18話 ダンス
レオンがサラを連れて行った場所は、舞踏会の会場であった大広間だった。
扉を開けると先ほどとは違い、誰もいない閑散とした広間になっており、ずいぶんと広く感じた。
レオンにエスコートされたまま、サラは中に入り、付いてきた皆も一緒に入った。
誰もいないと思っていたが、入り口からは見えなかった場所に、楽団の人たちが待機していた。
最後はオークション会場にいたはずだったが、終わった後、帰らずに大広間に移動していたようだ。
広間の中央まで来ると、レオンはサラと向かい合い、右手をとり、手の甲に軽くキスをした。
「サラ、さっき言ってた私の願いです。私と踊ってくれませんか?」
反則なほど、美しい笑顔で・・・。
それを見た皆は、レオンと踊る令嬢や婦人たちが、皆ポーッとなってふらつく気持ちがよくわかった。
サラは少し躊躇ったが、皆の前で国王からの誘いを無下に断るわけにもいかず、承諾することにした。
「私は正式にダンスを習ったわけではありませんので、上手に踊れず、陛下の足を踏んでしまうかもしれません。それでもよろしいのなら・・・。」
「大丈夫、私がちゃんとリードするから。もし踏んでしまっても気にしないで。サラに踏まれてもちっとも痛くないと思うよ。」
レオンが楽団に目で合図を送ると、ワルツが流れ始めた。
今回だけは二分で終わらず、通常の長さで演奏することになっている。
レオンは言葉通りに、上手にサラをリードし華麗に踊る。
サラもレオンの動きに合わせてステップを踏むが、確かにレオンのリードはとても踊りやすく、リズムに乗って踊る二人のダンスは、華麗な蝶々が舞うようだ。
そんな二人を見て、アイリスとカイゼルは、サラ一人が座っているだけで最高の絵画になるのなら、美しい二人が舞う姿は、さらにその上をいく世界一の絵画みたいだと囁き合った。
レオンは踊りながら、サラから目を離さず話しかける。
「サラ、本当に綺麗だよ。その水色のドレスもサファイアのネックレスも、本当によく似合ってる。」
「マダムベリーさんが選んでくれたので・・・」
「さすがマダムベリーだね。王都一のデザイナーだと言われるだけのことはある。」
レオンは上機嫌でにんまりと微笑んだ。少し腹黒笑みを混ぜながら。
「ところで、サラ、さっき上手に踊れないなんて言ってたけど、サラはダンスが上手いね。」
「サラはダンスが上手いね。」
この言葉を最初にくれた相手は、赤い髪と赤い瞳のヒューイだった・・・。
愛の女神の仕事をしていると、男性女性に関わらず、願い事の中にダンスに関するものが多かった。
恋とダンスは切っても切れない関係のようで、
彼がダンスに誘ってくれますように。
彼と上手にダンスが踊れますように。
彼女の足を踏みませんように、ダンスをきっかけに仲良くなれますように・・
などなど。
サラはそんな彼、彼女によく幸運を授けたものだった。
そして、上手くダンスが踊れるか、心配で見守ることも多かった。
鏡から見る地上の人々は、ダンスをとても楽しそうに踊っていたり、幸せそうな顔でパートナーを見つめていたり。
そんな人々を見るのも好きだった。
そして、何度も何度もダンスを見ていると、自然にダンスのパターンも覚えた。
ああ、私も踊ってみたいな。
そんな思いで鏡を覗いていると、横にいたヒューイが話しかけてきた。
「サラも踊りたい?」
「うん、踊りたい。ヒューイ、一緒に踊ってくれるの?」
「サラのためなら何だって。」
「踊れるの?」
「一緒に鏡で見てたから。たぶん・・・、いや、大丈夫だって。さあ、踊ろう。」
ヒューイはサラの手をとり立ち上がり、鏡から聞こえる地上の音楽に合わせて二人は踊った。
けど、軽やかに華麗にとはいかなかった。
結局ヒューイは三回サラの足を踏んで、ダンスの曲が終わった。
「もう、ヒューイったら!」
「ごめんごめん。痛かった?」
「ふふふっ。少しだけね。でも、とっても楽しかった。ありがとう。」
「サラが望めば、これからも何度でも踊るよ。それからこれはお詫びのキス。」
ヒューイはサラを優しく抱きしめ、唇に甘くとろけるようなキスをした。
そして言った。
「俺はへたくそだったけど、サラはダンスが上手いね。」
サラはダンスが上手いね・・・
今、目の前でそう言ってくれた人は、髪の色も瞳の色もヒューイとは違う。
ああ、この人はヒューイじゃない・・・。
サラの目に涙が溢れ、堰き止められなくなった一粒の涙が、右目からつーっと頬を伝い零れ落ちた。
サラを見つめながら踊っていたレオンは、いきなりサラの表情が曇り、目から涙が零れ落ちたので激しく動揺した。
えっ?俺、何かした?
変なこと言った?
いやいや、ダンスを褒めただけだよ。じゃあなんで?
もしかして褒めたらいけなかった?
「サラ、俺、いや、私が何かしただろうか?」
レオンが混乱した頭で、やっとのことでサラに問いかけた。
「いえ、申し訳ございません。気になさらないでください。陛下には関係のないことでございます。」
サラは指で涙をぬぐい、それ以上涙が零れることはなかったが、謝罪した声は震える涙声で、その声にもレオンはまた激しく動揺した。
「俺、いや、私はどうすれば良い?」
「何もなさることはございません。ダンスを急に止めてしまったら、皆が心配します。このまま曲が終わるまで普段通りの陛下でいてくださいませ。」
このまま、二人は何事もなかったように踊り続け、曲の終わりとともにダンスが終わった。
ダンスが終ると、レオンは終わりの挨拶と手の甲にキスをしたが、いつものように華麗にとはいかなかった。
動揺がまだ続いていたからだ。
少しぎくしゃくしたレオンの動きに、セブとディックは、らしくないと思ったが、皆の位置からは、サラが涙を零した時はレオンの背に隠れて見えなかったので、原因まではわからなかった。
こうして、チャリティー舞踏会とオークションの長い一日は終わり、サラたちは神殿に帰った。
残されたレオンはこの後、食事をしても、風呂に入っても、寝ている時でさえも、サラの涙が頭から離れず、何度も何度も胸が痛んだ。




