21話 少年の母
「お兄ちゃん、待って!」
突如現れた少女は、少年に向かって叫んだ。
少年より二歳年下で、少年と同じ水色がかった銀髪に茶色い瞳をしたその少女は、走って来たのかハアハアと息を切らしながら続けた。
「母さんがたいへんなの。お願いだから、早く戻って!」
「エミリー、母さんがどうしたって?」
少年の顔色が変わり、逃げる方向を変えて少女と一緒に駆けだした。
しばらく走ると、少年は少女と一緒にボロボロの家の中に入ったので、追いかけていた五人も家の中に入った。
狭い家の中で、彼らの母親ルイーズがベッドで横たわり、苦しそうに息も絶え絶えで、顔色も悪く目を瞑ったまま動かない。
髪の色はおそらく兄妹と同じ水色がかった銀髪なのであろう。
しかし、艶を失った髪は白髪に見えた。
「少し前から母さんを呼んでも返事がないの。すごく苦しそうで、私どうしたらいいのかわからなくて・・・お兄ちゃんを探しに行ったのよ。」
「母さん。」
少年は母の手を握り声をかけるが、苦しそうな息が聞こえるだけで返事はなかった。
レオンはこのままでは、少年の母の命に関わると思い、護衛騎士の一人に頼んだ。
「医者を連れてきて。」
「医者が来たって払う金なんてない!」
少年が怒ったようにレオンに叫んだが、レオンは無視して護衛騎士に医者を呼びに行かせた。
「お前に払わせるつもりなら、初めから医者なんて呼ばない。母さんが大事なんだろ。ここは俺たちに甘えろ。」
「・・・・。」
「お前の名は? ああ、安心しろ、お前を訴えたりしないから・・・。」
「・・・セブ・・・」
「セブ・・・か。俺はレン。歳はいくつだ?」
「十二」
「ああ、俺より一つ年上か・・・。お前の父さんは?」
「父さんは・・・死んだ。俺が小さい時に。母さんは俺たちのために、休むことなく働いて、働いて、働きすぎて病気になっちまった。」
セブは意識のない母親の手を握り、苦しそうな顔をじっと見つめた。
目からはらはらと涙が溢れて零れ落ちた。
「俺みたいな子どもが働いても、給料なんてちょっとしかもらえない。」
「だからスリを働いたと・・・?」
「ああ、そうだ。俺みたいなのは、生きていくために何でもしなくちゃいけないんだ。お前みたいなおぼっちゃんに何がわかる。」
「お前のことがわかる・・・とは言わない。だけど、俺ならお前を助けることができるってことはわかる。」
「はぁ? 何言ってんだ。お前・・・」
護衛騎士が近くの医者を連れてきた。
その若い医者はルイーズを診察した後、騎士に彼女の体を支えさせて薬を飲ませた。
「極度の過労のうえに肺炎を併発しています。今、薬を飲ませましたが、まだ予断を許さない状態です。この薬を今のように3時間おきに飲ませてください。」
「母さんは、助かるんですか?」
「今は何とも言えません。まずは安静にして薬をきちんと飲ませること。後は、神に祈るしかないでしょう。」
医者はそう言うと帰っていった。
医者への払いは、レオンがイレーヌからもらった金から払った。
そして三日分の食料を、妹と騎士に買いに行かせた。
「さっきの話の続きだが、お前、俺のもとで働かないか? 少なくとも毎日食べ物には困らない程度の給料は払える。」
「お前のもとで働くって、どんな仕事をさせる気だ?まさかお前の奴隷とか?」
「仕事の内容は今は言えない。お前がする気になったら教えてやる。だが、奴隷じゃないことは確かだ。・・・いや、考えようによっては、奴隷ともいえるかもしれないが・・・。」
「かもしれないって・・・。」
「返事は今でなくてもいい。お前の母さんが良くなってからでいいから、その時に聞かせてくれ。」
しばらくして、食料を買いに出たエミリーと騎士が戻って来た。
「この人、俺の親戚の叔父さんなんだけど、とっても頼りがいがあって優しい人なんだ。今夜はこの家に残ってもらうよ。何かあったら叔父さんに頼ったらいい。さっきみたいに薬を飲ませる時もいた方がいいだろ?」
「あの・・・レンが勝手に決めてるようだけど、叔父さんはそれでもいいんですか?」
「ああ、私は構いませんよ。何と言っても頼りがいがあって優しい人ですからね。ははは」
騎士は少し嬉しそうに笑って言った。
「じゃあ、俺たち帰るから。また明日来るよ。」
レオンは護衛騎士の一人を残して帰ることにした。
レオンが玄関を出ようとしたとき、セブが言った。
「レン、・・・ありがとな。」
その声は涙が混じったように少し震えて聞こえた。
レオンが帰った後は、セブ、エミリー、騎士の三人でルイーズの看病をした。
三時間ごとの薬は騎士にルイーズの体を支えてもらい、セブとエミリーが少しずつ飲ませた。
額に当てている布は熱くなれば何度も水で冷やした。
汗が出てくればタオルで拭いた。
薬と看病が効いてきたようで、太陽が昇る頃にはルイーズの呼吸は楽になり、顔色も血色が良くなった。
そして太陽が一番高い位置に来たとき、ルイーズが目を覚ました。
「か、母さん!」
セブもエミリーもどれほど嬉しかったことだろう。
二人とも母さん母さんと連呼しながら涙が止まらない。
傍にいた騎士ももらい泣きして喜んだ。
「お前たちがずっと看病してくれたのかい。ありがとね。」
ルイーズは二人の頭を交互になでた。二人は泣きながら、うんうんと頷くだけで精一杯だった。
ちょうどその時、レオンが、ロド、ディック、昨日の護衛騎士と、メイド服を着た一人の女性を連れて来た。
レオンが家の中に入ると、セブが泣きながらレオンに抱きついた。
「レン、母さんが目を覚ました!お前のおかげで助かった、助かったんだよ。レン、本当にありがとう。」




