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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第32話 普通の夜

「え!?今日も、魔法使いさんいないんですか!?」


 店に入ってくるなり、奥の席に視線を向けた大学生女子が叫ぶ。


「そうですね」


「透明でもなく?」


「たぶん」


「奢りって言っても?」


「反応はありません」


「一番高いやつって言っても?」


「ありません」


「それはもう本当にいませんね」


 一緒に来てた大学生男子も頷く。


 判定基準がひどい。


 だが、魔王さんたちも似たような判定をしていたのでたぶん正しい。


 そのまま、二人はボックス席ではなく、カウンターに座る。


 少し珍しいな、と思いながら二人のドリンクを用意する。


「ここ数日、魔王さんも吸血鬼さんも見ないですよねー」


 店内をフッと見回しながらの大学生女子の発言に大学生男子も頷く。


「急に全員来なくなったよな」


「聖女様も来ないし、侍さんも来ないし、カルーアくんも来ないし!」


「カルーアくんも異世界側だからな」


「そうなんですよね。普通に現代トーク通じるんで時々忘れます!」


 それは少しわかる。


 カルーアくんはツッコミが現代日本寄りで、異世界のお客様への説明役にもなる。


 ありがたいお客様だ。


「でも、マスターも実際、急に来なくなったら気になりますよね」


「ええ」


 そこは否定できない。


 大学生女子が、急に真面目な顔になる。


「マスター、何かできることありますか?」


「ありません」


「ですよねえ」


 二人が揃って落ち込む。


 心配をしてくれているのだろう。


 さすが魔王軍の救世主。


「扉の仕組み、結局なーんにもわかってませんもんね」


「色んな世界の学者さんたちも調べていましたが、何もわからないことがわかっただけでした」


「一番困るやつですね」


「はい」


 店の扉はいつからか、色々な世界に繋がっていた。


 誰がそうしたのかはわからない。


 何のためなのかもわからない。


 いつまで続くのかも、いつ終わるのかも、私は考えていなかった。


 考えないようにしていたのかもしれない。


 考えたところでわからないから。


 わからないものは、受け入れるしかなかった。


 扉が異世界に繋がった時も、私は受け入れた。


 ならば、扉が異世界に繋がらなくなったことも、受け入れるしかないのかもしれない。


 そう思った。


 思ったが。


 納得とは少し違った。


「……なんか、普通のバーみたいですね」


「普通のバーですよ」


「え」


「え?」


「マスター、この店を普通のバーだと思ってたんですか?」


「思っていましたが」


「無理では?」


 失礼な。


 いや。


 反論は少し難しい。


 普通のバーに、ドラゴン族の恋愛相談は来ない。


 普通のバーに、報連相で悩む魔王は来ない。


 普通のバーに、毎日開店から閉店までいる世界最強の魔法使いも来ない。


 ……普通とは何だろうか。


 私が悩んでいると、大学生女子は少しだけ唇を尖らせて主張する。


「でもでも!!別に異世界勢がいないバーが悪いわけじゃないんですけど!!」


「はい」


「むしろちょっと前まではそれが当たり前だったんですけど……」


「ええ」


「でも、このバーが普通だと、なんか落ち着かないんです!」


「わかります」


 ここ数日の私の気持ちを、かなり正確に言語化してくれた。


 彼女はなんだかんだと人の心を慮るのが上手だ。


「もしかして、みんな向こうで『バーに繋がらない』ってなってるんですかね!?」


「かもしれません」


 王子やカルーアくんは愚痴をため込んでそうだ。


「魔王さんは骸骨宰相さんに『原因を調べよ』って言ってそう」


「言ってそうですね」


 勇者さんや四天王さんが総出でどうにかしようとしてるかもしれない。


「侍さんは普通に斬ろうとしてそう」


「そのまま店内まで斬られそうでちょっと怖いのですが」


 彼を含めた剣士さんたちなら出来そうでちょっと怖い。


「魔法使いさんは、どうしてますかね」


 その疑問に、少しだけ考えが止まる。


 あの人は、何をしているのだろう。


 何事もなく、何か別の面白いものを見つけて、そっちへ行っているだけならいい。


 いいのだが。


「……怒っているのでは」


「ああ」


「めちゃくちゃ怒ってそう」


「『この扉、誰が勝手に閉じたのよ』って言ってそう」


「言っていそうですね」


「それで自分でどうにかしようとしてそう」


「それは、あり得ますね」


 無茶をしていなければいいが。


 無事に来店して、いつものように一番奥の席に座って。


 面白そうな話に首を突っ込んで。


 こちらが困るようなことを言ってくれればいい。


「マスター、乾杯しましょう!!」


 ガタン、と湿っぽくなりかけた空気を吹き飛ばすように大学生女子が立ち上がる。


「すみませんが、仕事中ですので」


「水でもなんでもいいんですよ!!」


「そうですね。マスター、乾杯しましょう」


 手にグラスを掲げて、大学生男子も賛同してくる。


 ……若者に気を遣わせた気がする。


「何に乾杯するんですか」


「異世界常連たちの無事を祈って、にしましょう!」


「いいですね」


 カウンターの内側で水のグラスを持ち上げる。


「乾杯」


「「乾杯」」


 小さくグラスが鳴った。


 うちの店で、こんなにも静かに乾杯の音が響いたのはいつ以来だったろうか。



 また、次の日。


 お客様が来なかった。


 完全に、誰も。


 開店から閉店まで、扉のベルは鳴らなかった。


 そもそもが、大繁盛していたお店ではない。


 むしろ、静かな夜の方が多かったくらいだ。


 それでも最近は、毎晩のように誰かが来ていた。


 異世界から。


 別の世界から。


 あり得ない場所から。


 魔王が愚痴り、聖女が飲み、侍が剣を語り、吸血鬼が漫画を読み、魔法使いが透明になっていた。


 おかしな日々だった。


 危険もあった。


 グラスも何度か危なかった。


 カウンター内に海賊が入ろうとしたこともあった。


 魔王と勇者が店内で斬り合いかけたこともあった。


 それでも……。


 店内を見回す。


 カウンター席。


 ボックス席。


 一番奥の席。


 誰もいない。


 試しに、私は言ってみた。


「……本日は、チーズが余っておりますよ」


 何も起きない。


「一番高いお酒も、お出しできますよ」


 何も起きない。


「ポイントカード二倍デーとかもいいかもしれませんね」


 何も起きない。


 少しだけ自分で恥ずかしくなった。


 誤魔化すように酒やおつまみのストックを確認する。


 今日は注文されていない。


 誰にも頼まれていない。


 でも。


 何が出ても、すぐ作れるように。


 私はいつも通り、確認をした。


 誰かが来るかどうかは、わからない。


 でも、来た時に何も出せないのは嫌だった。


 たぶん、店とはそういうものだ。


 誰かが来るかもしれないから、開ける。


 来た人に、飲み物を出す。


 疲れているなら、少し休んでもらう。


 話したいなら、聞く。


 話したくないなら、そっとしておく。


 相手が会社員でも、大学生でも、OLさんでも、魔王でも、聖女でも、吸血鬼でも、世界最強の魔女でも。


 やることは、大きく変わらない。


 心配はある。


 寂しさもある。


 だが、私ができることは決まっている。


 明日もお店を開ける。


 そして、看板を出す。


 灯りをつける。


 氷を用意する。


 グラスを磨く。


 扉を閉ざさない。


 そして、誰かが来たら、いつも通り迎える。



 閉店処理を終え、照明を落とす前に扉を少し眺める。


 木の扉。


 ただの扉。


 この数日は、札幌の夜へしか開かない。


 雑居ビルにある、ただのバーの扉。


 それは、当たり前なのかもしれない。


 けれど、私はもう知ってしまっている。


 その向こうに、魔王城があったこと。


 海賊船の甲板があったこと。


 教会の懺悔室があったこと。


 吸血鬼の屋敷があったこと。


 別世界の廃ビルがあったこと。


 扉は、いろんな場所につながっていた。


 だから……今さらただの扉ですと言われても、少し困る。


「……明日もお店は開けますよ」


 小さく言ってから、自分で少し恥ずかしくなった。


 扉に話しかける癖がつくのは良くない。


 だが、まあ。


 誰も聞いていない。


 たぶん。


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