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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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エピローグ

 宴会が少し落ち着いた頃。


「魔法使いさん」


「ん?」


 魔法使いさんは、少し眠そうな顔でこちらを見上げた。


 疲れている。


 それは間違いない。


 だが、どこか満足そうでもあった。


「ご自分の世界に、どうやって帰るんです?」


 私は、ずっと聞けずにいたことを聞いた。


 以前、学者さんたちが“『その人が来た世界に戻す』方式の可能性がある”と言っていたことを思い出しながら聞く。


 店内のいくつかの会話が、ぴたりと止まった。


 聞こえていたらしい。


 魔法使いさんは、軽くグラスを揺らした。


「帰れないわよ」


 あっさり言った。


 あまりにもあっさりと。


「少なくとも数百年は」


 店内に、静寂が落ちた。


 数百年。


 軽く言う数字ではない。


「私、もうこの世界の人間として紐づいちゃったし」


「この世界の人間」


「それに、今ほとんど魔力空っぽだし」


「空っぽ」


「すっからかんよ。しばらく大きい魔法は無理。透明化も面倒。世界移動なんて論外」


 魔法使いさんが肩をすくめる。


「だから、帰れない」


「……どうするんですか」


 私が聞くと、魔法使いさんは、こちらを見た。


 ほんの少しだけ、いたずらっぽく。


 いつもの顔で。


「マスターの家、泊めて?」


「…………」


 私は無言になった。


 無言にならざるを得なかった。


 店内も、無言になった。


 その中で、ノワールだけが「にゃあ」と鳴いた。


 魔法使いさんは、私の反応を見て楽しそうに笑う。


 ああ。


 そういうことか。


「…………最初からそのつもりでしたね?」


「バレた?」


 バレた、ではない。


 この人は。


 この世界の札幌を探し回り、扉を繋ぎ直し、常連を全員呼び戻し、宴会まで終えて。


 そのうえで、最後にこれを言うつもりだったらしい。


 世界最強の魔女は、やることが大きい。


 そして、図々しい。


「……はぁ」


 深いため息が出た。


 出てしまった。


 バーのマスターにも、ため息をつく権利くらいはある。


 魔法使いさんが、少しだけ首を傾げる。


「ダメ?」


 その声が、ほんの少しだけ柔らかかった。


 いつものようにからかっているようで。


 いつものように図々しいようで。


 その奥に、少しだけ不安があるように聞こえた。


 気のせいかもしれない。


 けれど。


 毎日、開店から閉店まで、奥の席に座っていた人がいる。


 その人が今、帰れないと言っている。


 私は、もう一度息を吐いた。


「…………ここで一緒に働くという条件なら」


 言った瞬間、魔法使いさんの表情がぱっと明るくなった。


「やった」


 軽い。


 非常に軽い。


 数百年帰れない人の反応ではない。


「やった、ではありません」


「働くわよ。得意よ」


「接客を?」


「お酒飲みながら?」


「勤務中は駄目です」


「厳しい」


「当然です」


「あ、住んでるところは猫可?」


「はい。ノワールも一緒で大丈夫です」


「にゃあ」


 ノワールが、今度は少し満足げに鳴いた。


 すでに不安である。


 私は頭を抱えたくなった。


 その瞬間。


「わわわわわわわ!」


 大学生女子が再起動して目をキラキラさせながら叫んだ。


「大人の同棲話ですっ!」


 店内のあちこちで、いろいろな反応が起きた。


 大学生男子がむせる。


 イズミくんが明らかにニヤニヤしてる。


 カルーアくんが「うわ」と声を漏らしている。


 勇者さんが赤くなって魔王さんを見るが、魔王さんは目を逸らしている。


 王子様が「同棲とはつまり婚姻前の」と言いかけ、夢魔さんに口元を押さえられている。


 吸血鬼さんは完全に面白がっている。


「同棲ではありません」


 一応の反論を試みる。


「住むんですよね!?」


「一時的にです」


「数百年って言ってました!」


「数百年は一時的に含めてよいのかしら」


 魔法使いさんが首を傾げる。


「含めません」


 私が言う。


「長命種なら含むのではないか」


 吸血鬼さんが言う。


「不死者基準を持ち込まないでください」


「私から見れば、数百年は長めの滞在だ」


「長めで済むんですね」


 大学生男子が呆れた顔をした。


 なぜか大学生女子は顔を真っ赤にして、両手をぶんぶん振っている。


「てことは!マスターの家に魔法使いさんが住んで、毎日一緒に出勤して、毎日一緒に帰るんですよね!?」


「言い方に誘導を感じますね」


「同棲です!」


「違います」


 否定しておきたい。


「だって!マスターの家に泊まって!一緒に働いて!それはもう!大人の!大人のやつでは!?」


「大人のやつとは」


 そんなやり取りをしていると、魔法使いさんがあっさり言った。


「いいじゃん、女の子同士なんだし」


 店内の時間が、止まった。


 今度こそ、完全に止まった。


 大学生女子の口が開いたまま固まった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「……」


 私は、目を閉じた。


 そして、ゆっくり開いた。


 なるほど。


 この人は、ずっと気づいていたらしい。


 そういえば、夢魔さんもやけに意味深な言い方をしていた。


 聖女様は当然のように微笑んでいる。


 ホームズさん、魔王さん、侍さん、吸血鬼さん、イズミくんあたりが驚いていなさそうだ。


 むしろ、気づいてなかったの?という顔をしている。


 アンドロイド警察官さんが不思議そうに言う。


「警部補、追加情報を確認。マスターの性別認識に、何故か参加者間で齟齬が発生しています」


「報告しなくていい」


 ――そこで、気づいていなかった人たちが再起動して絶叫した。


「えええええええええええええええ!?」


 叫び声が店内を揺らした。


 ドアベルが勝手に鳴った。


 カラン。


 たぶん振動である。


「嘘!?え!?ずっと!?ずっと女性!?マスター、女性!?え、待って、私、今まで勝手に男性だと思ってました!」


「特に聞かれませんでしたので」


「そういう問題!?」


 どうやら、今夜はまだまだ長そうだ。


 非常に大変だ。


 しかし。


 静かすぎる夜よりは、ずっといい。


「マスター」


 魔法使いさんが、少しだけ真面目な声で言った。


「はい」


「ありがと」


 その声は、みんなが騒ぐ中ではとても小さかった。


 けれど、確かに聞こえた。


 世界最強の魔女が、ほんの少しだけ目を伏せている。


 からかいでもなく。


 ごまかしでもなく。


 私は、少しだけ頷く。


「どういたしまして」


 それ以上は言わなかった。


 言わなくていいと思った。


 魔法使いさんが、ノワールを抱き上げる。


 黒猫は、少し眠そうにしている。


「ノワール」


「にゃ」


「家、できたわよ」


 その声が、ほんの少しだけやわらかかった。

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