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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第31話 魔法使いのいない夜

 カラン。


「いらっしゃいませ」


 扉が開いて、冷たい夜気が少しだけ店の中へ流れ込んだ。


 カルーアくんだけがいた店内に入ってきたのは、魔王さんだった。


 今日も相変わらず格好いい。


「邪魔をする」


「ようこそ。いつものお席でよろしいですか?」


「うむ」


 魔王さんは、いつものようにカウンター席へ座り、ほんの少しだけ店内を見回した。


 そして、誰もいない一番奥の席を見て、少しだけ首を傾げる。


「……今日は、まだ来ていないのか」


「聞くだけ聞きますが、どなたのことでしょう?」


「魔法使いだ」


 ですよね。


「まだお見えではないですね」


 私は魔王さん用のカクテルを準備しながら答える。


 開店から、もう三十分ほど経っている。


 まだ、三十分とも言えるが、魔法使いさん基準ならすでに遅い。


「え!?俺、てっきり透明になってるだけだと思ってました」


 カルーアくんの気持ちもわかる。


 見えていないだけかもしれない。


 そう思わせるくらいにいつでもいる。


 魔法使いさん強い。


「我の探知を欺くようなら、それはそれで面白いが、少なくとも今の店内にあの魔力は感じぬ」


「なるほど」


 さすが魔王さん、正解。


 最初の一杯の注文を受けていないので、たぶん今日は本当に未だ来ていない。


「俺、あの人がいない店内、初めて見たかもしれない」


 なぜか慄くようにカルーアくんが言っているが……まあ、初めてだろう。


 ポイントカードで表面化しただけで、彼女は皆勤賞だ。


 ……他のお客様がいる間、ずっと透明なこともあったからバレてなかっただけで。


 そんなことを考えていると、扉がまた鳴った。


 カラン。


「こんばんは」


 入ってきたのは、夜色の薄いドレスをまとった夢魔さんだった。


「いらっしゃいませ」


 夢魔さんは店内を見渡し、すぐに奥の席へ視線を向けた。


「あら」


「どうかされましたか」


「今日は魔法使い、いないの?」


 貴女もわかる人側なんですね。


「今日はまだですね」


「へぇ」


 夢魔さんはにやりと笑った。


「じゃあ、マスターを本気で誘惑しても怒られない日?」


「お客様」


「冗談よ」


 ……冗談ですよね?


「昨日、あれだけ常連みんなにからかわれたから拗ねてるんじゃないですか?」


 ちょっとからかうような声でカルーアくんが言う。


「……本当にいないのよね?」


 夢魔さんが少し声を落として聞いてくる。


「少なくとも私は見てません」


 いたずらか何かで、今日は扉を開けるところから魔法で隠れていたら私にはわからない。


「今の聞いてたら、絶対出てきて怒る場面よね」


「たしかに」


「ふむ」


 魔王さんが顎に手を当てる。


「試すか」


「何をですか」


 魔王さんはグラスを置き、店内に響くような声で言った。


「次の一杯は我が奢ろう」


 三人が奥の席に視線を向ける。


 静寂。


「……」


「……」


「……」


 カルーアくんが小さく息を呑んだ。


「これは絶対にいませんね」


「奢りに反応せぬとは」


 二人の声に、ほんの少しだけ驚きが混じっている。


 失礼な話だが、私も同じことを思った。


「マスター」


「はい」


「一番高い酒を用意する、と言ってみてくれ」


「なぜ私が」


「真偽を確定させるためには、より強い餌が必要だ」


「餌とか言わないでください」


 しかし。


 私も少し気になった。


「ええと」


 奥の席へ向けて、できるだけ平静に声をかけた。


「今なら一番高いものをお出ししますよ?」


 何も起きなかった。


 ただ、店内に小さな沈黙が落ちた。


「……本当にいないのね」


 夢魔さんが呟く。


「珍しいですね」


「珍しいな」


 魔王さんも頷く。


 珍しい。


 たしかに珍しい。


 その後も、少しずつ客は来た。


 侍さん。


 海賊船長。


 ホームズさん。


 聖女様。


 吸血鬼さん。


 それぞれが、それぞれの反応をした。


「まあ、世界最強級の魔女殿でござる。何かあっても、どうにでもするでござろう」


「そうですね」


「そうさ!氷漬けにされた俺が保証するぜ!!魔法使いの姉ちゃんはつぇぇ!!」


「その保証もすごいですね」


「……ふむ。もしや彼女はポイントカード作成以前から毎日来ていたのでは?」


「ホームズさん、しなくてよい推理もあると思います」


「きっと毎日来てると言われたので照れているのですよ」


「可能性はありますが、それを口にできるのは聖女様だけです」


「良きことです」


「良きことなんですか?」


「はい。照れるということは、心が動いているということですから」


「なるほど」


 カルーアくんが深く頷く。


「聖女様が言うと、全部いい話になりますね」


「本当に良いことですから」


「でも魔法使いさんが聞いたら怒りそうです」


「それもまた、良きことです」


「強い」


 聖女様は今日も強い。


「しかし、本当に来ぬな」


 吸血鬼さんがグラスを置いた。


 その声が、少しだけ低かった。


「何か気になることでも?」


 私が尋ねると、吸血鬼さんは少し考えた。


「いや。あの魔法使いならば、そう簡単にどうこうなるとは思えぬ」


「そうでござるな。拙者も斬る自信はないでござる」


 侍さんが物騒なコメントを添えて頷く。


「まあ、強い者ほど、面倒なことに首を突っ込むから何かに巻き込まれておるのかもな」


 魔王さんが少し笑うように言った言葉に、全員が「たしかに」といった顔をする。


 ……強い人が多すぎる。


「それに、強い者は自分の問題を他者に告げぬことも多い」


「それは……」


 聖女様が、ゆっくりと目を伏せた。


「少し、わかりますね」


 たぶん、聖女様にも思い当たることがあるのだろう。


 強い立場。


 頼られる立場。


 人を安心させる側。


 そういう人は、自分が困った時ほど、何も言わないのかもしれない。


 魔法使いさんがそういう人かどうかは、正直よくわからない。


 困ったことがあれば、面白がって店に持ち込みそうな気もする。


「大丈夫ですよ」


 カルーアくんが、少し明るい声で言った。


「たぶん明日、何食わぬ顔で来ますって」


「そうだな」


 ホームズさんも頷く。


「彼女の性格上、問い詰めても『昨日?ちょっと用事』とか言って、詳しく言わないだろう」


「言いそう」


「絶対言う」


 店内に、笑いが起こる。


「そして、一番高いやつを誰かに奢らせるでござるな」


 侍さんが言った。


「ありそう!」


「『私のいないうちに私の話題出した罰ね』とか言いそうです」


「言うな」


 そうして、常連たちは飲み始めた。


 たしかに、来ない日が一日くらいあっても不思議ではない。


 毎日来ている方がおかしいのだから。


 そういうことにして、その夜はそのまま過ぎた。


 魔法使いさんの席だけが、最後まで空いていた。


 常連が一日来なかっただけだ。


 それだけのことだ。


 それだけのことなのに、妙に落ち着かなかった。


 ――その翌日、魔法使いさんだけではなく、異世界のお客様は一人も来なかった。

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