22話 セブの決心
レオンは泣きながら抱きついて来たセブの背中に手を回し、優しくとんとんと叩きながら良かったなと声をかけた。
セブは、感極まって抱きついたものの、我に返ると自分が恥ずかしくなったようで、抱きついた手を離し、真っ赤になってごめんと謝った。
レオンはベッドで寝ているルイーズのそばに行き、挨拶をした。
「初めまして。俺はセブの友人のレンです。お母さんが良くなって本当に良かった。今日は、お母さんのお世話をしてくれる女性を連れてきました。病人の看護がとっても上手な人なので、きっとお役に立つと思います。」
紹介された女性は恰幅の良い中年女性で、見ただけでベテランだとわかるほど、メイド服がしっくり馴染んでいた。
「私の旦那も大病で死にかけましたけどね、私の看護で全快しましたよ。今じゃぴんぴんしています。だから大船に乗ったつもりで安心して、何でも私に任せてくださいね。あっ、私の名前、モーリンです。モーリンって呼んでくださいね。」
モーリンはとっても明るく快活に自己紹介するので、部屋中が明るい雰囲気に包まれた。
ルイーズはまだ起き上がれないので、顔だけ横に向けてレオンとモーリンにお礼を言った。
「本当にありがとうございます。このご恩をどうお返ししたら良いのか・・・」
「そんなことは気にしないで、今は元気になる事だけを考えてください。モーリンは料理も上手なので美味しい料理を食べれば、きっとすぐに元気になりますよ。」
レオンの言葉に、ルイーズはありがとうございますと言いながら涙を流した。
「じゃあ、モーリンの紹介も終わったことだし、俺はもう帰るよ。叔父さんも一緒に帰ろう。後はモーリンがいれば大丈夫だ。」
レオンたちが玄関から家を出ようとしたとき、
「待って!」
とセブがレオンを引き留め、レオンの傍まで走った。
「俺、お前のところで働く。」
「まだ何の仕事をするのかわからないのに、いいのか?」
「構わない。奴隷だって、何だって、お前のためなら何でもする!もう決めたんだ。今日からだって構わない。俺の命、お前にやる!」
レオンはセブの肩を右手でポンポンと優しく叩いて言った。
「ありがとう。お前の気持ちが嬉しいよ。だが、しばらくはお前の母さんと一緒にいてくれ。母さんの病気が治ったら、そのときはよろしく頼む。」
レオンたちが帰った後、モーリンはてきぱきと仕事をこなした。
家の中は清潔になり、食事の用意も完璧だった。
子どもたちには育ちざかりに相応しい料理を、ルイーズには消化の良い病人食を作った。
しかも、どちらもとても美味しい。
モーリンの的確な看護のおかげで、ルイーズはみるみる回復し、一週間後には家の中を自由に動けるようになった。
だが、ルイーズは元気になったものの、働きに出るのはまだ難しい。
そこで、家族三人の毎日の生活を考えて、ロドとディックの家であるモンテベロ子爵家の一室を間借りして暮らすことになった。
引っ越しの際に、平民だと思っていたロドとディックが、実は子爵令息だとわかったときは、セブは本当に驚いた。
一室を間借りするだけといっても、さすが貴族の屋敷だ。
今まで暮らしていたボロくて狭い家とは訳が違う。
初めてふかふかのベッドでごろりと横になったときは、このまま死んでもいいと思ったほどだ。
引っ越しが完全に終わると、これからはモンテベロ家のメイドが世話をしてくれるからと、モーリンは自分の職場へ戻っていった。
ロドとディックの母レティは、毎日イレーヌ王妃の侍女として出勤する際、二人の息子と一緒に馬車に乗り込んでいたのだが、翌日からセブも一緒に乗ることになった。
その前夜に、レオンが実は王太子殿下であることを知らされたセブは、天と地がひっくり返るほど驚いた。
王宮に着くと、早速セブの仕事が始まった。
それは護衛騎士としての訓練だった。
ロドとディックと一緒に訓練をした後は、ロドが先生役になって読み書き計算、護衛騎士に必要な教養を教えた。
ある程度剣術が上手くなると、レオンも交えて四人で訓練をすることが増えた。
そして一ヶ月が経った頃、セブの母ルイーズはすっかり元気になり、家事も子どもたちの世話も健康な時と変わりなくできるようになった。
そろそろ仕事を探さなければと思ったときに、モンテベロ子爵から仕事の依頼を受けた。
イレーヌが買った町の家の管理人になって欲しいというものだった。
レオンたちが町に視察に出たときに使う休憩場所なのだが、今まで管理人がいなくて掃除が行き届かず、休憩中にお茶やお菓子を出す人もいなかった。
管理人になったら、家族三人はそこで暮らし、セブはその家から王宮に通えば良い。
願ったりかなったりのその内容に、ルイーズは心から感謝し仕事を引き受け、三人は町の家に引っ越した。
そんなある日、レオンがロドを自分の私室に呼び出した。
「なあ、ロド、お前、セブをどう思う?」
「そうですねぇ。勉強の方はディックとほぼ同レベルかと思いますが、身体能力は突き抜けているように感じます。反射神経やとっさの判断能力など、私よりも数倍は上かと・・・。今はまだディックの方が強いですが、ディックを追い抜くのは時間の問題でしょう。」
「そうか。なら、お前の後任に推せるな。」
「殿下、もしかして私のことを気遣ってくださっていたのですか?」
ロドはレオンの護衛騎士としての訓練を受けてきて、剣術では秀でた才能を持っていたが、頭脳明晰な彼は、剣術よりも頭を使った仕事の方が好きだった。
ある日、宰相のマシュー・エドランド公爵にその才能をかわれ、是非とも宰相補佐にと懇願されたのだが、自分の代わりになるような人物がいなかったので返事は先延ばしにしていたのだ。
「ああ、お前は口には出さなかったが、本当は宰相の仕事をやりたかったんじゃないのか?俺なんかよりもよっぽど頭の良いお前だから、未来の宰相としての道を歩いた方が、お前にとっても、この国にとっても、きっと良いことだと思うんだ。」
「殿下、ありがとうございます。殿下に言われて、やっと決心がつきました。」
この後、ロドはセブに自分の仕事の引継ぎをして、宰相の執務室に宰相補佐として勤務することになった。
まだ十四歳の若い宰相補佐であったが、宰相が見込んだ通りすぐに才覚を表し、非常に優秀な補佐となった。
そして現在。
環境が変わり、すくすくと成長したセブは、レオンより少し身長が高く逞しい体格をもつ精悍な若者になった。
今日も、近衛騎士団演習場で鍛錬を積んだ後、レオンの護衛に執務室に来たところだ。
「ところで陛下。今、話を逸らされたようですが、お身体の具合はいかがですか。」
ううっ、さすがセブ、逸らされてくれない・・・。
「いや、本当に何でもないんだ。気にしないでくれ。」
いくら普段一緒にいる間柄でも、サラにキスをする自分を想像して赤くなったとは、さすがに言えないレオンであった。




