9話 侍女と付き人
応接室に入ると、サラはジェネロから、これからの暮らしについて説明を受けた。
宿泊棟の中でも貴賓客用の一番上等な部屋で過ごすことや、食事は慣れるまでは部屋まで運ぶなど、衣食住について困らないように配慮された内容だった。
また、付き人や侍女をつけようとも言ってくれた。
「聖女様、説明は一通り終わりましたが、何か聖女様からのご質問はありませんか?」
「何から何まで、ご配慮感謝いたします。一つお願いがあるのですが・・・。」
「それはどのような?」
「大神殿で一日に数回、祈りを捧げたいと思っています。その際に平民貴族関係なく、全ての人々の参拝を許可していただきたいのです。」
「祈りを捧げていただけるとは有り難いことですが、その際に、全ての人々と一緒に祈りを捧げるということですかな?」
「はい。その通りです。できるだけたくさんの人々と一緒に祈りたいと思っているのです。」
「これはなんと素晴らしい。さすが聖女様だ。きっと国中の人々が喜ぶことでしょう。」
大神官からの許可を受け、サラは、早速明日から大神殿で祈りを捧げることにした。
サラがこれから過ごす部屋に案内されて中に入ると、それはとても美しい部屋だった。
贅を凝らした広い部屋は、自分一人には勿体ないと思った。
大きな寝室にベッドが1つ。
天井にはユリの花を始め、四季折々の花が描かれている。
調度品も上等な品ばかりだ。
仕切りのない次の間はリビングになっていて、ふかふかのソファーと質の良い木製のテーブルが置かれていた。
扉で仕切られた隣の部屋はバスルームになっていて、使用人に頼めばいつでも風呂に入れるようになっている。
サラが寝室に置かれているクローゼットを開けると、ジェネロと話している間に、使用人たちが急いで運んでくれた聖女用の白い衣装や普段着、下着、ネックレスなど必要なものが過不足なく入っていた。
地上に降りたばかりのサラは、たいへん疲労感を感じていた。
これ以上起きていられないと思い、ベッドで眠ることにした。
自分のために様々な物を用意してくれたことに感謝しながら・・・。
翌日目覚めたサラは、使用人が持ってきてくれた朝食を食べた後、クローゼットの中から聖女用の白いドレスを選んで着替えた。
ふわりとしたデザインは、今まで着ていた服と少し似ているが、袖が長く、腰を同じ布でできたリボンで結ぶようになっていた。
貴族が社交で着るような締め付けが強いドレスではなく、動きやすさ重視なのがありがたい。
ドレスを着た後に、神の光を表す菱形の水晶で作られたネックレスを首に掛けた。
神官が神殿で神に祈りを捧げる際の正装時に、必ず付けるネックレスだ。
ちなみに祈りを捧げる際に必要な神書と呼ばれる書物は、リビングのテーブルの上に用意されていた。
神殿で祈りを捧げるときも説教をするときも、神官は必ず神書を祭壇の上に置いてから行うことになっている。
サラがドレッサーの前で身だしなみを整えていると、ドアがノックされる音が聞こえた。
コンコンコン
サラがドアを開けると、大神官ジェネロと神官見習いのカイゼルが立っていた。
その横には緑色のドレスを着た少女もいた。
「聖女様、昨日お話した付き人と侍女を連れてきました。今、よろしいかな?」
「どうぞお入りください。」
サラが三人を室内に入るように促すと、ジェネロ以外は緊張した面持ちで中に入った。
ジェネロが立ったまま、二人の紹介をした。
「こちらは、神官見習いのカイゼル・カルセドニー、十五歳です。
今まで神官の仕事から雑用まで、真面目にこなしてきた将来有望な青年です。
聖女様の身の回りの雑用など、なんでもカイゼルにお申し付けください。」
カイゼルは大神官に褒められるとは思っていなかったので驚いたが、嬉しさは隠せないようで、少し恥ずかしそうに頭を下げた。
「こちらは、ハストルップ公爵家の令嬢、アイリス・ハストルップ嬢です。
まだ若いですが、ぜひとも聖女様の侍女をしたいと自ら志願してきました。
身元もしっかりしていますし、侍女には適任だろうと思います。」
紹介してもらったアイリスは、ハーフアップに結い上げた赤茶色の髪と紫色の瞳の美少女だ。
公爵家の令嬢らしく、ドレスの左右をつまんで淑女の礼をした。
「ハストルップ公爵家の三女、アイリス・ハストルップと申します。
十三歳とまだ未熟ではありますが、聖女様の侍女として、精一杯お勤めしとうございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。」
十三歳とは思えぬ見事なあいさつに、皆目を丸くしたが、アイリスは挨拶が終わって緊張が解けたのかほっとしたような満足気な顔だ。
「それでは、私は仕事がありますので、ここで失礼いたします。後は、三人でお話ください。」
そう言って、ジェネロは部屋を後にした。
サラは、二人にソファーに座るように薦め、自分は二人の向かい側に座った。
「アイリス様は・・・」
「聖女様、私のことは、アイリスと呼び捨てにしてくださいませ。公爵令嬢だからとお気遣いなさらないでください。」
アイリスが慌てて聖女の言葉を遮った。
「あっ、俺っ、私のこともカイゼルと呼び捨てで呼んでください。」
とカイゼルもそれに続いた。
「わかりました。それでは、アイリス、あなたはまだ十三歳なのに、自ら侍女に志願したと聞きましたが、何故志願したのかお話してくださいませんか。」
「はい。私の家は公爵家で、家督は兄が継ぐと決まっています。姉が二人いますが、長女は高位貴族に嫁ぎました。次女も同じく高位貴族と婚約中です。ですが、二人とも家門に利益となる家柄を選んだ政略結婚なのです。私も、数年後、いえ、もしかしたら、明日にでも、親が決めた政略結婚の道具にされるかもしれません。自分の人生なのに、どうしても納得できなくて・・・。それで、いっそのこと結婚をしない道を選ぶのも良いのではないかと、数日前から大神官様に相談をしておりました。神殿で神に仕える仕事を一生するのも良いのではないかと思ったのです。そして、昨日、ちょうど大神官様とお話している最中に聖女様が降臨なさったのです。私も皆様と一緒に聖女の泉に駆けつけました。そして聖女様を一目見たときに、確信したのです。これは運命だ。私は聖女様にお仕えするために生まれたのだと!」
話しているうちに、どんどん興奮して最後の方は真っ赤になりながら、アイリスは一気に捲し立てた。
サラはどこで相槌を打って良いのかもわからないまま、ただ黙って聞いていたが、ここが話の終点かと思い、次はカイゼルに話しかけようと思ったのだが・・・。
アイリスはここで一息ついただけで、昨日の出来事を機関銃のように話し始めた。
アイリスの話によると、聖女様にお仕えするのが自分の運命だと確信した彼女は、大神官ジェネロに頼み込むのが一番良いと判断し、応接室の近くでジェネロが出てくるのを待っていた。
しばらくすると、ジェネロが出てきたので、話しかけようと近づいたら、アイリスより早くジェネロに声をかけた神官長に、ジェネロが話しかけた。
聖女様の付き人と侍女を募集するから、皆に知らせるようにと、ジェネロが仕事の依頼をしたのだ。
それを近くで聞いていたアイリスは、ますますこれは運命だと思い、ジェネロに駆け寄って、侍女の仕事を自分に任せて欲しいと訴えた。
いくら何でも十三歳の侍女では幼すぎると判断したジェネロは、年齢を理由に断ろうとしたのだが、アイリスは年齢より情熱だと言って引き下がらない。
そして、ジェネロを説き伏せるべくしつこく付きまとった。
ジェネロにしてみたら、公爵家の令嬢に犬を振り払うような言動はできないので困ったが、よく考えて見ると、アイリスならできないことではないと考えなおした。
最近、アイリスの相談に乗るようになってから、アイリスの知識の幅広さ、貴族として叩き込まれた教養と所作は、彼女よりも年上の女性に引けを取らないと思っていたからだ。
しかも、信用のおける公爵家だ。
もしかしたら、問題になるのは、年齢よりも高すぎる爵位の方かもしれない。
そう思ったジェネロは、公爵様がお許しなさったら、もう一度神殿に来なさいと言って、アイリスとの話を終えた。
次にアイリスは公爵家に急いで帰り、まず家にいた母に頼み込んだ。
母はあまりのしつこさに辟易し、お父様が帰ってからにしなさいと言って逃げた。
父親が帰ってきたら、今度は父親に付きまとい続け、何度も何度も聖女様の侍女にしてくれと頼み込んだ。
もし侍女にしてくれなかったら家出するとまで言い始めたので、とうとう父親は折れた・・・
という訳だ。
アイリスが、喜び勇んで本日の早朝に、神殿を訪れたのは言うまでもない。
話がやっと終わったときには、アイリスはとても満足気なドヤ顔でにんまりしていた。
まだ幼さが残るアイリスだった。
この話を横で聞いていたカイゼルは、もし自分が同じことを聞かれたらと思うと恥ずかしくなった。
とてもじゃないが、自分にはアイリスのような情熱なんてまったくなかったからだ。
付き人を募集していると聞いたときは、喜び勇んで大神官の部屋まで走った。
今まで、先輩神官たちからこき使われて雑用をこなしてきたが、正直言ってうんざりだった。
もし聖女様の付き人になれれば、雑用から解放される・・・。
その思いだけで手を挙げたようなものだった。
部屋に入ると、既に三人の見習い神官がいて、カイゼルの後に、もう一人、合計五人が付き人に志願した。
大神官ジェネロは、五人を見回した後、カイゼルを指名した。
理由は聖女様の第一発見者であること、機転を利かせ聖女様の降臨を大声で叫び、皆を誘導したことだと言われた。
外れた四人は、それが理由なら仕方がないと諦めて自分の持ち場に帰って行った。
カイゼルは選ばれたことに感謝してから部屋を後にした。
大神官様は、自分が第一発見者だから付き人に選んだと言ってくれたが、聖女様に自分を紹介する際に、とても褒めてくれた。
嫌で面倒くさがりながらやっていた雑用だったけど、大神官様はちゃんと認めてくれていたのだ。
付き人に選んでくれたのは、もしかして、今までの仕事ぶりを評価してくれたからなのかも知れない・・・。
そう思うとカイゼルは無性に恥ずかしくなった。
そして自分を認めてくれた大神官様に恥じないよう、付き人の仕事を真面目に一生懸命にしようと心に誓うのだった。




