29話 不穏な空気
サラたちは、初めにメイドに案内されて寝室へと向かった。
用心のために、女性用の部屋の隣を、男性用の部屋にしてもらったので、部屋まで五人で移動した。
移動中、廊下には美しい絵が飾られており、絵が好きなアイリスは感心しながら歩いていた。
風景画が多いけど、どれもとても美しいわ。
伯爵様は、なかなか趣味が良いみたいね。
部屋に案内された後は、荷物を置いて少しくつろいだ後、食堂に移動した。
そして、ベイツ伯爵を中心に、みんな揃って夕飯を食べた。
ベイツ伯爵は、食事の席で、夫人と息子二人は王都で暮らしているので、今は一人だが、かえってその方が勝手気ままに暮らせて楽しいと話した。
また、王都の話題などを持ち出しては、始終にこやかな笑みを浮かべていた。
だが、セブは、ベイツ伯爵を信用することができず、警戒心を解くことがきなかった。
食事の後は、風呂に入ったりくつろいだりと、各自自由に過ごすことになったので、アイリスは廊下に飾られている絵を見に行くことにした。
さっき、ちらりと見た絵の中に、見覚えのある絵があったからだった。
森の木々と流れる小川、水車を描いたその絵は、空の色と水の色がとても美しく、まるで本物の水が流れているようだった。
この絵は・・・。
そうだ、チャリティーオークションで落札された絵だ。
だから見覚えがあったんだ。
確か、とても有名な画家の絵で、五人で競っていたはず。
そしてかなりの高額で落札されたんだった。
ああ、落札したのはベイツ伯爵だったのね。
どうりで、伯爵の顔を見たとき、どこかで見たような・・・
「この絵が気に入りましたかな?」
後ろでいきなり声がして、アイリスはドキッとした。
振り向くと、ベイツ伯爵がにんまりと笑いながら立っていた。
「この絵は、陛下主催のチャリティーオークションで手に入れたものでね。ああ、あなたもオークション会場にいましたね。側室所有の絵画と聞いていたので、期待はしていましたが、実に期待以上の素晴らしい絵を手に入れることができました。」
「ええ、本当に素晴らしい絵ですね。」
アイリスはそう応えたが、実はもう一枚、とても気になっていた絵があった。
この絵の隣に飾られている風景画だ。
大きさは隣の大きな絵の半分ほどの大きさだった。
森の湖を描いた絵だった。澄み切った青空と、それを映す湖の青が実に美しい。
この絵を、私は幼い頃に見たことがある。絶対に!
「この絵もとても美しいですが、有名な画家が描いた絵なのですか?」
「あなたにもこの絵の素晴しさが分かりますか。実は、この絵を描いた人は画家ではなく、素人なんですよ。でも、あまりに素晴らしい絵だと思いましてね。私のコレクションの一つにしたのです。この空と湖の色、実に美しい。素人とは思えない出来栄えでしょう?」
伯爵は自分の審美眼を自慢するかのように話した後、
「それでは私は失礼しますが、どうぞごゆっくり絵画を堪能してください。」
そう言って去って行った。
やっぱり、そうだった。この絵は盗品よ。
ベイツ伯爵が、どういう経路でこの絵を手に入れたのか知らないけど、盗品を飾ってる!
アイリスの父は美術品の収集が趣味で、画廊にもよく通っていた。
アイリスも時々一緒に画廊に出掛け、美しい絵を見るのが好きだった。
幼いころのある日、ウインドウに飾られている美しい湖の絵に、父もアイリスも惹き付けられた。
父が店主に聞くと、本職の画家ではなく、素人の作品だと言う。
亡くなった兄の遺品整理をしていたら、若い頃に兄が描いた絵が出てきた。
素人の自分には絵画の値打ちがわからないが、あまりに美しいので、できたら人の目に触れるように展示してもらえないだろうか。
兄も自分の作品を人に見てもらえたら喜ぶと思うので・・・
と、作者の妹に頼まれたのだそうだ。
もし買いたい人が現れたら、売ってくれてもいいと言われていたので、父は購入することにした。
しかし、昨日展示したばかりなので、遺族の気持ちを考えて、一週間後に届けてもらうことにしたのだった。
「あんなにきれいな絵を描く人って、きっときれいな心の持ち主なんでしょうね。あの絵を好きになる人も。」
アイリスがそう言うと、父はちょっと照れたような顔をしたが、すぐに元に戻して言った。
「絵を描く人は美しい心を持っているかもしれないが、好きになる人は、必ずしもそうだとは言えないな。中には、異常に執着するコレクターもいるしね。」
この三日後に、店主から連絡が来た。
父が購入するはずだった絵が盗まれたと。
幼いアイリスは思った。
父が言う「イジョーにシューチャクするコレクター」が盗んだのだと・・・。
この日の夜、ベイツ伯爵はニタリと笑いながら寝室で一人、極上のワインを飲んでいた。
「ブラッド、入ってこい。」
ベイツ伯爵の声に応えるように、ブラッドと呼ばれた男が、音もたてずに窓から入って来て、伯爵の前で跪いた。
「あれはもう運んだか?」
「はい。三ヶ月は大丈夫かと。」
「それならいい。明日から、しっかり監視するんだぞ。些細なことでも報告するように。」
ブラッドは無言で頷いた。
「ああ、もう行って良い。」
ブラッドは、入ってきたときと同じように、音をたてずに窓から出て行った。
翌朝、朝食を終えたサラたちは、領地内にある神殿に向かった。
どこもそうだが、事前に領民に知らせているので、今まで訪問した神殿は人でいっぱいだった。
ここも人でいっぱいになるだろうと勝手に思い込んでいたが、蓋を開けると、そうでもなかった。
この領地の神殿は、国境沿いにあるため、大きくない。
戦禍を恐れて小規模に設計されていたのだ。
だから、神殿内に設置されているベンチの数も、王都の大神殿とは比べ物にならない。
しかし、収容人数がさほど多いわけでもないのに空席が目立っていた。
この神殿の神官は、半年前に王都から派遣された神官で、カイゼルと面識があった。
前神官は、休戦後に事故で死んだと聞いている。
前神官が死んでから、新しく神官が赴任して来るまで、しばらくの間、空白期間が続いたことになる。
聖女の祈りは事前に領民に知らされているのに、空席が多いことを不思議に思ったカイゼルは、神官に尋ねた。
すると、神官はこう答えた。
「今までずっと聖女様と一緒に行動してきたカイゼルには、不思議に思えるかもしれませんね。この地は、他の領地と違って激戦地になりましたから被害が大きくて。特に国境沿いの村は被害が甚だしく、貧困で苦しい生活をしている人が多いのです。献金できなくて遠慮している人も多いのかもしれません。献金などしなくても来てくださいと、お伝えしているのですが。」
この国では、神殿に入るときに、献金箱に献金するのが常識とされていた。
少額でも構わないのだが、その金さえない者は遠慮して来れないということは、十分に考えられることだった。
サラが神殿で皆と4回目の祈りを捧げた後、1人で来ていた八歳くらいの子どもに声をかけた。
見るからに栄養が足りていないとわかる細い体につきに つぎはぎだらけの服を着ている男の子だった。
「あなたは一人で来たのですか?家族は一緒じゃないのですか?」
「僕は一人で来ました。村からここは遠いので、村の人は来ていません。」
「遠いのに一人で来たのですか?」
「はい。だって聖女様と一緒に祈ったら願いが叶うって聞いたから。僕一人でも、どうしても来たかったんです。」
「遠いのに歩いて帰るのは大変でしょう?私たちの馬車で送るから案内してくれますか?」
男の子は目を丸くして驚いたが、すぐに喜んで頷いた。
遠い村があることを配慮して、人々には最後の祈りが昼の2時頃に終わることは事前に知らせていた。
だからサラには時間の余裕があったので、男の子の村にいき、村人と一緒に祈ろうと思ったのだ。
カイゼルが御者をする馬車に、サラ、アイリス、男の子が乗り、セブとディックは馬に乗って、神殿を出た。
村までの道中に、無惨にも屋根が焼け落ちた民家が点々と見えた。
激戦のときに、敵国のワーレンブルグ軍が放った火矢で多くの家が焼けてしまったのだ。
農地は踏み荒らされ、農具や種を保管していた倉庫も燃えてしまい、働き手も失い、未来が見えないと言って、この地を捨てて出ていった者が数多くいた。
サラは、不穏な空気を感じながら、馬車に揺られていた。




