40話 罰
レオンが読み始めた報告書には、ベイツ伯爵夫人の言葉がそのまま書かれていた。
はい。私がベイツ伯爵の妻、クローディア・ベイツでございます。
主人の悪行を知っていたか?ですって? とんでもございません。
私は十年前から、いえ、正確に言うと十一年と三ヶ月ですけどね。
ずっと別居中なんですのよ。え?別居の理由ですか?
そうですね。はっきり言って怖かったからですわ。
このまま一緒にいたら、殺されるんじゃないかって思いましたの。
結婚した当初は、そんなこと思ってなかったんですよ。
私たち、親が決めた政略結婚でしたから、愛情はなかったものの、これから愛を育んでいけたら、なんて思っていたんですよ。
でも、それは私だけだったようで、夫は私に全く関心がありませんでした。
後継者は必要だと思っていたようで、二人の息子は生まれましたが、後はそれっきり。
私もまだ若かったんですね。ある日、夫の関心をひこうと思いましてね。
夫が好きな青色のドレスを着てみたんです。
そしたら、夫はとても冷たくこう言いましたの。
まったくお前に似合わないって。
お前にはそのドレスを着る価値がない、とも言われましたわ。
私、とっても悔しくって。
でも、若かったからでしょうね。
青がだめなら赤はどうなの?って赤いドレスに着替えて夫の前に出たんです。
そしたら、夫が急に怒り出したというか、狂ったようにというか、来るな、私のそばに来るなって、それはもう大声で怒鳴り出したんです。
それで驚いて、あなたどうしたの?って声をかけて近寄ったら、突き飛ばされましたの。
もう私、怖くって。
このまま、この人のそばにいたら殺されると思って、その日のうちに子どもを連れて実家に帰ったんです。
それから、離婚請求をしたんですけど、夫は体裁が悪いと言って、離婚に応じてくれませんでした。
別居してから一度も夫の城に戻ったことはないんですよ。
いったい私、どうなるんですか?
息子二人は成人しており、行政の税務部に勤務している。
勤務態度は極めて真面目で、税務部から、無罪を求める嘆願書が提出されていた。
審議の結果、妻と息子二人は無罪放免となった。
また、十年以上前から離婚請求をしていたことを考慮し、国王の権限で離婚を成立させた。
さて、ブラッドの罰はどうなったかというと、ベイツ伯爵逮捕に貢献した褒美と、これまでに犯した罪への罰の二つが言い渡された。
褒美は、グランテリア国民の戸籍を与えることとなった。
新しく戸籍を作るにあたり、生まれ変わるつもりで新しい名前にしてはどうかと提案すると、ブラッドは、ポールという名前を選んだ。
実は、ポールこそ、彼の本当の名前であったのだ。
ベイツ伯爵に名前を名乗るとき、祖国に自分の生存が伝わることを恐れた彼は、とっさにブラッドと名乗った。
包帯に染み出る血を見て、ふと思いついた名前だった。
十年もたった今、王都でありふれたこの名前を聞いて、誰がワーレンブルグ軍の脱走兵だと思うだろう。
ブラッド、いや、ポールは、生まれ変わったというよりも、やっと本来の自分に戻れたと思った。
罰に関しては、聖女誘拐の実行犯であることは間違いなかったが、サラが、地下室でとても快適に過ごせたことを理由に、罪を問わないで欲しいと申し出た。
しかし、他にも死体遺棄など余罪はある。
たとえベイツ伯爵の命令であったとしても、罪は罪。
全くのお咎め無しとはいかない。
審議の結果、身元引受人を決め、その監視下で働くこととなった。
もし、不審な動きを見せた場合は、直ちに刑務所送りとなる。
身元引受人は、最初に彼の話を 聞いたのがディックだったので、ディックの父、モンテベロ子爵になった。
そして、子爵の監視のもと、子爵家の使用人として働くことになった。
モンテベロ子爵は、使用人たちにポールを、次のように紹介した。
彼はベイツ伯爵城の使用人として働いていたが、伯爵家が取り潰しになったので職を失った。しかし聖女捜索に貢献した縁で、息子のディックと知り合い、息子の推薦もあってモンテベロ子爵家が彼を雇うことにした。
使用人の皆は、聖女捜索に貢献したと聞いただけで、ポールに憧れの眼差しを向け、彼の真面目な勤務態度を見て信頼を寄せた。
ポールにとって、とても働きやすい職場になったことは言うまでもない。
ポールは聖女に感謝した。
ポールが聖女の監視を始めたのは、神殿の祈りのときからだった。
聖女と一緒に祈ると、願いが叶うと人は言う。
本当だろうか。
ポールは祈った。
普通の暮らしがしたいと。
ポールの祈りは叶えられた。
レオンは、秘かに密偵を使って、ポールの故郷の村を調べさせた。
村には彼の両親が、今も健在で暮らしていた。
ポールは名誉の戦死者として葬られていた。
遺体は見つからなかったが、生き残った兵士が、
「ポールの脇腹に矢が刺さって倒れているのを見た。とても助かりそうではなかった。」
と証言したからだった。
棺には、息子が気に入っていた衣類を入れた。
両親は、国から名誉の戦死者の証と遺族見舞金をもらい、今も静かに暮らしている。
そして時々、息子はどこかで生きているような気がすると、友人に話しているそうだ。
ポールとポールの両親が、モンテベロ子爵家の応接室で、涙の再会するのは、まだ先の話である。




