30話 ハービーの村
馬車に並走しながら護衛を勤めるディックは、昨夜のことを思い出していた。
ベイツ伯爵の出迎えを受けているとき、セブは、警戒心を抱いていたが、ディックは、ワクワクしていた。
というのも、ベイツ伯爵城に興味津々だったからだ。
ディックは、赤ん坊の頃からずっと王宮で過ごしていたので、城と名のつくものは、王宮しか知らなかった。
父のモンテベロ子爵は、領地を持たないため、城はなく、王都に住居を構えていた。
貴族の屋敷なのだから、一般庶民にとっては、とても大きな屋敷であったが、他の貴族と比べると、さほど大きいものではなく、特別な通路や隠し部屋などは、作られていなかった。
しかし、王宮には、王族を守るために隠し部屋、隠し通路などが作られており、一部の限られた人にしか、その存在を知らされていない。
ディックは、レオンの最側近護衛騎士に任命されてから、初めてそれらを教えられた。
まるで秘密基地のような隠し部屋や通路は、冒険好きな若者の心を魅了した。
他の城はどうなっているのだろう?
興味が湧けば調べたくなる。
しばらく図書館で「戦いにおける城の役割」だの、「城の秘密部屋図鑑」などを読みあさった。
しかし、残念ながら、王宮以外の城を見学する機会はなかった。
レオンが他貴族の領地を訪問する際は、その領地の城に護衛として中に入ることができたが、レオンのそばを離れることはなく、城内部を勝手に動き回ることはできなかった。
いつか、城巡りをしてみたいものだと思っていたが、ようやくチャンスが訪れた。
サラの護衛として領地を巡ることになったからだ。
宿泊は領主の城で世話になることが多く、その度に避難経路の確認と称して、場内を勝手気ままに動くことができた。
ただし、サラの護衛であるから、セブとは交代で動くことにしていた。
ベイツ伯爵城を見たとき、まずその外観に感心した。
高い城壁に恐ろし気な槍の柵、頑丈でちょっとやそっとでは壊れない丈夫な門、さすが国境に位置する領地の城だと思った。
きっと中にも、いろんな仕掛けがあるに違いない。
そう思うとワクワク感が止まらなかった。
昨日の夕食後の自由時間に、セブに護衛を任せて早速城内を調べた。
何か面白いものはないかと探っていたら、自分たちの部屋と、サラの部屋のドアの位置に違和感を感じた。
この違和感は何だ?
しばらく考えると、違和感の理由がわかった。
他の部屋のドアとドアの間隔はどれも同じなのに、なぜか自分の部屋とサラの部屋のドアの間隔が広くなっていた。
俺たちの部屋が広いのか?
と思ったが、隣の部屋を覗いて見比べても、広さも作りも同じだった。
サラの部屋を見ても同じだった。
ってことは、この2つの部屋の間に空間がある?
仮説を確かめるために、壁を叩いてみた。
明らかに音が違う。
「お前、さっきから何してるんだ?」
サラの部屋の前で護衛中のセブが、聞いてきたのでこの仮説を説明した。
「この広さだと、隠し通路かもな。それから、ディック、ベイツ伯爵には用心しろ。何か胡散臭いものを感じる。」
「ああ、わかった」
この後、隠し通路の入り口を探したが、見つけることができなかった。
あの部屋を決めたのはベイツ伯爵だ。
偶然、隠し通路の隣の部屋になったのか?
それともワザとそうしたのか?
だったらなぜ?
ディックは、馬上で、ずっとそのことを考えていた。
サラたちを村に案内した男の子は、自分の名前は、ハービーだと名乗った。
母親と祖母の3人暮らしだという。
村に着くと、ハービーの家に案内された。
半分焼けたような跡が残る小さな家は、ここに人が住んでいるのかと疑いたくなるような家だった。
中に入ると、老女がベッドで横になっていた。
「おばあちゃん、ただいま。聖女様が来てくれたよ。」
老女は驚いたようだったが、素早く動くことはできないようで、ゆっくり体を起こして、ベッドに座り、サラに顔を向けた。
痩せて、シワだらけの顔は、きっと実の年齢よりも老けて見えるのだろう。
幼子の祖母というには、あまりにも年老いて見えた。
「聖女様が・・・。こんなところまでわざわざありがとうございます。何もお構いもできませんが、どうぞごゆっくりなさってください」
ガチャッとドアが開いた。
ハービーの母親が、畑でとれた芋と野菜を入れた籠を持って入ってきた。
狭い部屋に、場違いな客が五人もいることに目を丸くした母親は
「ど、どちら様ですか?」
と、あわてて聞いた。
「お母さん、聖女様だよ。聖女様が来てくれたんだよ。」
ハービーが嬉しそうに、母にサラが来たことを話した。
それを受けて、サラが自己紹介をした後、残りの四人も、それぞれ名を名乗った。
「せっかく来ていただいたのに、見てわかるように、何もなくて・・・」
客にお茶を出す余裕もないことを感じ取ったサラは、母親に気遣いはいらないことを伝え、疑問に思っていたことを尋ねた。
「焼けた家にそのまま住み続けているようですが、領主様からの支援はなかったのですか?」
「支援? そんなものありませんよ。この村には、前は百軒ほどの農家が暮らしてたんですけどね。
戦争で多くの家が焼けてしまって、住むところがなくなって、畑も荒らされてしまって。
今は休戦中だけど、また戦争になったらどうすることもできないって、みんな村を捨てて出ていってしまいましたよ。
今残ってる家は病気の年寄り抱えて、動くに動けないものばかりですよ。
もし、支援なんてものがあったら、もう少しマシな暮らしができるでしょうに。」
国王レオンは、即位後、それぞれの領主に戦争による被害を報告させ、保護をするために支援金を送っていた。
特に被害が深刻な国境近辺の町や村には、それ相応の手厚い保護が施されたはずだった。
ディックが深刻な顔でセブに話しかけた。
「これは・・・、ベイツ伯爵が、送られてきた支援金を横領したな。」
「ああ、たぶんそうだろう。」
この後、残っている家を訪問したが、人が住んでいる家の数は、わずか二十軒だった。
他にも家は建っていたが、とても人が住めるとは思えない壊れた家や倉庫などが点々放置されたままだった。
村を出ることができなかった村人には、壊れた家や倉庫を片づける力も金も残っていない。
二十軒全部を訪問してわかったことは、どこも似たような状況だということだった。
食べるものが十分になく、やせ細って病気がちな者がほとんどだった。
サラは、村人のために、馬車に積んでいる食べ物や薬を配ることにした。
馬車には、いざというときのために、乾パンや干し肉、焼き菓子などの保存食と、薬がたくさん積み込まれていたのだ。
しかし、これでもまだ足りない。
空になった馬車で、カイゼルとハービーに、町に行って、大量の食べ物を買って来てもらうことにした。
セブがディックに言った。
「俺は、俺の仕事をしたいから、この場を離れたいと思うんだが、お前一人に聖女様の護衛を任せてもいいか?」
「ああ、わかった。後は、俺がなんとかするから行ってこい。」
サラは、アイリスとディックを連れて、村に残った家を一軒ずつ食料と薬を持って回った。
体の症状に合わせて薬の種類を選び、服用の仕方を教えた。
栄養障害から皮膚病を患っている人も多く、サラは、励ましの言葉をかけながら、患部に優しく薬を塗ってあげた。
そして、その家の者と一緒に祈った。
その献身的な姿は、誰の目から見ても神々しく、アイリスは、感動しっぱなしであった。
ディックは、その姿を遠く離れた王宮にいるレオンに見せてやりたいと思った。
きっとますます惚れてしまうだろう。
サラは、ベイツ伯爵城を出てから、ずっと自分を監視している男に気がついていた。
今も、村の中を歩き回っている自分を、その男は木の影に隠れてじっと見ていた。
ブラッドは、主人に命令された通り、サラの監視を続けていた。
聖女は神殿で皆と祈り、貧しい村まで来て、食料と薬を与えている。
まさに聖女の鏡だと思った。
木の影から、こっそり監視をしているつもりだった。
しかし、サラがアイリスたちに、少し待つように言ってから、自分に向かって歩いてきたので焦った。
一瞬逃げるべきかと思った。
だが、ベイツ伯爵に監視しろと命令されたが、ばれないようにしろとは言われてない。
それに、今さら逃げたところでどうにもなるまいと考え直し、そのまま、成り行きに任せることにした。
しかし、顔をはっきりと見られることを避けたいと思ったブラッドは、ずっと俯き、サラに正面から顔を見られないようにした。
「あなたは、朝からずっと私を監視していますね。ベイツ伯爵の命令なら仕方がないとは思いますが、別に隠れる必要はないですよ。それから、ちゃんと食べてますか?仕事で忙しくても食事はきちんととらないと。ここに、少しですが食べ物がありますので食べてくださいね。ああ、それから、今日は城には帰らないと伯爵様にお伝えください。テントもありますので、夜はこの村で過ごします。」
サラは、ブラッドに食べ物が入った籠を渡して戻っていった。
そして何事もなかったように、訪問を再開した。
俺の主人も聖女のように優しかったらいいのに・・・。
ブラッドは、ふと、己の主人の冷たい顔と、命令された過去の仕事を思い出した。




