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憂鬱聖女の結婚事情 ー憂鬱聖女は今日も最愛の恋人を探して旅に出ますー  作者: 矢間カオル


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37話 ブラッドの思い

激しい音とともに、ドアが開いた。


ビクッと驚いたベイツ伯爵は、聖女の頬を触ろうとしていた手はそのままに、後ろを振り返った。


開かれた入り口の前に、なんとそこには、レオンがいた。


左右にはセブとディック、その後ろには近衛騎士が五人。


思っても見なかった衝撃の展開に、ベイツ伯爵は一瞬、頭が真っ白になり言葉を失った。


先に口火を切ったのはレオンだ。


「ベイツ伯爵、そこまでだ!」


レオンの言葉にやっとベイツ伯爵の思考回路は動き始めた。


レオンに向き直り叫んだ。


「へ、陛下! 陛下がどうして、ここに?!」



*   *   *





サラを失い、失意のどん底にはまってしまったディックは、テントの入り口の前で、眠れぬ夜を過ごしていた。


テントの中には、疲れきったアイリスとカイゼルが、毛布にくるまって寝ていたが、自分はとても仮眠すらできないと思った。


後悔、失望、焦り、不安、恐怖、あらゆる苦悩が自分を襲っているようだった。


今、何もできない自分にできることは、明日のために眠ることだけ。


そう思えば思うほど、焦りが込み上げ、ますます沼に落ちていく。


人生最大の失態を犯してしまったディック。


しかし、ディックは、このとき、人生最大の幸運が、自分に向かっていることを知らなかった。



カサッ


ディックは、草を踏む音に気が付き、目を開いた。


そして、すかさず剣を掴み、身構えた。


ディックは、用心しながら見回すと、少し離れた場所で、微かな月灯りに照らされた男が一人、跪いてディックを見ていた。


誰だ?


ディックは、男に神経を集中させた。


「護衛騎士様。」


その男がディックを呼んだ。


その時、雲が切れて月灯りが明るくなり、男の姿がよく見えるようになった。


全身黒の衣装で黒髪。


ディックは、男の外見を見て思った。


黒い覆面でもしていれば、闇夜に溶けて見えなくなってしまいそうだ。

闇夜に溶けて見えなくなる? もしかして、こいつが聖女を拐った犯人か?


剣を握る手に、力がこもった。


「護衛騎士様、聖女様のことで、お話がございます。話を聞いていただけるのなら、どうぞこちらへ。」


男は、テントで眠る二人のことを考えたのか、ディックに自分の方に来るように言った。


ディックは、どんな些細なことでも、サラに関する情報が欲しかった。


だから、剣を強く握りしめたまま、用心しながら男のそばに寄った。


近づき、男をよく見ると、男は武器を持っていない。


男は話が長くなるからと座ることを薦めたので、言われるままに、ディックは注意を払いながら、男のそばに座った。


「申し遅れましたが、私はベイツ伯爵の部下、ブラッドと申します。私が話すことを、どうか最後までお聞きください。途中で私をその剣で切りたくなるかもしれません。ですが、切るのなら、どうか最後まで私の話を聞いてからにしてください。」


ディックは、ベイツ伯爵の部下と聞いた途端、聞きたいことが山ほどあったが、ぐっと我慢して、ブラッドの話を聞くことにした。




チャリティー舞踏会で聖女を見初めたベイツ伯爵は、聖女が欲しくて欲しくて仕方がなくなった。


どうしたら手に入れることができるかと思案していると、王都から連絡があった。


聖女が各領地を回るという。


ベイツ伯爵は、これはもう運命だと思った。


聖女の方から、コレクションになりに来るのだから。


ベイツ伯爵は念入りに計画を練った。


聖女を手に入れるのは、宿泊二日目。


夕食に遅効性の睡眠薬を入れる。


メニューはデミグラスソースがきいたシチューだ。


あの濃い味が、睡眠薬の味を消してしまうのでちょうどよい。


シチューを皆の前で皿に盛り付ける。


もちろんベイツ伯爵も一緒に食べる。


睡眠薬が効いてくるのは、ちょうど就寝時。


誰も疑わぬまま、深い眠りに落ちるはずだ。


薬の効き目が切れる朝まで、目を覚ますことはない。


護衛騎士も付き人も、ベイツ伯爵もみんな眠る。


そして聖女が深く眠っているところを、隠し通路を通ってブラッドが森の地下室へ運ぶ。


あたかも窓から侵入した賊の犯行だと見せかけておけば、隠し通路がばれることはない。


責任は、職務怠慢な警備兵になすりつければ良い。


休戦になってからというもの、気が緩みっぱなしの警備兵たちだ。


彼らに弁解の余地はない。


完璧な計画のはずだった。


しかし、計画はもろくも崩れた。


聖女たちが、城で宿泊することを拒んだからだ。


ブラッドは、聖女が村で泊まることをベイツ伯爵に告げたとき、聖女を諦めて欲しかった。


しかし、ベイツ伯爵が聖女を諦めることはなかった。


結局ブラッドに押し付けた。


ブラッドは、悩んだ。


本当にこのままでいいのだろうか?


聖女がベイツ伯爵のコレクションになると、どうなるのか。


絵画のように壁に飾って鑑賞するわけにはいかない。


想像したくもないおぞましい光景が浮かび、ブラッドは首を振った。


しかし、ブラッドが拒否すれば、ベイツ伯爵は新たな誰かを使い、聖女を手に入れようとするだろう。


ならば、聖女を守れるのは、自分しかいないのではないか?


ブラッドは決意した。


聖女は自分が守ろうと。


ベイツ伯爵の指示にしたがったように見せるため、ブラッドは聖女を拉致することにした。


ベイツ伯爵領の国境沿いの村には、隠し地下室が多数存在する。


数代前の領主が、兵士を潜伏させるために作ったものだった。


村人には無償で貸すが、条件をつけた。


地下室のことは口外しないこと。


使用せず、空っぽにしておくこと。


全く使われず、秘密にされていた地下室は、村人の代が代われば、すっかり忘れ去られてしまった。


地下室の存在と場所を知っているのは、印をつけた地図を持つ領主だけになってしまった。


ブラッドは、その地下室を利用した。


使用されてない倉庫に火をつけて、聖女が移動するであろう場所で待機した。


炎が大きくなると、後は計画通りにことが運んだ。


少し遅れた聖女を後ろから捕まえ、鼻と口を薬を染み込ませた布で覆って意識を失わせ、地下室に運び込んだ。


そして、村が静かになった頃に、地下室から出て、聖女のために用意した別の地下室に移動したのだった。


ブラッドは言った。


今はまだ、聖女がいる場所を教えられないが、時が来れば、必ず案内する。


そして現在聖女がいる地下室には、食料も水も十分に用意しているから、命の心配はない。


安心して欲しい。


ブラッドは聖女の話だけでなく、ベイツ伯爵に命を救われたこと、その後の関係、過去に犯した己れの罪も告白した。


そして、聖女を救うために自分が立てた計画も話した。




ブラッドの話を聞いて、ディックは、サラが無事なことがわかりほっとした。


だが、一刻も早く助けに行きたかった。


「今すぐ聖女様を助けに行ってもいいんじゃないか? ベイツ伯爵はその後で捕まえても・・・」


ここまで口にして、ディックは、虚しく首を振った。


「いや、無理だな。」


「はい。その通りでございます。伯爵様には、何の証拠もございません。仮に私が証言したとしても、先ほどお伝えしたように、私は自分で望んだことではございませんが、敵国の脱走兵なのです。方や伯爵様は、由緒正しいお家柄。誰が、私の話など信じてくれるでしょうか。」


確かにそうだ。

計画は変更になったが、ここまで綿密に計画を立てていたベイツ伯爵が、証拠を残しているとは考えられない。


「それに、伯爵様と私の関係を知る者は、現在城で働いている者の中にはおりません。城の使用人たちは、私の存在すら知らないのです。伯爵様が私のことを知らないと言えば、私と伯爵様を結び付けることはできないのです。」


ベイツ伯爵が、ブラッドとの関係を否定すれば、ブラッドの単独犯として処理される。

いざとなれば、切り捨てられる駒ってわけか・・・。


ディックは、口にしたい思いは多々あったが、無言でブラッドの話を聞き続けた。


「私はベイツ伯爵の、コレクションに対する異常な執着を知っています。手に入れたいと思ったものは、どんな手を使っても手に入れようとするのです。今、聖女様をお救いしたとしても、伯爵様がそのままなら、きっと聖女様が生きている限り、執着し続けることでしょう。ですから、聖女様を本当の意味でお救いするには、動かぬ証拠が必要なのです。」


ディックは、聖女が消えた瞬間を思い出した。


頭が真っ白になって、恐怖に支配されたあの瞬間を・・・。


あんな思いは二度としたくない。


やはり、聖女を救うには、動かぬ証拠、つまり現行犯逮捕しかないのか。


「ブラッド、最後に一つ聞きたい。あなたはベイツ伯爵に命を救われて感謝していると言った。しかし、今回裏切ることになる。あなたの心は痛まないのか?」


「まったく痛まないと言えば嘘になります。伯爵様に命を救っていただいたことは、今でも感謝しています。ですが、十年間、私は伯爵様の元で働いてきました。十分に恩に報いたと思っています。・・・それに・・・私にだって・・・」


「私にだって?」


「いえ、何でもございません。どうぞお気になさらないでください。」


少しの沈黙の後、ブラッドは立ち上がった。


「それでは、私はもう行きます。後のことはどうぞよろしくお願いいたします。」


ブラッドは、その場を去り、月が雲に隠れた暗闇の中に消えて行った。



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