26話 神力
天界では、サラの友人の神たちが、ずっとサラを見守っていた。
サラと一緒に祈る人々の願いを、全部とは言わないが、できるだけ叶えるようにしていた。
健康の女神サンテもその一人だ。
祈りを捧げる人の願いに耳を傾け、腰痛や肩こりを治したり、ちょっとした体調不良や風邪など、治してあげた回数は数え上げたら切りがない。
しかしサンテもまた、全員の願いを叶えるわけではない。
というよりも、叶えることができないのだ。
天界の神が、人間の願いを叶えたり、幸運を授けたりするには神力を使うのだが、神力には限界があるからだ。
肩こり程度なら、それほど多くの神力を必要としないが、病気の治癒には多くの神力が必要で、重症であればあるほど、多大な神力を必要とする。
マリアのような瀕死の状態では、それこそ膨大な神力が必要であった。
サンテは、サラがテイラー侯爵家に入ってからも、ずっと見守りを続けていた。
サラがマリアのために祈りたいと申し出たときは、サラに対して申し訳ない気持ちになった。
マリアの病状は深刻で、今のサンテには治癒する神力が足りなかったからだった。
サラがマリアの頬に触れ、涙を流す姿を見たサンテの表情は暗い。
「サラ、ごめんなさい。マリアを助けてあげたいけど、今の私には神力が足りない。今までに神力を使い過ぎたみたい。きっと、このままじゃ、間に合わない。」
サンテは鏡に向かって話かけるが、人間として降臨したサラには聞こえない。
サンテにもそれはわかっているのだが、話しかけずにはいられなかった。
「そうだ、父神様におねがいして・・・」
と思ったが、すぐに思い直した。
父神ゼシューは、人間の願いを叶えるか叶えないかは、神々の自主性に任せているので、自分から関わることはしなかった。
ましてや、神力が足りないからといって、それを補うことなど絶対にしない。
サンテが思い直した理由は、もう一つあった。
サラが地上に降臨した後、見送りに来たサンテたちに、ゼシューはこう言った。
「お前たちが、サラに協力をしたければすれば良い。しかし、わしはサラと賭けをしている身。今後一切、わしがサラを助けることはないと覚えておきなさい。」
「ああ、サラ、このままじゃ神力が足りなくて助けられない。たとえ皆で祈ったとしてもたぶん・・・間に合わない・・・」
神力を使い過ぎたとしても、時間の経過とともに神力はもとに戻るのだが、それにはかなりの時間が必要で、場合によっては数ヶ月以上かかることもある。
マリアの命を救うには、とても間に合わない。
しかし、人々の祈りが天界に届くと、それが神々の糧となり、神力を増やし強めることができるのだが、マリアの病気はあまりにも重すぎた。
人々がいくら祈ったとしても、マリアを救うほどの神力は補えない。
それが分かっているから、サンテは辛かった。
サラは、マリアのために祈り始めた。
サラが一人の人間のために祈りを捧げたのは、これが初めてだった。
いつもは、ヒューイの無事と再会を祈り、その後に、一緒に祈っている人々の願いが叶うように祈った。
だが、今は違う。
マリアのためだけに、今までにないほど強く祈りを捧げた。
マリアの命を救いたい。
ただそれだけに集中した。
その強く激しい祈りは、一直線に地上を駆け上がり、天界へと突き抜けた。
ドクン!
サンテに衝撃が走った。
ドクンドクンと心臓が、脈が、激しく波打った。
神力が、自分の体に注ぎ込まれるのを感じた。
人間として地上に降りたとしても、神の力は失ったとしても、サラは、もと女神。
封印された神力が、祈りとともに解放され、サンテに注ぎ込まれたのだ。
「サラ、あなたの神力が私に注ぎ込まれてる。そのまま、ずっと祈り続けて。もしかしたら間に合うかもしれない。そのまま祈りを止めないで。」
マリアの眠るベッドのそばで、立ったまま祈り始めたサラに、アイリスが椅子をすすめた。
「聖女様、椅子にお座りになった方が・・・」
しかし、全神経を集中して祈っているサラには、アイリスの声が聞こえない。
「聖女様・・・?」
アイリスはこれ以上声をかけても無駄なのだろうと、椅子をすすめることをあきらめた。
「皆さん、私たちも一緒に祈りましょう。」
カイゼルが神官らしい面持ちで皆に声をかけると、皆は無言で頷き、各自がそれぞれの椅子に座った姿勢で祈り始めた。
聖女と皆が祈り始めたことは、瞬く間に屋敷中の使用人に伝わり、誰に命令されることもなく、屋敷にいる全員が、その場で祈りを捧げ始めた。
皆の祈りは、サラが作った祈りの道に導かれ、天界へと吸い込まれていった。
それは一晩中続いた。
子ども部屋に柔らかな朝陽が差し込み、チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえてきたとき、その音にカイゼルが目を覚ました。
一生懸命に祈っていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。
隣を見ると、アイリスも椅子に座り、祈りの姿勢のまま眠っていた。
部屋にいる皆は、祈り疲れたように、祈り始めたそのままの姿勢で眠っていた。
セブは壁にもたれて立ったまま、ディックは床に座り込み、壁にもたれたまま、祈りの姿勢で眠っていた。
「せ、聖女様!」
カイゼルの声に皆が目を覚ました。
サラは、祈り始めたときと全く同じ姿勢で、まだ祈り続けていた。
光が差し込み、サラを照らしたその姿は、まるで光輝いているように見えた。
サラは神経を研ぎ澄まし、祈りながら神力の動きを感じていた。
サンテに注ぎ込まれた神力は、皆の祈りを糧として、さらに増え続け、サンテの全てを満たした。
そして今、全ての神力がサンテから放出されたのだ。
その行先は、マリアただ一人・・・。
神力の強い動きを感じたサラは、目を開き、祈りながらマリアを見守った。
マリアの全身が、眩いオレンジ色の光に包まれた。
サラ以外の人間には見えないその光は、ふわふわとマリアの包みながら動いていたが、やがて一本の光となって天界へ消えて行った。
間に合った・・・。
祈りながら、マリアを見守っていたサラの顔に、安堵の表情が現れた。
サラを見つめていたカイゼルは、サラの表情の変化を見逃さなかった。
「聖女様?」
次にマリアを見ると・・・
マリアの顔にほんのりと赤みが差し、顔色が明るくなってきた。
今にも消えてしまいそうだった心臓の鼓動が正常に動き始め、呼吸も正常に戻ったのだ。
奇跡が起こった。
祈りが通じたのだ。
「あなた、マリアが、マリアが・・・」
母親は溢れる涙をぬぐうこともせず、マリアの手を両手で握った。
父親は、その手の上に自分の手を載せ、もう片方の手で妻の肩を抱いた。
「ああ、ああ、」
父親の目からも涙が溢れ、これ以上の言葉を発することができなかった。
「祈りを終わります。」
サラが静かに告げた。
しかし、全ての神力を天界に送ったサラは、これ以上立っていることができなくなり、ふらりと倒れそうになった。
それに気が付いたセブが、慌ててサラに駆け寄り、サラを抱きとめた。
「あ、ありがとう。でも、私は大丈夫よ。」
サラはそう言って、セブの腕から逃れようとしたが、とても大丈夫とは言えない足取りに、セブは手を離すことができず、支えたままでいた。
「マリア・・・」
支えられたまま、サラはマリアの頬に触れた。
死人のように冷たかった頬は、今は血が通い温かい。
「マリア、良かったね。」
サラが頬を撫でながらそう言うと、マリアの目がピクリと動き、そして目を覚ました。
「あっ、聖女様だ。」
マリアの、まだ弱々しいが可愛らしい声が聞こえた。
母親は嬉しさのあまり、涙を流しながらマリアに話しかけた。
「マリア、マリア、良かった、本当に良かった。聖女様、ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
マリアの両親も、祖父も、みんな泣きながら喜び、サラに感謝した。
「本当に良かった・・・」
この言葉を最後に、サラはセブに支えられたまま、意識を失った。




