第35話 札幌だョ!全員集合!!
「つぎぃ!」
目まぐるしく扉の向こうの光景が変わる。
その中から聞こえたのは、重く、格好いい声だった。
「ふむ、状況は理解した」
巨大な扉の向こう、荘厳な玉座から魔王さんが立ち上がる姿が見える。
「魔王軍も全力で協力しよう」
そのまま、魔王さんは、当然のようにこちらへ歩いてくる。
そのすぐ後ろから、勇者さんが顔を出した。
今日はふりふりではない。動きやすい格好だ。
そして、その顔はとても元気そうだった。
「勇者さん」
「マスター!」
「いらっしゃいませ」
「無事だったんだな!」
「はい。店は無事です」
「よかった……!」
勇者さんは本気で安心したように息を吐いた。
「何やってるかはなんとなくわかるけど、聖剣いる?」
「いる」
魔法使いさんが即答する。
「助かる」
「よし来た」
勇者さんが聖剣を肩に担ぐ。
うちの常連たちの会話速度すごい。
その隣で骸骨宰相さんが深く一礼した。
「マスター殿。ご無沙汰しております」
「お久しぶりです」
「扉が不通の間に、この二人進展しましたぞ」
「宰相!」
「ちょっと今それ言う!?」
魔王さんと勇者さんの声が重なった。
店内に、妙な沈黙が落ちる。
カルーアくんが小さく「あ」と言った。
侍さんも興味深そうに口元を緩める。
聖女様は口元を押さえている。
魔法使いさんが、疲れているはずなのに楽しそうな顔になった。
「へぇ」
「違う」
魔王さんが即座に言った。
「何も言ってないわよ」
「言われる前に否定した」
「魔王さん、今のはちょっと早いです」
カルーアくんが言う。
「早かったな」
侍さんも頷く。
「皆、状況を見よ!」
魔王さんが威厳ある声を出す。
しかし、勇者さんの耳が赤いので、威厳が少し負けていた。
「扉が安定したらめちゃくちゃ詳しく聞くけど、その前に魔王も勇者も働け」
魔法使いさんの命令が雑である。
「任せろ」
魔王さんは即答し、勇者さん、骸骨宰相さんと共にそれぞれ何かをし始める。
店内の密度が一気に上がった。
よかった。
店が戻ってきた気がする。
かなり戻ってきた気がする。
「次!」
魔法使いさんが叫ぶ。
厚いカーテン。月光。古い廊下。
吸血鬼さんが、片手に本を持ったまま現れた。
「漫画がないと暇だ」
「第一声それなの!?」
カルーアくんが叫ぶ。
「他に何を言えと」
「もっとあるでしょ!」
「店が消えていた。説明は後で聞く」
吸血鬼さんは静かに店内へ入り、魔法陣と扉を見て、すぐに状況を理解したように頷いた。
老執事さんが背後で深々と頭を下げていた。
彼はたぶん、全部察している。
「影を貸そう」
「助かるわ」
魔法使いさんが短く言う。
「夜の側から、扉の縁を支えればいいのだろう?」
「そう。あなた、話が早いわね」
「長く生きている」
「たぶん私の方が長いわよ」
「ほう、愚痴なら聞いてやる」
吸血鬼さんが片手を上げると、店内の影が静かに伸びた。
カウンターの下。
椅子の脚元。
酒瓶の後ろ。
奥の席。
それらの影が、扉へ向かって集まっていく。
黒い糸のように。
静かに、冷たく、確かに。
「うわ、格好いい」
イズミくんが呟いた。
「吸血鬼さんは実際格好いいんですよ」
カルーアくんがなぜか得意げに言う。
「期待が重い」
吸血鬼さんはそう言ったが、少し嬉しそうだった。
今度は海の匂いがした。
潮風。
帆。
甲板。
そして、樽の横で寝転がっている海賊船長。
「お、久しぶりだなぁあああ!!」
海賊船長が飛び起きて大声をあげる。
「マスター!魔法使いの姉ちゃん!無事か!」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませじゃねえよ!扉が開かなくて、うちの副船長までしょんぼりしてたんだぞ!」
肩の上の鳥が、鋭く鳴いた。
なんとなく何言ってるのがわかるのがすごい。
「副船長さんもお元気そうで」
「元気だ!だがこの店がねぇと機嫌が悪い!」
海賊船長さんは笑いながら、魔法使いさんに視線を合わせる。
「で、何すりゃいい!」
「船長、錨」
「おう?」
「世界の錨。出せる?」
「よくわからんが、錨ならある!」
「物理じゃない」
「なら気合いだな!」
「それでいい!」
「いいんですか!?」
カルーアくんの声が裏返ったが、船長は笑ったままだ。
「船ってのは、港に帰るもんだ。帰りたい場所があるなら、そこに錨を下ろしゃいい」
たまに良いことを言う。
海賊船長が、扉の向こうから何か太い鎖を投げた。
鎖は店内には入らず、扉の縁で光に変わる。
それが下の方へ絡みついた。
「ほら、早く入って!次繋ぐわよ!!」
「おう!!」
海賊船長さんがいるだけで、店内の音量が二段階上がった。
寂しさが吹き飛ぶ。
良くも悪くも。
その次は、一面の星空の下に不思議な机を置いた占い師さんだった。
扉に気付いた彼女がぱっと顔を上げる。
星図を抱え、少し興奮したように目を輝かせているのがわかる。
「再び星が瞬きました!」
「いらっしゃいませ」
「この店の星回りが、途切れて、沈んで、そして今、いっせいに戻ってきています」
「それは良いことですか?」
「とても」
そのまま入店してきた占い師さんが店の中央の魔法陣を見て、息を呑んだ。
「まあ……美しい混線」
「褒めてる?」
「たぶん」
魔法使いさんが少しだけ眉を寄せる。
占い師さんは星図を広げた。
「星の流れを補助できます。行き先を指し示すくらいなら」
「助かる」
「任せてください」
星図から光が浮かび、魔法陣へ流れ込む。
店の床が、星空のように輝いた。
その横で、イズミくんが呆然と呟く。
「俺、今日は一杯だけ飲んだら帰るつもりだったんだけど……」
「忙しいって言ってましたね」
「帰っていいですか?」
「この状況で帰るのはもったいないと思います」
「それはそうだと思うのでもうちょっといます」
いい判断である。
適応が早い。
次に見えた光景は、豪華な廊下だった。
金髪の王子様が、ものすごい勢いでこちらへ走ってきている。
「繋がったのか!?」
背後で側近らしき人々が悲鳴を上げる。
「殿下!」
「会議が!」
「婚約者候補との茶会が!」
「全部後だ!!」
王子様は扉をくぐるなり、カウンターに手をついた。
「マスター!」
「いらっしゃいませ」
「扉が繋がらないとか私を精神的に殺す気か!!」
「私に言われましても」
「この数日、酒を飲んでも誰の派閥かを考えられ、茶を飲んでも誰への好意かを詮索され、廊下を歩けば婚姻話、庭を歩けば外交話、寝室に戻れば兄弟から探りを入れられた!」
「それは大変でしたね」
「大変だった!」
本当に大変そうだ。
「今日は政治的意味のない酒をくれ!」
「かしこまりました」
「あと、男だけの愚痴席はあるか!」
「今日は聖女様も勇者さんもいます」
「何でもいい!政治的意味がなければいい!」
ハードルが下がっている。
扉不通の被害は思ったより大きいらしい。
「王子、契約印とか王家の証とかある?」
魔法使いさんが聞く。
「あるが」
「貸して。扉が各世界の客を通すための認証に使う」
「何を言ってるのかわからん!」
「あとで返す」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん!?」
王子様は頭を抱えたが、すぐに首から下げていた小さな紋章を外した。
「ええい、持っていけ!この店に来られなくなるくらいなら、王家の証の一つや二つ!」
「一つでいいわ。扉に投げて」
「そうか!」
王子様が投げた紋章は、扉の横で光になった。
王家の証がバーの扉の認証に使われた。
何言ってるかわかんないし、後世の歴史家には絶対に説明できない。
「次!」
扉の向こうが、甘い夜の色に染まった。
そこでは夢魔さんが、長椅子の上で退屈そうに頬杖をついていた。
こちらを見た瞬間、楽しそうに微笑む。
「賑やかね」
「いらっしゃいませ」
「やっと繋がったのね。退屈だったわ」
夢魔さんはふわりと店内に入ってくると魔法使いさんに向かって妖艶に笑った。
「大体わかってるわ。人の意識や夢の通り道を、少しだけ滑らかにしたげる」
魔法使いさんは、一瞬だけ夢魔さんを見る。
「できるの?」
「できるわよ。夢魔だもの」
「じゃあ、やって」
「はいはい」
夢魔さんが指先を振る。
甘い香りが一瞬だけ店内に広がった。
眠る前に聞く子守歌のような、柔らかい気配だった。
光の線が、少し滑らかになる。
「へぇ」
魔法使いさんが素直に感心した。
「やるじゃない」
「もっと褒めていいのよ」
「調子に乗らないで」
「相変わらずね」
「相変わらずなのはあなたよ」
この二人が言い合いを始めると、店内が通常営業に戻った気がする。
その後も、扉は次々に開いた。
ホームズさんも来た。アンドロイド警察官さんと警部補さんも来た。いつの間にか暗殺者さんもいる。
ドラコさんも学者さんたちも来た。森妖精さんに獣人族さん、狩人さんに商人さんも来た。
騎士さんも魔法剣士さんもカルーアくん以外の異世界転生者さんたちも来た。
そして、魔法使いさんが、その中心で両手を広げていた。
「全員、そのまま!三つ数えるわよ!」
「三つで何をするんですか!?」
カルーアくんが叫ぶ。
「つなぐ!」
「説明が短い!」
「一!全員集中!」
「もう始まった!」
「二!思い出しなさい!このお店であった今までのことを!」
「皆、耐えろ!」
「三!」
その瞬間。
扉が、光った。
強い光。
だが、痛くはない。
店内を満たす、暖かい光だった。
「――固定!」
ドアベルが鳴る。
カラン。
たった一度。
澄んだ音で。
光が収まった。
バタンと音がして扉が閉まる。
いつもの木の扉として。
何事もなかったように。
だが、扉の表面には、一瞬だけ無数の紋様が浮かび、すぐに消えた。
魔法使いさんが、深く息を吐く。
「……とりあえず、応急処置」
「応急なんですか」
「完全復旧は後。今日はもう疲れた」
「でしょうね」
店内を見回す。
常連たちがいる。
数日前まで空いていた店が、いきなり異世界勢で埋まっている。
豪華すぎる。
濃すぎる。
情報量が多すぎる。
店の酸素が少し心配になる。
「マスター!」
その時、勢いよく扉が開いた。
大学生女子と大学生男子だった。
二人とも、店内を見た瞬間、固まった。
「……」
「……」
大学生女子の口が、ゆっくり開く。
「全員いるーーーーー!!」
「一番いいところ見逃した気がする!!」
大学生男子も叫んだ。
珍しい。
でもたしかに、いちばんいいところは見逃したんじゃなかろうか。
どんまい。




