28話 セブの過去
サラたちの領地巡礼は、順調なまま三ヶ月が過ぎた。
領地の四分の一を回ったが、まだヒューイらしき人物には出会えなかった。
四ヶ月目に入った日、サラたちは、ベイツ伯爵領に向かって馬車を走らせていた。
ベイツ伯爵領は、三年前の大激戦の戦地になっており、国境沿いの村は多大なる被害を受けたという。
伯爵領に入ったサラたちは、いつものように領主に挨拶をするために、まずはベイツ伯爵城に向かった。
馬車の中から城を見ると、さすが国境に近い伯爵領の城だと感心した。
城壁はすこぶる高く、城壁の天辺には複雑な槍の形の装飾物が、ずらりと突き刺されていた。
何も知らない侵入者が、夜にこの壁を登ったら、きっと無傷ではすまないだろう。
門も固く閉ざされており、まるで門そのものが、意思を持って侵入者が入ることを拒んでいるようだ。
門番に聖女が来たことを告げると、あらかじめ聞いていたので、すぐに門を開けてくれた。
ディックとセブは馬に乗ったまま、サラたちは馬車に乗ったまま門をくぐり、館の入り口まで着くと、サラとアイリスは、それぞれセブとディックに手を貸してもらって馬車から降りた。
御者兼付き人のカイゼルも、挨拶のために、御者台から降りた。
入り口にはメイドが6人、歓迎の意を表して並んでおり、その真ん中に、領主メイソン・ベイツ伯爵が立っていた。
「ようこそ、おいでくださいました。私は領主のメイソン・ベイツです。」
ベイツ伯爵は、にこやかな笑みを浮かべ自己紹介をしたが、セブはその笑顔に気味悪さを感じた。
遠い昔、幼い頃に出会った男の、気味の悪い笑顔と同じ目をしていたからだった。
セブがまだ五歳だった頃、母のルイーズは二人の子どもを養うために、休む暇なく働いていたが、収入は少なく、毎日食うのがやっとだった。
もっと食べたい盛りのセブだったが、お腹が空いても我慢していた。
そんな時、町の店が並ぶ通りで一人の男に会った。
男は頬に傷のあるちょっと怖そうなおじさんであったが、セブをベンチに座らせて、パンを一つくれた。
理由は、お腹を空かせているようで可哀そうだから、と言っていたが、セブにとって、理由などどうでもよく、ただただパンを無償でくれることが嬉しくて喜んで食べた。
パンを食べている間、男はにたりと笑っていた。
セブは、なんとなくその目を気味が悪いと思ったが、パンをくれるぐらいだから、このおじさんは、きっと優しい人なのだろうと思いながら食べた。
「明日もまたおいで。明日はお菓子をやろう。でも、一つしかないから、誰にも言わずに一人で来るんだよ。さあ、おじさんと約束だ。」
翌日、セブは約束を守り、一人で男に会いに行った。
男は昨日と同じように、セブをベンチに座らせてお菓子を食べさせた。
そしてまた、明日の約束。
セブが男に会いに行き、パンやお菓子をもらうことが三日続いた。
そして四日目になったとき、男はお菓子をくれる前にセブに言った。
「あそこに、カバンが置いてあるだろう? おじさんが置いてきちゃったんだ。取ってきてくれるかい? 」
男が指さす方を見ると、八百屋の前の路上に、大根やパンが入ったカバンが置いてあった。
「いいよ。」
「いい子だね。中には壊れやすい物も入ってるから、そっと音をたてずに持って来るんだよ。上手く持ってこれたら、またお菓子をあげるからね。」
セブは言われた通り、そっと音をたてずに、カバンを持ってきて男に渡した。
男がカバンを受け取ったと同時に、後ろで大きな声が聞こえた。
「わ、私のカバンがない! ここに置いておいたのに!」
「えっ?」
声がする方を振り向くと、中年の女と八百屋の店主が、カバンがなくなったと騒いているのが見えた・・・
と同時に男が右手にカバンを、左腕にセブを抱え、一目散に逃げた。
「ドロボウ!ドロボウよ!誰か捕まえて!」
女の叫び声が聞こえた。
しかし男はそのまま逃げて逃げて、誰もいないところまで逃げ続け、やっと止まってセブを下ろした。
セブはやっと自由になれたのだが、恐ろしさのあまり、身動きができず、逃げている最中にこぼれだした涙が止まらない。
「ぼうや、大変なことしちゃったね。ドロボウしちゃったんだね。知ってるかい。ドロボウしたら死刑になるんだよ。」
もう少し大きかったら、置き引き程度では死刑にならないとわかっただろうが、5歳のセブには、その判断ができなかった。
泥棒が悪いことも、死刑がどういうものかも知っていたから、なおのこと、男の言うことを信じてしまった。
「ぼく、死刑になるの?」
「ああ、そうだよ。それに、お母さんが知ったら悲しむだろうねぇ。」
ビクッとした。
母さんに知られたら・・・
死刑よりも、もっと怖かった。
「おじさんの言うことを聞いてくれたら、内緒にしてあげるよ。お母さんにもばれないし、死刑にもならないようにしてあげよう。」
ここから先は、男の言いなりだった。
男に連れられ、指定されたものを盗む。
怖くて仕方がなかったが、母に知られないためには、男の言うことを、きくしかないと思った。
男は分け前だと言って、ほんの少しだが金をくれた。
その金でパンと菓子を買い、妹に食べさせると、妹はとても喜んだ。
それがせめてもの救いだった。
盗みは怖かったが、5歳の子どもには、思いの外簡単だった。
大人たちは、幼児が近づいても警戒しない。
もし、ばれたとしても、驚いた顔で
「おばさんのカバンだったの? 道に落ちてたからお役所に届けた方がいいと思って・・・困らせたのならごめんなさい。」
こう言えば、すぐに解放してくれた。
怖そうな男だったら、この言葉の後に大泣きすれば
「わかったわかった、疑ったおじさんが悪かったよ。」
そう言って、逃げるように立ち去った。
セブは演技力も身につけた。
初めは怖くて仕方がなかった盗みの仕事も、何年も繰り返していると、恐怖心はなくなった。
ただ、罪悪感だけは拭えず、いつかはこの仕事から抜け出したいと思っていた。
しかし、抜け出すことができなくなってしまった。
母ルイーズが倒れたのだ。
それからは、ルイーズは、三日働けば二日寝込むことを繰り返し、セブの一家は食べることさえ難しくなってしまった。
仕方なく、セブは男にもっと分け前が欲しいと話すと、セブの才能に気づいていた男は、待っていたとばかりに、新しい仕事を教えた。
ヘアピンで鍵を開ける技術
スリの技術
捕まったときの縄脱けの技術
これらはすべて、新しい仕事のために、男に教えられた技術だった。
セブは感がすこぶる良く、男に教えられたことをすぐに身につけた。
セブの分け前は増えたが、生活費とルイーズの薬代で、すぐになくなってしまう。
セブは家族のために、悪いことだとわかっていても、男との仕事を止めることはできなかった。
ところが、ある日突然、男の姿が見えなくなった。
待ち合わせの場所で、いくら待っても男は来ない。
男の名前も住まいも知らないセブは、探すこともできず、どうしたものかと思いながら待っていた。
しばらくすると、頬に傷のある男が、ヤバい仕事に手を出して消されたと、風の噂がセブの耳に届いた。
悪事を働く男の末路とは、こういうものか・・・。
セブは、いつか自分も、男のように消えてしまうのかもしれないと思った。
男が死んだことで、母に言うぞと脅されることはなくなった。
自由になったが、家族を養うために、セブは金持ちそうな人を狙って、スリを働くようになった。
そして、金がたっぷり入った財布を、懐に入れた子どもに目をつけた。
子どもに、あんな大金を持たせる家は、きっと大金持ちに違いない。
その財布をすろうとした。
それが、レオンとの出会いだったのだ。
セブは思った。
ベイツ伯爵の目は、初めてあった日の、あの男の目に似ている。
獲物を狙う蛇のような、あの男の目に・・・。




