第30話 ポイントカードは正直である
「そうだ、マスター」
「はい」
「ポイントカードたまったから、チーズちょーだい」
一番奥の席から、魔法使いさんが当然のようにカードを差し出した。
その裏面の小さな枠には、店のロゴを簡単にしたスタンプが十個。
十回来店で、おつまみ一品サービス。
自分で始めた制度である。
文句は言えない。
「かしこまりました」
魔法使いさんは満足そうだった。
非常に満足そうだった。
……が。
「魔法使いさん、もうたまったんですか!?」
ボックス席にいた大学生女子が勢いよく反応した。
手には自分のポイントカード。
「ええ」
魔法使いさんは、少し得意げにポイントカードを揺らす。
「おつまみ一品よ」
「すごい!もう十個!え、でも待ってください」
大学生女子の目が、急に細くなる。
名探偵のような顔だった。
ホームズさんがいたら、少し褒めていたかもしれない。
ただし、推理内容はおそらく大変どうでもいい。
「ポイントカード作った日、私たち一緒でしたよね?」
「そうね」
「えーっと……」
なぜか真剣な顔でスマホを確認している。
大学生男子が、横から覗き込む。
「何をそんな真面目に確認してんの」
「重大なことです」
「何が」
「魔法使いさんの来店頻度」
「やめてさしあげろ」
大学生男子はそう言ったが、顔は笑っていた。
止める気がない顔だった。
「マスター」
「はい」
「逆算すると、魔法使いさん、ポイントカード作った日から毎日来てません!?」
――まあ、私は気付いてた。
全員の視線が、ゆっくりと魔法使いさんに集まる。
「来てるわよ」
魔法使いさんは、チーズを一切れつまみながら言う。
サービス品である。
正当な権利である。
「認めた!」
「認めた!」
「だって来たもの」
「開き直った!」
大学生女子が立ち上がる。
かなり楽しそうだった。
「待ってください!毎日来てるんですか!?」
「ええ」
「それを常連を超えて住人って言うんです!!」
「住んでないわよ」
魔法使いさんは、少しだけ頬を膨らませる。
世界最強の魔法使いが、ポイントカード十個で住人疑惑をかけられ、頬を膨らませている。
面白い。
「でも、言われてみれば」
カルーアくんが、グラスを置いた。
「俺が来る時、だいたい魔法使いさんいますよね」
こういう時、マスターは口を出さない方がいい。
「そう?」
魔法使いさんが惚けたように言うが、チーズを食べるペースが早い。
「いますよ」
「たまたまよ」
「俺、結構な頻度で来てますけど」
カルーアくん強い。
「確かに、いつ来てもいる気がするな」
吸血鬼さんが涼しい顔でカクテルを傾けながら証言を追加する。
「ほら!」
大学生女子が吸血鬼さんを指さした。
「不死者証言入りました!」
「不死者証言とは何だ」
「長期観測データです!」
「なるほど」
吸血鬼さんが納得した。
納得するのか。
「私がまだこの店に慣れていなかった頃から、彼女はいた」
「そんな昔じゃないでしょ」
魔法使いさんが反論するが、声が少し弱い。
この流れは、非常に珍しい。
普段は誰かをからかう側の魔法使いさんが、今日は店内総出でからかわれている。
たまにはこういう日もあるらしい。
「だが、私からすると最近のことは誤差だ」
「不死者の時間感覚で逃げるのやめなさい」
「百年未満は近況だ」
「雑すぎるわ」
「しかし、事実として、彼女はよくいる」
魔法使いさんは視線をそらした。
だが、視線をそらしても、この店では逃げられない。
「私がうかがう時も、だいたい魔法使いさんはいらっしゃいますね」
――逃げ道をふさぐ人が多いからだ。
「聖女様まで」
「良いことだと思いますよ」
「どういう意味?」
「安心できる場所があるのは、良きことです」
「そういう綺麗な話にしないで」
「ただ」
聖女様は、にこにこと魔法使いさんを見る。
「お身体にはお気をつけくださいね。毎日お酒を召し上がるなら、時には休肝日も必要です」
「あなたにだけは言われたくないわ」
魔法使いさんの返しは速かった。
この店で休肝日という言葉を一番避けている方は、たぶん聖女様である。
援護射撃を受け、大学生女子はさらに前のめりになる。
「しかも!頻度だけじゃなく!魔法使いさん、いつも一番早く来てません?」
「そんなことないわ」
「じゃあ昨日、何時からいました?」
「……記憶にないわね」
「拙者は昨日、開店直後に来たが、既にいたでござるよ」
侍さんが面白そうな顔をして、参戦する。
……正解。
昨日は開店と同時に魔法使いさん、ほんの少し後に侍さんだった。
「ほら!証言があります!!」
「偶然よ」
「待ってたんじゃないですか!?」
「通りかかったら、たまたま開店時間が近かったのよ」
「いつも開店と同時に入っている場合に『たまたま』は成立しません!!」
大学生女子の追及が鋭い。
ちなみにそれも正解。
ほぼ毎日、開店と同時である。
「そういや、大体最後までいるよな!」
海賊船長がラム酒を掲げながら追撃する。
「こないだ、俺が酔い潰れて『閉店です』ってマスターに起こされた時もいたぞ!」
それも正解。
魔法使いさんが帰るのは必ず最後だ。
「住んでいるのではないか?」
魔王さんが面白そうという顔を隠さずにノッてくる。
「魔王くんまで!?」
「我が来る時、たいていおる」
「それは偶然よ」
「我が帰る時にも、たいていおる」
「それも偶然よ」
今日の魔法使いさんは、過去一番いじられているかもしれない。
そして、なんだかんだで逃げない。
透明になればいいのに、なぜか透明にならない。
怒って帰ればいいのに、帰らない。
つまり。
たぶん、楽しいのだ。
「では、住んでいる判定はどこからなのでしょう」
聖女様が真面目に首を傾げる。
「聖女様、そこ掘らないで」
「歯ブラシを置いたら?」
大学生男子が言う。
「置いてない」
「着替えを置いたら?」
大学生女子が言う。
「置いてない」
「専用席ができたらでどうか?」
吸血鬼さんが言う。
「できてない」
全員が、魔法使いさんのいつもの席を見た。
奥の席。
店内全体を見渡せる場所。
透明になっていても、だいたいそこにいる。
「できてるじゃないですか!」
「勝手にそう思ってるだけでしょ!」
「でも他の人、あまり座らないですよね」
大学生男子が言った。
「魔法使いさんが透明で座ってる可能性ありますもんね!」
大学生女子のツッコミが冴えている。
魔法使いさんが、ゆっくり全員を見た。
「あなたたち、今日仲良すぎない?」
「こういう時の常連の結束は強いです!」
大学生女子が胸を張る。
「常連の結束を変な方向に使わないで」
魔法使いさんは、深くため息をついた。
「専用グラスは?」
魔王さんが明らかに楽しんでいる表情で私に聞いてくる。
「ありません」
私は即答した。
「作らないのか」
「作りません」
「毎日来るならあってもよいのでは」
「魔王さん」
「何だ」
「それを始めると、全員分必要になります」
「なるほど」
魔王さんは深く頷いた。
「聖杯を巡って争いが起きるな」
「起きません。なんですか聖杯って」
危ない。
専用グラスなど置いたら、この店はたぶん滅びる。
「しかし、彼女にとっても一人で飲むより、ここで飲む方が楽しいのだろうさ」
魔王さんが言う。
「……まあ」
魔法使いさんは、グラスに目をやって、ポツリとこぼす。
「変なのが多いからね」
「変なのって私たちですか!?」
「そうよ」
「即答!」
「でも、退屈はしないわ」
魔法使いさんは、そう言ってグラスを傾けた。
なんでもないことのように。
でも、たぶん。
それは、彼女なりにかなり素直な言葉なのだと思う。
「マスター」
魔法使いさんが言う。
「はい」
「チーズ、もう少し追加」
「かしこまりました」
「あと、みんなにも何か出してあげて」
店内が少し静かになった。
大学生女子が目を丸くする。
「え、魔法使いさんの奢りですか?」
「何よ」
「いえ!ありがとうございます!」
「別に、ポイントカードの話で騒がせたからじゃないわよ」
「まだ何も言ってません!」
「うるさい」
魔法使いさんはそっぽを向いた。
聖女様が、微笑む。
「良き常連です」
「聖女様、それ禁止」
「なぜでしょう」
「照れるからでござろう」
侍さんが真顔で言った。
「侍さん!」
「照れてないわよ!」
魔法使いさんが叫ぶ。
吸血鬼さんが、静かに笑った。
「夜は長い。常連の照れ隠しを眺めるのも悪くない」
「肴にしないで!」
「いい肴だ」
「本当にやめて!」
店内に、また笑いが広がる。
私は追加のチーズと、全員分の軽いおつまみを用意した。
ポイントカードから始まった話は、いつの間にか魔法使いさんの常連裁判になり、最終的には奢りに変わった。
……魔法使いさんが誰かに奢ったの、初めて見たな。
「ところで」
大学生女子が、また手を挙げた。
「魔法使いさんの次に十個たまりそうなの誰ですか?」
「え」
店内がざわついた。
皆さん、自分のカードを確認し始める。
ランキングとかが始まりそうなのでやめてほしい。




