25話 テイラー前侯爵
主人らしき老人は、執事に話しかけた。
「国王陛下から、直々に頼まれたお客様だ。失礼のないようにおもてなししなさい。まずは応接室に案内しなさい。私が対応しよう。」
「かしこまりました。皆様、応接室にご案内します。」
サラたちは応接室に案内され、すすめられたソファーに座ると、老人は向かいに座った。
しかし、この老人も、とても暗い顔をしている。
「聖女様、今日はようこそおいでくださいました。本来なら、現領主が挨拶をするべきなのですが、今は立て込んでおりましてな。隠居の身の私が挨拶をさせてもらいます。前領主のシルヴァン・テイラーと申します。」
サラたちも、シルヴァンに挨拶と自己紹介をした。
シルヴァンは少し間を空けてから、苦しそうに話し始めた。
「聖女様もたぶんお気づきのことと思うが、今、この屋敷は暗く沈み込んでいます。
実は・・・私の孫が一週間ほど前から病気になりましてな。
王都から名医を呼んで診てもらってたんだが、原因がわからないうえに治療法もわからないと言われ・・・。
手は尽くしてくれたのだが・・・いっこうに良くならず・・・。
今朝がた、急に悪化して・・・、とうとう医者も見放しましたのじゃ・・・
ううっ・・・孫の命は今日か明日の朝までかと・・・。ううっ・・・」
シルヴァンは涙を流し、嗚咽を漏らして、これ以上話すことができなくなった。
この国の医療水準は高い。
イレーヌが医療分野の研究施設も作り、莫大な資金を投入して研究を押し進めたからである。
王都から来た名医となれば、最新の医療知識と技術を有しているはずだ。
その医者が匙を投げたのであれば、本当に明日の朝には命が尽きるのだろう。
「よろしければ、私をお孫さんのところまで案内してください。お孫さんのために祈りたいと思います。」
「孫は・・・聖女様のことが好きじゃった。・・・きっと・・・喜ぶと思います。」
「あの・・・私は神官見習いなので、できれば一緒に祈りたいのですが・・・。」
「あっ、それなら私も・・・。私はいつも聖女様と一緒に祈りを捧げていますので、ご一緒させてください。」
「私たちは護衛ですが、私たちも一緒に祈りたいと思います。」
「そうですか。皆さんも孫のために祈ってくださるんですね。それでは一緒に参りましょう。」
カイゼル、アイリス、ディック、セブの四人の申し出を受け入れ、シルヴァンはサラたち五人を孫の部屋に案内した。
五人が孫の部屋に入ると、そこは子どもには十分すぎる広い部屋で、置かれているウサギやクマのぬいぐるみが、可愛らしい子ども部屋らしさを表していた。
だが、部屋は重苦しい空気に包まれていた。
ベッドに子どもが横たわり、その横に意気消沈した両親が座っている。
母親はハンカチを握りしめ、溢れて止まらない涙を何度も押さえていた。
「聖女様がいらっしゃったよ。マリアのために祈ってくれるそうだ。」
母親は椅子から立ち上がり、泣きはらした顔でサラに言った。
「聖女様、お願いです。マリアを、マリアを救ってください。どうかどうかマリアを・・・」
この夫人に見覚えがあると思ったサラは、記憶をたどった。
そうだ、初めて大神殿で祈りを捧げた日に、花束をくれた少女の母親だ。
あのとき、少女はおじいさんの病気が良くなるように祈りに来たって言ってた。
おじいさんはシルヴァンのことだったのね。
では、あの横たわっている少女が・・・
花束をくれた少女・・・。
ベッドで横たわる少女は、やつれて血の気はなく、明るかった少女とは別人のようであったが、まぎれもなく、花束をくれた少女だった。
あんなに可愛らしかった少女が、自分に元気をくれた少女が・・・。
この子の笑顔、優しさのおかげで、これからも頑張ろうって思えたのに・・。
サラは、ゆっくりとマリアに近づき、その頬に触れた。
まるで死人のように冷たかった。
生者と死者との違いは、今にも消えてしまいそうな弱い心臓の動き、微かに感じる小さく浅い呼吸のみ。
苦しむ力さえ残っていないマリアは、このまま眠るように死を迎えるのだろう。
サラの目に涙が溢れ、はらりと零れ落ちた。
「・・・・ない。」
「聖女様?」
母親が問いかける。
「まだ・・・諦めない。諦めてはいけない。たとえこの子の命がもうすぐ終わると言われていても、私は最後の一瞬まで諦めない。祈り続けます。」
「マリア、マリアが大好きな聖女様が、あなたのために祈ってくれるのよ。どうか、どうかマリアも頑張って。お願いだから死なないで。」
母親はマリアの手を両手で握りしめた。泣きはらした目から、また涙が溢れた。
サラは、両手を胸の前で組み、立ったまま祈り始めた。
その姿は凛として神々しく、部屋の中にいる皆には、まるでサラが光に照らされているように見えた。




