12話 レオンとの出会い
サラが最後の祈りを終えて、控室で休憩をしているとき、大神官ジェネロがサラに話があるとやって来た。
椅子に座ってくつろぐこともせず、立ったままどことなく落ち着かない様子。
アイリスがジェネロにお茶を入れようとすると、
「いや、今から客人が来るので、お茶は客人が来てからにしておくれ。」
ジェネロは少し慌てている口調で制した。
ジェネロがこんなに慌てるとは珍しい。
そもそも客人がサラを訪ねて来ることが珍しいことなのだ。
参拝者たちは、皆聖女に会いたがる。
だからといって一人に面会を許したら切りがない。
私も私もと、際限なく面会が続くだろう。
だから、祈りの後は疲れているからと、断るようになっていた。
これは、祈りが始まる前から神官全員の共通認識になっていたはずだ。
「お客様とは?」
サラが問うと同時に、ドアの外からカイゼルの声がした。
「大神官様、聖女様、お客様をお連れしました。」
大神官が直々に来客を伝えに来るぐらいだから、断ることができない相手なのだろうと察したサラは、カイゼルに入るように声をかけた。
カイゼルがドアを開けると、三人の若者が入って来た。
三人ともすらりと背が高く、細身であるが鍛えられたような体つきをしている。
先頭の一人は祈りのときに一番前に座っていた赤茶色の髪の若者だった。
後ろの二人は屈強そうな若者で、一人は水色がかった銀髪で茶色の瞳、もう一人は黒髪で茶色の瞳をしていた。
銀髪は赤茶色よりも少し背が高く、黒髪は赤茶色より少しだけ背が低い。
三人とも平民の服装をしていたが、平民とは思えないような気品と威厳があふれている。
赤茶色の若者が、失礼しますと、髪に手をやり、カツラを取り外した。
すると輝くサラサラの金髪が現れた。
黒縁の眼鏡を外すと、サファイア色の瞳が美しく光った。
サラも、アイリスも、カイゼルも、はっと驚いたが、誰も声を出さなかった。
いや、出すことを我慢したのだ。
何故ならそれは不敬に当たるのだから。
「聖女殿、私はグランテリア国王、レオン・グランテリア。そなたに一度お会いしたいと思っていた。お疲れのところ、申し訳なく思うが、どうか許して欲しい。」
椅子に座ったまま呆然としていたサラは、我に返って慌てて立ち上がり、ドレスの左右を両手で軽く摘まみ上げ、礼の姿勢をとった。
王の機嫌を損ねてはいけない。
過去に何度も、王の不興を買った人間の末路を見てきた。
「グランテリア国の若き太陽であられる国王陛下にご挨拶申し上げます。初めてお会いできたことを心より感謝申し上げます。私はサラと申します。」
「挨拶のキスを許していただけるだろうか。」
いきなりのその言葉に一瞬ぎょっとしたが、王からの申し出を断ることなどできない。
サラが、こくんと頷くと、レオンはサラの手をとり、軽く手の甲にキスをした。
流れるような美しい所作は、レオンの気品を一層周りに知らしめるようで、カイゼルもアイリスも、ほーと言葉にならないため息を漏らした。
サラだけは一瞬困ったような顔をしたが、誰にも気づかれないことを祈った。
「どうぞ、皆様お座りくださいませ。」
サラが皆に席を薦めると、ジェネロは斜め横の椅子に、レオンはサラの向かいの長椅子に座った。
後ろにいた二人の若者は、自分たちは護衛中なのでと断り、レオンの後ろに立ったままの態勢をとった。
アイリスとカイゼルは、お茶の用意のため給湯室に移動した。
サラは、向かいに座るレオンを見て、古い記憶を思い出していた。
本当によく似ている・・・。
彼の父、前王アシュラム・グランテリアに・・・。
アシュラムが若かったころ、婚約者の心を欲してよく祈っていたわ。
私は何度か幸運を授けた・・・。あの頃のアシュラムにそっくり・・・。
話は、今から約四十五年ほど前のこと。
レオンの父アシュラムが、二十四歳の王太子時代にまで遡る。
当時、王太子だったアシュラムは、婚約者を決めるため、国王主催の舞踏会に何度も参加させられていた。
サラサラと風になびく輝く金髪と、深く青いサファイア色の瞳、整った目鼻立ちの美形の王太子に誰もが心を奪われた。
自分こそが王太子妃にと望む高位貴族令嬢たちがこぞって舞踏会に参加していた。
この舞踏会には、王太子に相応しい高位貴族の年頃の娘だけが、婚約者候補として集められていた。
皆美しく着飾り色気むんむんの舞踏会だ。
さながら孔雀の羽の品評会のようだと、斜めに構えながら眺めているアシュラムだった。
しかし、そこに一人、見るからに場違いな娘がいた。
それが後に王太子妃となるガドフィール侯爵家の令嬢、イレーヌ・ガドフィールだった。
イレーヌはその時十四歳、薄茶色の髪と滑らかな白い肌に茶色い瞳が美しい、まだ少し幼さが残る少女だった。
アシュラムとは十歳も離れ、公爵令嬢よりも身分が劣り、しかも年頃の娘が持つ色気というものを全く感じさせない。
誰にもライバルとは考えられない存在だった。
イレーヌ自身も父親の命令で舞踏会に参加しているだけで、まさか自分が王太子妃に選ばれるとは思ってもいなかった。
父親自身も、十歳も離れた娘に招待状が送られてきたことを訝しんだが、王室主催の舞踏会に参加するのも良い経験になるだろうと、その程度の気持ちでイレーヌを参加させた。
イレーヌが婚約者候補として招待されたのには、イレーヌの父ガドフィール侯爵の経済力によるところが大きい。
ガドフィール侯爵は領地経営の手腕が素晴らしく、国でもっとも潤っている領地を有していた。
婚約者候補の一人に選ばれたのは、爵位よりも莫大な財産あってのことだった。
ガドフィール侯爵は、常日頃から、領民あっての領主であると口癖のように言っており、イレーヌは幼いころからその言葉を聞いて育ってきた。
また、領民を抑えつけて絞りとっても、生産性は上がらない。
領主はいかに領民を導くかが大切なことなのだ、とも教えられてきた。
彼は、領地経営のために優秀な学者を雇い、農地の改良、農機具の発明、農作物の品種改良などに熱心に取り組み、その結果を惜しみなく領民に与えた。
また、農産物だけに留まらず、農地からとれる綿、麻、絹を使った衣類を作る織機や縫製機械の改良、流通経路の拡大などにも力を注いだ。
その甲斐あって、国一番の農産物及び衣類の生産量を誇る領地になったのだ。
イレーヌは、父が雇った学者たちから教育を受け、国内国外問わず、幅広い知識と教養を身につけていた。
とても十四歳とは思えぬ知識と教養は、おそらく婚約者候補の中では一番秀でていたであろう。
アシュラムは婚約者を決めるにあたって、共に闘えるような女性を求めていた。
どっちみち政略結婚で、そこに愛情がないのなら、人生の伴侶として共に行動できる方が良い。
少なくとも、足を引っ張られるのは御免だった。
自分に相応しい女性かどうかを見極めようと、舞踏会を通して少し親しくなった婚約者候補には、政治的な話をして、その反応を見るようにしていた。
しかし、帰ってくる言葉は
「そのような難しいお話は、殿方にお任せしとうございます。」
「私は殿下がお決めになったことに従うまででございます。」
その言葉を聞く度に、
わざと、しおらしい振りをしているのか?
それとも全く政治に関心がないバカなのか?
と思うばかりで、誰からもアシュラムを満足させる言葉は返ってこなかった。
たまに、良い反応を示す婚約者候補もいたのだが、さらに深く掘り下げてみれば、結局薄っぺらい知識でしかなく、ただ単にアシュラムに合わせただけであることが分かり、失望もした。
しかし、アシュラムはそのような感情を全く顔に出さず、キラキラの王族スマイルで通し続けるのだから、たいしたものであった。
アシュラムがイレーヌに話しかけたときも、たいして期待はしていなかった。
十歳も離れているのに婚約者候補に選ばれたのは、大金持ちの侯爵令嬢だからだろうという認識程度だった。
しかし、いつもと同じように政治的な話を振ると、非常に的確な返答があり驚いた。
意地悪な質問をしてみたら、遠い異国の例をあげ、わかりやすく自分の考えを伝えてくる。
深く掘り下げてみれば、もっと深いところで返答が来る。
打てば響くような今までにない手応えに、アシュラムはイレーヌをいたく気に入った。
一度気に入ってしまうと、もっともっとと話したくなり、イレーヌを個人的に呼び寄せて一緒にお茶をすることが増えた。
美しい王太子と、国の未来を語りながら楽しい時間を過ごすうちに、イレーヌは、アシュラムのことをほのかに意識し始めるようになった。
ところがイレーヌは今まで色恋沙汰に縁がなく、どのように振舞ってよいのか、まったく見当もつかない。
堂々と未来を語る姿と、ちょっと触れるだけで真っ赤になるそのギャップが、アシュラムの心をときめかせ、いつの間にかお気に入りから愛しい娘へと昇格したのだった。
アシュラムがイレーヌの愛を欲して神に祈ったのはこの頃だ。
たとえ政略結婚だとしても、自分がイレーヌを愛しているように、彼女も自分を愛してほしいと願った。
実のところ、イレーヌもアシュラムを愛していたのだが、不器用な彼女は上手にそれを伝えることができなかっただけだった。
天界で二人の様子を観察していたサラは、アシュラムの祈りを叶えようと、ちょっとした幸運を授けた。
もともと相思相愛の仲だった二人は、きっかけさえあればお互いの愛を確認するのは簡単だった。
とんとん拍子に婚約から結婚へと話が進み、晴れて二人は盛大な祝福の中、結婚式を挙げ結ばれた。
アシュラム二十五歳、イレーヌ十五歳のときのことであった。
しかし、この後、王太子妃となったイレーヌに、辛い現実が待ち受けていることを、誰も知る由もなかった。




