第3話 異世界にも「馬」っているのかな
「やはり、動物の声が聞こえないと上手くいかないのだろうか……」
カウンター席で、金ぴかの青年が深刻そうに呟いた。
私生活で金色のスーツを着ている人間を私は初めて見た。
「どうしても……勝てない相手がいるのだ」
金ぴかくんは、グラスを前にして、深くため息をついた。
隣の席で、ドラコさんが火酒を飲みながら「へぇー」と聞いている。
さらにその隣では、異世界転生者の青年が今日もカルーアミルクを飲んでいた。
「何の牧場だ?」
半分興味無さそうに聞いたのは、ジャーキーを齧っている獣人さんだった。
「馬だ」
「うま?」
獣人さんが首を傾げる。
「馬とは動物だ。人を乗せたり、荷を運んだり、競走したりする」
「へぇー。足速いのか?」
「速い」
「飛ぶ?」
「飛ばない」
「火は吐く?」
「吐かない」
「じゃあ、ただ走るだけか?」
「ただ走るだけではない!!」
金ぴかくんが突然立ち上がって、大きな声で演説を始める。
「鍛え上げられた肉体、血統の積み重ね、関わる人々の努力、そして最後の直線で見せる魂の輝き!それらすべてが競走馬の魅力なのだ!」
「へぇー。魂の輝き」
「素敵じゃない」
ドラコさんが頷いた。
転生者の青年も「わかる」と頷いている。
獣人さんが、妙に理解した顔で頷いた。
「で、その馬?ってのの声が聞こえねぇから困ってんのか」
「そうだ。いや、正確には、それが原因なのかもしれないと思っている」
「ふーん」
獣人さんは、実に軽い返事をした。
二人の温度差がすごい。
「あなたは?」
「ん?」
「あなたも牧場を?」
「ああ、うちは飛竜レースの牧場だな」
「飛竜レース……!」
金ぴかくんの目が少年のように輝いている。
気持ちはちょっとわかる。
「その、飛竜とは会話が成立するのかね!?」
「俺は聞こえるが、種族によるな」
「やはり聞こえるのか……!」
「俺らの種族は、まあ、飛竜の言ってることだいたいわかる。気分とか、腹減ったとか、今日は飛びたくねぇとか、あいつ嫌いとか、そういうやつ」
「素晴らしい……!」
「素晴らしいか?」
「素晴らしいとも!僕がどれだけそれを望んだか!」
金ぴかくんが拳を震わせる。
「普通は馬の声は人間にはわからないのだよ!……ただ、一人だけ、まるで聞こえているかのような男がいる」
「へぇ」
獣人さんは本当に興味が薄そうだった。
「もし、馬の声が聞こえたなら……!体調も、走りたい距離も、好きな飼葉も、嫌いな調教も、全部わかるではないか!」
「でもよ、牧場やってて上手くいくかどうかは、会話できるかどうかじゃねーぜ?」
「……どういうことかね」
金ぴかくんの顔がピタッと止まった。
「いや、そんな大した話じゃねぇぞ?」
「なんでもいい!教えてくれ!頼む!!」
「圧が強ぇ」
獣人さんは、困ったように笑った。
それから、少しだけ考えて、手元のグラスを持ち上げる。
「いや、結局牧場にしても何にしても、信頼関係って大事じゃんって話でよ?」
「信頼……関係」
金ぴかくんが、その言葉を噛みしめるように呟いた。
獣人さんは頭を掻きながら困ったように言う。
たぶん、ここまで真面目に受け止められると思っていなかったのだろう。
「やっぱり、やる気出してもらって、気持ちよく飛んでもらうのが一番だからよ」
「それはわかる!わかるが、そのために会話が必要なのではないのかね?」
「うーん、いや、うちの世界でもよ?別に強いのは話せる種族の牧場ってわけじゃねーぞ?」
「なんだと……!?」
金ぴかくんが衝撃を受けた顔をした。
今夜、彼は何度衝撃を受けるのだろう。
「じゃあ、何が必要なのだ……」
「じゃー、おめーよ」
獣人さんが、金ぴかくんを指差した。
「言葉が通じれば、誰と話してても絶対やる気出るか?」
「それは……」
金ぴかくんが言葉に詰まる。
「嫌な奴と話してたら、逆にやる気なくなるだろ?」
「……なる」
「だろ?言葉が通じても、話が通じねぇ奴っているだろ?」
「……いる」
「だから、声が聞こえたら全部解決ってわけじゃねぇよ。むしろ聞こえたら聞こえたでうるせぇし」
「うるさいのかね?」
「めちゃくちゃうるせぇ」
獣人さんが真顔で言った。
「朝から『腹減った』『眠い』『あいつ嫌い』『今日は風が嫌』『あの雲ムカつく』『隣のやつの餌の方が多い』ってずっと言ってくる」
「……それは」
「あと、若いやつはすぐ『俺、世界最速になれる気がする』って言う」
「それは可愛いな」
「可愛いけど三日後に『やっぱ無理』って言う」
「馬も言いそうだ……!」
金ぴかくんが頭を抱えた。
「つまり、牧場に必要なのは、言葉での会話じゃねーんじゃねぇかって話」
店内が少し静かになった。
いい話だった。
思ったより、かなりいい話だった。
ただし、獣人さん本人は「次、何飲もうかな」くらいの顔をしている。
「僕は……」
金ぴかくんが、震える声で呟いた。
「僕は、間違えていたのかもしれない」
「いや、そんな大袈裟な話か?」
獣人さんが引いている。
だが、金ぴかくんは止まらない。
「僕は、声を聞く力がないことを言い訳にしていたのかもしれない」
金ぴかくんが拳を握る。
少し目が潤んでいる。
熱い人である。
「そうだ……僕は、馬が好きで牧場を継いだはずだった」
「おう」
「勝ちたいからではない。もちろん勝ちたい!とても勝ちたい!死ぬほど勝ちたい!」
「欲望は正直だな」
「だが、それだけではなかったはずだ!」
熱い。
バーの室温が上がった気がする。
「あー……」
獣人さんは困惑している。
本当に雑にアドバイスしただけなのだろう。
だが、悩んでいる人間には、雑な言葉が妙に刺さることがある。
「心の友よ!」
「友になった覚えはねぇんだけど」
「ありがとう!!」
「いや、俺マジで適当に言っただけだぞ?」
獣人さんが照れたように耳をかいた。
尻尾も少しだけ揺れている。
わかりやすい。
「マスター!」
「はい」
「今この店にいる全員の分は僕が奢る!」
その瞬間。
誰もいないはずの奥の席から、ぱっと女性が現れた。
「やったー」
魔法使いさんである。
今まで透明になって、ずっと黙っていたくせに。
非常に現金である。
ドラコさんが両手を上げる。
「わーい!」
転生者の青年もグラスを掲げる。
「太っ腹ー!」
獣人青年は目を丸くした。
「マジか。じゃあビールもう一杯いいのか?」
金ぴかくんは一瞬だけ目を丸くしたあとに胸を張った。
たぶん、誰もいない席から急に美女が現れたからだろう。
普通は驚く。
「もちろんだ!好きに注文してくれたまえ!!」
「じゃあ、私一番高いやつ」
魔法使いさんが、当たり前の顔でグラスを掲げる。
彼女は、今夜も非常に自由である。
急に店内が賑やかになる。
悩み相談の空気は、奢りという言葉であっさり吹き飛んだ。
「金ぴかちゃん、あんたいい男ね!」
ドラコさんが笑う。
「ありがとう!だが、僕には牧場がある!」
「別に口説いてないわよ」
「そうか!」
勢いがすごい。
「まあ、言葉が通じても大変ってことだよね」
転生者の青年がしみじみと言った。
「俺も、言葉が通じてるはずなのに、みんなの本音が全然わかんない時あるし」
「お前も大変そうだな」
獣人さんが言う。
「大変だよ。昨日なんて『今日は一人で寝たい』って言われたのに、翌朝『本当に一人にするんですね』って言われた」
「難しいわねぇ」
ドラコさんが頷く。
「難しいな」
金ぴかくんも頷く。
「人間も飛竜も馬も、難しい」
「そこ並べるのか?」
「命と向き合うという意味では同じだ!」
「急に壮大にするな」
なぜか、いい話が連鎖している。
お客様同士で相談し、納得し、元気になっていく。
良い夜だ。
「マスター、金ぴかくんが帰っちゃう前にもう一杯ちょうだい」
「魔法使いさん、お金ないわけじゃないでしょ」
「奢りって美味しいのよ」
まあ、わかる。
奢りという言葉は、どうやら世界共通で人を元気にするらしい。




