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憂鬱聖女の結婚事情 ー憂鬱聖女は今日も最愛の恋人を探して旅に出ますー  作者: 矢間カオル


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10話 サラの初仕事

結局、サラがカイゼルに理由を聞くことはなく、二人に付き人と侍女になってくれたことに対する感謝の言葉を伝えて終わった。


その後、サラはこれからの仕事の話をした。


「本日から、私は大神殿で祈りを捧げます。一回五分ほどの短い祈りですが、一日に数回、繰り返して祈るつもりです。

カイゼルは、今から町に出て、町の人々に噂を流してほしいのです。聖女と一緒に祈ると願いが叶うと・・・。」


「は? 何故そのような・・・」


驚いたカイゼルが問うと


「少しでもたくさんの人々と祈りを捧げたいからよ。」


と慈愛の目でカイゼルの深い緑色の瞳を見つめて答えた。


すると、横で聞いていたアイリスが、両手を口元で組んで、感激のあまり裏返った声を出した。


「聖女様、素晴らしいです。本当にすごいです。尊敬しかありません。聖女様は、いつも国民のことをお考えになっていらっしゃるのですね。

私、これから聖女様のお言葉や行いを聖女日記として記録していきますわ。きっと後世に残る名言集になることと思います。」


サラは苦笑いしたくなるのを隠しながら、有難うとお礼を言った。


「それでは、今から大神殿に向かいます。カイゼルは町に行ってください。アイリスは私と一緒に大神殿に行って祈りましょう。」



王都の神殿は規模が大きく、広い敷地に小神殿、中神殿、大神殿の三つが建造されている。


他にも、神官たちが暮らす住宅、短期間の宿泊が可能な宿泊棟、食堂、救護棟などもあり、敷地内の庭園には季節の花々が植えられ、観光地としても有名な場所であった。


王都に来たらまず神殿、というのが決まり言葉のように人々は口にしていた。


サラがこれから祈る大神殿は、グランテリア国の中で一番大きな神殿である。


十人用の長椅子が、中心の通路を挟んで左右に横二列ずつ、縦に二十五列設置され、一度に千人が座ることができる。


天井は高く、壁には釣鐘型の大きな窓が左右五個ずつ設置されているので、神殿内は明るく、夏は涼しく過ごすことができる。


祭壇が置かれている場所は、床よりも一段高くなっており、まるで低めの舞台の上に置かれているようだ。


舞台の壁の上方中心には神ゼシューの大きな姿絵が掲げられており、白いゆったりとした服を着た神は両手を広げ、慈愛に満ちた表情で人々を迎えていた。


上方に掲げられているので、千人が一堂に集まっても、どこからでも見えるようになっていた。



祈りを捧げる一般参拝者は、正面入り口から入るが、祈りを捧げる神官は祭壇の左右の壁にある扉から入ることになっている。


サラと、アイリスは祭壇横の扉から神殿内に入った。


参拝者は二十人ほど、一番前の長椅子に親子連れと侍従らしき三人、他は点々と思い思いの場所に座っていた。


祈りを捧げている者もいれば、眠っているのか目を瞑り休憩中の者もいる。


サラは祭壇を挟んで参拝者たちの前に立った。


そして神書をそっと祭壇の上に置くと、緊張した面持ちで参拝者たちを眺めた。


アイリスは一番前の空いている席に座った。


「あっ、聖女様よ。私、昨日聖女の泉で見たのよ。」


真ん中あたりに座っていた若い娘が、驚いて隣で祈っていた母親らしき女性に声をかけた。


その声は神殿内に響いたので、目を瞑っていた者も、祈りを捧げていた者も祭壇にいるサラに注目し、驚きと嬉しさが混じった声をあげた。


聖女が現れたことは噂で聞いていたが、まさか、こんなにすぐに会えるとは思っていなかったからだ。


「皆様、おはようございます。私はこれから毎日、皆様と一緒に祈りを捧げたいと思います。私が終わりを告げるまで、どうぞ一緒にお祈りください。」


サラの美しい声が神殿内に響くと、皆は頬を染め、まるで憧れの女優に遭遇したかのような目でサラを見つめた。


サラが手を胸の前で組み、頭を垂れて無言で祈り始めると、皆はそれに倣って祈り始めた。


サラは、そっと顔を上げ、頭を垂れて祈りを捧げる人々を見た。


オーラが出ていないか確認するためだ。しかし、誰からもオーラは感じられなかった。


「終わります。」


静かに終わりを告げたサラの心に、少し悲しい感情が生まれた。


しかし、誰もそんなことには気づかない。


しばらくサラはぼーっと参拝者たちを見ていたのだが、一番前に座っていた八歳くらいの少女がサラの前までやって来た。


「聖女様、一緒に祈ってくれてありがとう。」


少女はとても嬉しそうに話しかけてきた。


「私ね。おじいさまが病気だから、神様に治してくださいってお祈りしに来たの。聖女様と一緒に祈れて良かったー。お礼にね、これ聖女様にあげる。」


少女が差し出したのは、ピンクの花と白い花が混ざったとても可愛らしい花束だった。


花が長持ちするように円筒形の入れ物に水を入れて、その中に花束が差し込まれている。


「えっ?わざわざ私のために?」


「本当は違うの。聖女様が来るって知らなかったから・・。これはお家用。このお花ね、王都でしか買えないの。おじいさまが大好きなお花なの。でもね、聖女様にもらって欲しいの。」


少女は目を輝かせてもらって欲しいと言うのだが、おじいさまのために買った花をもらうことに躊躇っていると、少女によく似た顔の母親がやってきた。


「聖女様。どうかもらってやってくださいませ。この子は聖女様と一緒に祈れたことをとても喜んでおりますの。花は帰りにまた買いますので、どうぞお気になさらず・・・。」


母親はとても優しい笑顔でサラに話しかけた。


二人の気持ちが嬉しくて、サラは遠慮せずに花束をもらった。


ほんの少し前に感じた悲しい感情は、ほっこりとした温かいものに変わり、一緒に祈る人々が喜んでくれるなら、これからも頑張ろうと思えた。



この後も、三回祈りを捧げた。


二回目は五十人、三回目は八十人と人は増えたが、オーラを感じることはなかった。


サラは気落ちしそうな自分に、まだまだこれからだと気合を入れるために、誰も見ていない場所で自分の頬をパンパンと軽く叩いた。



サラが神殿で祈りを捧げている頃、カイゼルは町に出て、あちこちで噂を広めていた。


神官見習いだとバレるのは良くないと思ったので、平民の服装で動き回った。


パン屋でパンを買いながら客に話しかけた。


「知ってるかい? 昨日聖女様が現れた事。」


「あぁ、知ってるよ。すごい評判になってるね。」


「その聖女様が毎日大神殿で祈りを捧げるらしいよ。しかも、誰でも一緒に祈ることができるんだってさ。何と言っても、一緒に祈ると願いが叶うって言うんだから、さすが聖女様だねえ。」


パン屋の次は八百屋で、八百屋の次は肉屋でと様々な場所で噂を流し、一つの町が終わったら隣の町まで移動して同じことを繰り返した。


カイゼルが神殿に戻ったときは、くたくたに疲れ切ってしまっていた。


カイゼルの苦労の甲斐あって、翌日は開門前から八百人ほどが門前に集まっていた。


人々は、祈るのは何時からだと騒いでいる。


神官たちはこのまま放置していると大変なことになると思い、祈りの時間の立て看板を作ったり、順番に入場させるために一列に並ばせたり、交通整理の役割分担をしたりと大忙しになった。


おかげで、ケガ人も出ず八百人が席に着くことができたが、どんどん人がやって来る。


そこで事故を防ぐために、千人入場させた後は、入場をストップし、総入れ替え制を実施することにした。


千人用の席が満席になっている大神殿は、ざわざわとうるさく、ほとんどの人が聖女のことを話題にしていた。


祈りを捧げに来た人よりも聖女を一目見たいと思っている人の方が多いようだった。


そんな中、サラは昨日と同じように祭壇横から入場した。


「ああ、聖女様だ!やっと会えた。」


「なんて美しい。この世の人とは思えない美しさだわ。」


感激のあまり、人々の口から感嘆の声がこぼれ落ちる。


しかし、サラが、祭壇の前に立ち右手を上げると、皆喋るのを止め、しーんと静まり返った。


「皆様、今から一緒に祈りを捧げましょう。私が終わりを告げるまで、ずっと祈り続けてください。それでは祈りを始めます。」


サラが神書を祭壇に置き手を組み祈り始めると同時に、皆も手を組み、頭を垂れて祈り始めた。


その頃天界では、サラの数少ない友人たちが自分の鏡を持ち寄って、祈りを捧げるサラを見ていた。


農業の男神ハービス、健康の女神サンテ、金銭の男神ゴルダード、愛の女神モーラ、その恋人の戦の男神ビンセルだ。


「サラ、凄いじゃない。一昨日地上に着いたばかりでしょ。休みもせずに祈り始めるんだもんね。私だったら、まずは王都見物よ。美味しいもの食べまくりよ!」


とサンテが言うと


「サラは真面目だもんね。こうと決めたら一直線だし。ヒューイを見つけるために身を粉にして働くつもりなんだろ。」


とハービスが言う。


「そうだな。もともと人に話しかけるのが苦手だったのに、よく頑張ってるよな。俺達も協力しようぜ。まずはそうだな・・・。この中にお金の願い事をしている人間が二百人いる。その中の二十人に幸運を授けるとしよう。」


ゴルダードの言葉にみんな頷いた。


「じゃあ、私はおばあさんの膝が治るように祈っている可愛いあの子にするわ。」


「あの農夫の作物が大きく美味しく育つようにしてやろう。」


「ふふっ、いつも恋のお願いは多いようね。六百人もいるわ。まあ、他のお願い事もしてるけど。私は二百人に幸運を授けましょう。上手く受け取ってくれたらいいんだけどね。」


「この中には決闘の祈りを捧げている者はいないようだ。俺の出番はないな。」



地上にいる人々には神の言葉が聞こえるはずもなく、まさか自分が選ばれているなどとも思っていない。


しかし、聖女と一緒に祈れば願いが叶うという噂に、一縷の望みを託して真剣に祈るのだった。


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