33話 ディックの失態
サラ、アイリス、ディックの三人が、村に残った二十軒の家々を回り終わって、テントを張っているときに、カイゼルとハービーが、大量の食べ物を馬車に積んで戻ってきた。
ハービーを家まで送り届けたカイゼルは、皆と一緒に食べ物の仕分け作業を始めた。
少し焼け跡は残っていたが、まだ使える倉庫があったので、作業はその場所を借りることにした。
二十軒分に分けるには、それなりに時間がかかる。
辺りは薄暗くなってきていたので、今日は仕分けだけして、村人には、明日の朝に配ることにした。
朝早くに配れば、神殿の祈りの時間に間に合うだろう。
倉庫の中で仕分け作業をしている間に、薄暗かった風景は、いつの間にか暗くなっていた。
サラたちは、ランプを二つ灯して作業をしていた。
「家事よ!誰か火を消すのを手伝って!」
叫び声が聞こえた。
外に出ると、離れた場所に炎が上がっていた。
暗闇に燃え上がるその赤い炎は、恐ろしい龍のように見えた。
病人や子どもを抱えた家が多い中、満足に動ける人は少ない。
早く消さなければ火は燃え移り、大惨事になってしまう。
「早く行きましょう。私たちが行って火を消さなければ!」
サラの声に皆が頷いた。
ちょうど使っていたランプは二つ。
一つはディックが、もう一つはアイリスが持ち、四人は炎に向かって駆けだした。
ランプの灯りだけでは足元が薄暗く、走りにくかったが、少しでも早く着こうと走った。
ディックとカイゼルは、全速力で走れば、あっという間に現場に到着するだろうが、後ろを走っている二人に合わせて速度を緩めていた。
アイリスは、前を走る二人に追いつきたいと懸命に走るのだが、背中ばかりが見えて一向に追いつかない。
アイリスは走っている最中、小石につまずいた。
体制を少し崩しただけで、転ぶほどではなかったが、夜道を走るには気を付けた方がいいと思い、走りながらサラに声をかけた。
「聖女様、道に小石が転がっているようなので、気を付けてくださいね。」
しかし、一緒に走っているはずのサラから返事がなかった。
「聖女様?」
後ろを振り返ったが、そこにもサラはいなかった。
「聖女様?」
アイリスは立ち止まった。
「せっ聖女様、聖女様、聖女さまああああーーー!」
ディックとカイゼルが立ち止まり振り返った。
そこにいたのはアイリス一人だけ。
サラの姿はどこにも見えなかった。
「いやああああああーーーーーー」
アイリスの悲痛な叫び声が闇夜に響き渡った。
ディックは、初め何が起こったのかわからなかった。
サラの姿が消えた現実を、受け止められなかったからだ。
泣き叫ぶアイリス。
慌ててアイリスのもとに走るカイゼル。
そしてサラがいない・・・。
「せっ聖女様が・・・いない?」
やっと現実を認識したディックは、一瞬頭の中が真っ白になった。
己の犯した失態に呆然とした。
今まで、とるに足りない失態は数あれど、今回のような人生最大の失態は初めてだった。
思考が混乱した。
「誰か、早く来て火を消すのを手伝ってー!」
村人の助けを求める声が聞こえる。
だが、自分は聖女の護衛ではなかったか・・・。
セブに、彼がいない間の聖女の護衛を任された。
レオンに、お前になら安心して任せられると頼まれた。
だのに、だのに、俺はとんでもない失態を犯してしまった!
己の罪の沼に、引きずり込まれそうになるのを、ディックは必死に耐えた。
今、ここで、理性を失ってはいけない。
今、皆に指示を出せるのは俺だけだ。
「カイゼル、お前は火を消しに行け。消し終わったら、皆に聖女を探すように頼んでくれ。アイリス、俺とお前で聖女様を探す。急ごう。」
カイゼルは、わかったと返事をすると、急いで火事の現場に走って行った。
ディックとアイリスはサラを探し始めた。
この辺りには、半壊状態も含めて空き家が多い。
誰かが聖女を拉致したとして、どこかに隠れている可能性があった。
「俺は中に入って確認するから、アイリスは外で気配を探って欲しい。もし怪しい動きがあれば、大声で知らせてくれ。」
アイリスは、ほんの些細な気配でも見過ごすものかと、泣きたい気持ちを抑えて神経を集中させた。
しかし、火事の方からざわめきが聞こえるだけで、結局何一つ見つけることができなかった。
ディックとアイリスは、ランプで照らしながら一軒一軒調べ始めた。
しかし、どの空き家も倉庫も、人がいた形跡は認められず、ガランとした空間だけがむなしく続いた。
しばらくすると、火事の火は消えて、村人がサラを探し始めた。
「聖女様―、聖女様―」
暗闇の中、ランプを片手に動き回る村人の、聖女を呼ぶ声があちこちで響き渡った。
カイゼルがディックと合流した。
「火事は、誰も使っていない壊れた倉庫が燃えたんだって。他の家に火が移る前に消し止めたから良かったけど、たぶん放火だって、皆言ってた。」
くそっ、踊らされたか・・・。
初めから聖女が目的だったんだ・・・。
今さら気付いても、もう遅かった。
村の全ての建物を調べても、サラの痕跡はなく、ディックは八方塞がり状態で、気持ちは泥沼に落ち込むようだった。
陽が上り明るくなれば、何か手がかりが掴めるかも知れない。
ディックにとって、それだけが唯一の希望になってしまった。
「今からベイツ伯爵城に行ってくる。領主に報告しなければな。お前たちは、ここで休んでてくれ。疲れただろ。」
ディックは、一人馬に乗って、村から出ていった。




