまう。
いつもサラを気にかけているアイリスは、一瞬の表情の変化も見逃さなかった。
きっと聖女様は、自分には思いもよらないことを嘆かれているのだろうと思った。
さて、その頃、王宮にいるレオンは、執務室で、宰相補佐のロドと向き合っていた。
人払いをしているので、今は二人きりだ。
「ロド、奥方と息子は変わりないか?」
「はい。お陰さまで、たいへん元気にしております。」
ロドは、宰相のマシュー・エドランド公爵の次女エリザベスと結婚しており、今はエドランド公爵家で婿養子として暮らしている。
二人の間に息子が二人生まれ、現在エリザベスは、三人目を妊娠中である。
宰相マシューには、息子がおらず、子どもは娘が三人いた。
娘の結婚相手を一人、婿養子として迎えようと思っていたら、ロドより一つ年上の次女エリザベスが、ロドに夢中になった。
ロドも積極的にアプローチしてくる彼女と相性が良く、二人はいつしか愛し合うようになっていた。
政略結婚が主流である中、二人は珍しく恋愛結婚で結ばれたのだった。
実は、マシューが綿密な計画を立て、彼の掌の上で転がされていたのだが、それを知るのは、マシュー自身とレオンだけだった。
「ロド、お前は次期宰相で、俺の幼馴染みだから、一番に話しておきたくて呼んだんだ。」
ロドは、話の内容に見当はついていたが、知らぬ振りをして、レオンの言葉を待った。
「サラがもうすぐ領地巡りを終えて帰ってくる。彼女が帰ってきたら、俺は、結婚を申し込むよ。」
やっぱりと思ったが、ロドには言いたいことがあった。
「ですが、陛下・・・」しかし、言葉選びに悩んで上手く言えない。
「ああ、爵位のことは心配ない。彼女の功績は本当に素晴らしい。侯爵の位を与えても、きっと誰も文句を言わないだろう。それに、もともとサラは、平民でもないしな。」
法律により、貴族は平民と結婚できないことになっている。
どうしても結婚したければ、知り合いの貴族に頼んで養子縁組をしてからになるのだが、それを実行するには、莫大な謝礼金が必要であった。
サラに爵位がないことを、ロドは心配したのだろうとレオンは思った。
「ですから、その・・・」
「会議で、反対する貴族もいないだろう。彼女が国民の絶対的支持を得ていることは、誰もが知っている。この国で、かつて彼女ほど、国民に愛されている王妃はいないのではないか。もし、反対する者がいたら、俺が説得してみせるさ。」
ロドは、はぁと、ため息をつきたくなるのをぐっと我慢した。
いくら幼馴染みでも、不敬は禁物だ。
結局、ロドは、本当に言いたいことは言えず、口から出た言葉はこれであった。
「陛下のお気持ちは、よくわかりました。ご結婚が滞りなく進むように、私も尽力いたします。それでは失礼いたします。」
執務室を出たロドは、数日前にディックから届いた手紙を思い出していた。
ディックは、レオンには伝書鳥を使って手紙を届けているが、ロドには、領主を通じて届けるようにしていた。
特に、サラとレオンの関係は、国家重要機密事項に準じるので、どのような些細なことでも連絡するように伝えている。
その手紙には、こう書かれていた。
「前略、兄さん、旅は順調に進んでいます。
聖女様を迎える人々は、たいへん温かく、一緒にいる俺たちにも優しく接してくれます。
昨日、陛下が視察で来たので、少しの間、一緒に過ごしました。そのとき、陛下は聖女様のそばにいて、離れようとしないのですが、聖女様は、失礼のないように、とても気を使いながら、一線を引いているように思いました。
陛下が、聖女様に名前で読んで欲しいと頼みましたが、聖女様は迷うことなく「そのような不敬は、できるはずがございません。」と断りました。
陛下は奥ゆかしい人だと感心していましたが、俺がわかっているだけでも、これで二回目です。
兄さん、はっきり言って、これって無理なんじゃね?」
弟よ。俺も同感だ。陛下の恋は、残念ながら前途多難だ。
* * *
サラが地上に降りて、一年が過ぎた。
領地巡りも予定どおり進み、全ての領地を一通り回ることができた。
国民は、行く先々でサラたち一行を歓迎し、サラたちは、人々の温かい心に触れることができ、領地巡りは大成功だった。
そう、サラ一人を除いては・・・。
領地巡りが終わりに近づくにつれ、サラの心は暗くなっていったのだが、心配をかけまいと、笑顔の仮面を被っていた。
それには誰も気づかなかったが、時折ふと見せる憂いを帯びた微笑みに、アイリスは気づいていた。
旅が終わり、神殿に到着すると、大神官ジェネロが自ら皆を出迎えてくれた。
そして、皆で別れの挨拶をした後、セブとディックは王宮へ、アイリスは両親の住む公爵邸へと帰っていった。
サラは、大神官ジェネロに感謝の言葉を述べて、自室に戻ると、やっと大きなため息をつけた。
はあ、とうとうヒューイを見つけることができなかった。
もし、このまま見つけることができなかったら、私は、毎年、歳を重ね、ヒューイを見つけられないまま、しわくちゃのおばあさんになってしまうのかしら。
できれば、今の姿のうちに会いたいのだけど。
それに、それに、考えたくないことだけど、もし、ヒューイが他の誰かを愛していたら・・・
ここまで考えて、サラは、あわてて首を横に振った。
いけないいけない。そんな弱気なことでどうする。
私は必ずヒューイを見つけるって決めたのよ。
見つける前から悩んだってしかたがない。
今は、ヒューイを探すことだけを考えるわ。
サラは、次なる一歩を進むために、レオンに謁見の申し込みの手紙を書いた。




