34話 セブの仕事
ディックたちが、顔面蒼白でサラを探し回っていたとき、セブはベイツ伯爵城の中にいた。
自分の仕事をするために、城内の誰にも知られないように、こっそりと動いていた。
だが、ディックと別れてから、直接城に来たわけではない。
まず、神官から情報を得るために神殿に寄った。
国王レオンは、復興支援金を施行するにあたり、領主の不正を防ぐため、神官にも被害調査に関わらせることにしていたからだ。
神官もグルになってしまえば、不正発覚は難しいがな。
レオンの言葉を思い出す。
神官は、すすんで情報をくれた。
「私は半年ほど前に来たばかりで、詳しいことは知らないんですよ。私の赴任が決まったのは、前任の神官が亡くなってから半年以上たってからですし・・・。前神官の書類ですか? 私が来た時に、前神官の私物はとりあえず、一つにまとめておきました。まだ中身を確認はしていないのですが、書類のようなものもあったかもしれません。あの箱の中に入ってますから、よろしかったらご覧ください。」
神官がそう言って、指さした場所には木箱が一つ置かれていた。
中を覗くと、手紙や紙の束が入った封筒などが無造作に投げ込まれていた。
衣類や日用品は、神殿からの支給品であったので入っていない。
セブが中身を確認すると、「被害状況調査」と書かれた分厚い封筒が見つかった。
中には、各地域ごとの被害状況が詳しく書かれていて、死亡者、行方不明者、負傷者の名前、状態なども、事細かく書かれいてた。
どうやらこれを書いた神官は、とても真面目で仕事熱心な人間だったのだろう。
セブは、この封筒を背中に背負っているカバンに入れて、ベイツ伯爵城に向かった。
初めてベイツ伯爵城に来た時に、城の使用人が少ないことは感じていた。
夜に城の内外を調べたときは、警備兵の気のゆるみが気になった。
休戦になって1年と半年も過ぎると、こうも変わるものなのか。
高く重厚な城壁が、さらに気のゆるみを招くのだろう。
警備兵の中には、座り込んでうたた寝をしている者もいたが、誰も注意している様子はなかった。
だが、今日のように隠れて仕事をすることになると、警備兵の気のゆるみも、使用人の少なさもありがたいと思った。
神殿から城に着いたときは、まだ明るかったので、その間に警備の手薄な場所を見定めた。
と言っても手薄だらけだったが・・・。
その中で、最も手薄そうな場所を決めて、暗くなるまで待った。
セブは、鉄鍵とロープをくくり付けた矢を、弓で城壁に飛ばした。
鉄鍵が城壁に引っかかったことを確認すると、スルスルと上った。
警備兵に見つかることもなく、あっという間に天辺にたどり着いた。
近衛騎士の訓練よりもよっぽど楽だった。
ったく・・・。ここが王都だったら、あいつら即刻クビだ、クビ!
城内に潜入すると、ここでも少ない使用人のおかげで、誰にも見つからずに自分のしたいことができた。
ベイツ伯爵が書斎にいるときは寝室を、食堂にいるときは書斎を、ヘアピンを使って机の引き出しの鍵を開け、引き出しの中を確認することができた。
ちょうど書斎の机の、二重底になっている引き出しから、重要書類を見つけたときだった。
城の入り口のあたりが騒々しい。
セブは入口の方に意識を集中した。
そこにはベイツ伯爵と多くの使用人と警備兵がいて騒めいている。
人に隠れて見えないが、外から誰かが来たらしい。
「何と! 聖女様がいなくなっただって? いったい何とした事か。護衛騎士殿、あなたは聖女様の護衛ではなかったのすか?」
ベイツ伯爵の大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
聖女がいなくなっただって?
セブは自分の耳を疑ったが、護衛騎士と呼ばれたのはディックだ。
ディックが、痛いところを突かれて返事ができないでいるところをみると、どうやら間違いではないらしい。
「たぶん、これは・・・、ワーレンブルグ国の盗人の仕業ですな。国境付近の村では、時々、こういうことが起きるのですよ。奴らは、私の領民を誘拐し、奴隷として売りさばいているのです。ああ、なんと嘆かわしい。聖女様が、そのような悪人の手に落ちるなんて・・・。」
真実を知っている者がいたら、ベイツ伯爵に、最優秀主演男優賞をあげたいと思ったことだろう。
だが、このときは、この場に真実を知るものは、ベイツ伯爵自身しかおらず、皆が伯爵の言葉を信じた。
といっても、信じたのはその場にいた使用人たちと警備兵だけだった。
ディックとセブは、伯爵が嘘をついていると思った。
何故なら、ディックもセブも、聖女の部屋の隣にある隠し通路に気付いていたから。
ようやく、何故、あの部屋が聖女にあてがわれていたのかわかった。
だが、何故?
ベイツ伯爵の動機がわからない。
証拠もない。
今は、ことを荒立てず、引き下がるしかない。
「私は村に戻って、手掛かりがないか探します。伯爵も、ご協力のほど、よろしくお願いいたします。」
「ええ、それでは私は、警備兵に聖女様を探すように伝えましょう。」
ディックは頭を下げて、城から出て行った。
「くそっ」
城壁の外に出たディックは振り返り、城壁を睨んだ。
初めて見たとき、高く重厚な城壁とずっしりとした城の雰囲気に感心したが、今では、それらすべてが憎らしかった。
ディックは憎らしい城の中で、今なお暗躍している友を思った。
そして自分の願いを友に託した。
セブは、サラがいなくなったことに衝撃を受けたが、犯人はベイツ伯爵だろうと思った。
今は、まだ俺のカンでしかないが、きっと何か手掛かりがあるだろう。
ベイツ伯爵はずっとこの城にいた。誰か他の者にやらせたに違いない。
セブは、ベイツ伯爵の監視をするために、ベイツ伯爵の寝室のバルコニーで、身を潜めてベイツ伯爵が来るのを待った。
ベイツ伯爵は、警備兵たちに聖女を探すように命令を下した後、寝室に現れた。
チラリと顔を盗み見たが、明らかに嬉しそうに笑っている。
聖女が行方不明と聞いて、笑っていられるなんて・・・
セブのカンは確信に変わった。
そのとき、ベイツ伯爵の声が聞こえた。
「ブラッド、そこにいるのか? いるのなら入ってこい。」
呼び掛けに反応が無いことがわかると、ベイツ伯爵は誰に話しかけるでもなく呟いた。
「ああ、ブラッドはまだ仕事中か。それにしても、よくやってくれた。もうすぐ会える。ふふふ。ははは。あはははは・・・。」
呟きは、次第に笑いにかわった。
嬉しすぎて、笑いが止まらないようだった。
やはり、もう一人いたのか。
ブラッドというやつが。
まだ仕事中だとすると、聖女を運んでいる最中?
殺しが目的でないのなら、聖女はまだ生きている?
セブは、まだ最悪の事態に陥っていないことに、胸をなでおろした。
だがすぐに、後悔が胸を締め付けた。
セブもディックも、ベイツ伯爵城を出たときから、監視の目があることに気づいていた。
しかし、わざと気づかないふりをしていた。
相手を油断させるつもりだったが、それが裏目に出たか・・・。
セブはこの後も、ベイツ伯爵の動向を探っていたが、ベイツ伯爵は、これといった動きを見せずにベッドで寝てしまった。
ブラッドが現れるかもと待っていたが、それもなかった。
セブは、夜が明けきる前、まだ暗いうちに城を出て、今後の作戦を練るために、ディックと合流することにした。




