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とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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2/11

第2話 異世界転生者にも飲みたい夜はある

「ハーレムって羨ましがられるけど、大変だよね」


「わかる」


「わかりすぎて泣ける」


「いや、本当にわかる」


「わかりすぎて胃が痛くなってきた」


 カウンター席で、妙な共感が生まれていた。


 今日は、若い男性が四人並んでいる。


 全員、見た目だけなら普通の青年に見えなくもない。


 ただし、本人たち曰く、全員異世界転生者らしい。


 この店には、そういう方々も来る。


 正直、最初に聞いた時は私も驚いた。


 だが、慣れた。


 慣れとは恐ろしい。


「マスター、俺、ハイボール」


「私はジントニックを」


「俺はレモンサワーで」


「俺、カルーアミルク」


 三人が一斉に、カルーアミルクの青年を見た。


「……なに?」


「いや、別に」


「好きなの飲めよ」


「甘いの好きなんだなって」


 私は静かに注文を受ける。


 お酒の好みは自由である。


 勇者だろうと、賢者だろうと、大魔法使いであろうと、カルーアミルクを飲んでいい。


 そういう店でありたい。


「いやさ、俺も最初は思ったんだよ。異世界転生!チート能力!美少女!勝った!人生勝った!って」


「ある」


「身に覚えがありすぎる」


「で、三日後には気づくんだよ。これ、全員の好感度を管理する仕事だって」


 早い。


 夢が壊れるのが早い。


「仕事なんだよね」


「普通に仕事なんだよ」


「むしろ本業より重い」


 白い鎧の青年が、レモンサワーを一口飲んで深くため息をついた。


 私はグラスを磨きながら、何も聞いていない顔をする。


 バーではよくあることだ。


 お客様が仕事の愚痴を言う。


 それがたまたま異世界転生者のハーレム管理問題だっただけで。


「というかさ」


 ローブ姿の青年が、ジントニックを飲みながら言った。


「俺たち、そんなに鈍いわけないよね」


 他の三人が、一斉に沈黙した。


 非常に重い沈黙だった。


「……気付かないフリに決まってるじゃんね」


「鈍感なわけないじゃんね」


「気づいてるよね」


「めちゃくちゃ気づいてる」


「気づいた上で、気づかないフリしてるんだよね」


 四人が同時にため息をついた。


 皆さん、苦労されているようだ。


 恋愛とは難しい。


 お酒が進むにつれて、話題もどんどん遠慮がなくなっていく。


 私はいつものように、聞いていないふりをしながら聞いていた。


 バーのマスターには、それくらいの技術が必要である。


「種族差って、文化差より深いよね」


「あー、深い」


「深いな」


「深淵」


「深淵は言い過ぎじゃない?」


「いや、深淵だよ。尻尾を触っていいかどうかで国が滅びかけたことあるから」


「重いな」


 皆さん、妙に真剣だった。


「俺のところ、獣人族が多いんだけどさ。尻尾って種族によって意味が違うんだよ。親愛だったり、求婚だったり、宣戦布告だったりする」


「最後おかしくない?」


「おかしいだろ?でもそうなんだよ。だから触れない。とりあえず触れない。見ても反応しない」


「それはそれで『私の尻尾に魅力がないの?』って怒られない?」


「怒られた」


「わかる」


「わかりたくなかった」


 この人たちは、たぶん全員すごい人なのだろう。


 だが今は、ただの疲れた男性たちだった。


 札幌の小さなバーで、恋愛と異文化交流に疲れている男性たちだった。


「それにさ、性癖の開拓が必要な場合もあるよね」


「わかる」


「ある意味強制的に開拓される」


 私はグラスを磨く手を止めなかった。


 止めたら負けだと思った。


「いや、別に嫌とかじゃないんだよ」


「そうそう。相手の文化を尊重したいんだよ」


「ただ、初見で『鱗を磨いてください』は難しい」


「難しいな」


「難しい」


「しかもそれが親愛表現なのか、求婚なのか、親族扱いなのか、単なる美容なのかわからない」


「わかる」


「全部違うからね、世界によって」


「地方によっても違うぞ……」


 私も少しずつ異世界知識が増えてきている。


 嬉しいかどうかは別として。


「マスター」


「はい」


「唐揚げあります?」


「ございます」


「四人前で」


「かしこまりました」


 私は厨房で唐揚げを用意しながら、カウンターの会話を聞いていた。


「あとさ、地味に困るのが風呂」


「わかる」


「お風呂入りたいよな」


「俺の世界、魔法で清潔にできるんだけど、逆に湯船文化がないんだよ」


「きつい」


「かなりきつい」


「俺の世界は温泉があったから助かった」


「勝ち組じゃん」


「でも混浴文化だった」


「勝ち組じゃん」


「違うんだよ」


「なにが?」


「こっちは日本人なんだよ。いきなり王女と聖女と獣人戦士と魔女が普通に入ってくるんだぞ」


「勝ち組じゃん」


「だから違うんだよ!」


「違わないだろ」


「違う!目のやり場に困る!あと後で絶対揉める!」


「揉める?」


「『誰を見ていたのですか』が始まる」


「始まるな」


「始まるわ」


「で、誰を見てたの?」


「湯気」


「嘘つけ」


「湯気を見てたんだよ!湯気を見るしかないんだよ!」


 私は唐揚げを盛り付けながら、少しだけ同情した。


 想像するだけならただのハーレム話だが、当事者は大変なのだろう。


 たぶん。


「お待たせしました。唐揚げです」


「ありがとうございます!」


「異世界でこれ再現しようとしても無理なんだよな」


「醤油がない」


「片栗粉もない」


「そもそも鶏が鶏じゃない」


「わかる」


「似た鳥はいるけど、だいたいでかい」


「わかる」


「たまに火を吐く」


「それはわからん」


 唐揚げから世界の生態系の話に発展する。


 もう何が何だかわからない。


 話の内容だけ聞けば壮大なのに、やっていることは唐揚げを囲んだ愚痴飲み会である。


「ぶっちゃけさ、異世界転生した時に空気組成とか重力とか気にし始めたらキリないよね」


「あ、それ言う?」


「言っちゃう?」


「真面目か」


「だって怖いだろ。酸素濃度とか違ったらどうするんだよ」


「そこ気にしなきゃいけない異世界は、たぶん転生時点で詰んでる」


「それはそう」


「水飲めるのもすごいよね」


「現地の細菌とか考えたら終わり」


「肉体が現地仕様になってると信じるしかない」


「信じる力がチート」


「それは聖女のセリフっぽい」


 白鎧の青年が笑い、他の三人も笑う。


 皆さん、だいぶ酔ってきている。


 愚痴とは不思議なものだ。


 同じ苦労をした相手がいると、それだけで酒が進む。


「重力もさ、絶対違うと思うんだよ」


「でも体感は同じ」


「ご都合主義って偉大」


「ご都合主義に感謝しながら生きてる」


「俺なんて、最初にステータス画面見えた時点で、もう細かいこと考えるのやめたから」


「あれ便利だよね」


「便利だけど邪魔な時ない?」


「ある」


「あるなぁ」


「寝る前にレベルアップ通知出ると眩しい」


「通知オフにできないの?」


「うちの世界はできない」


「設定画面の有無、大事だよな」


 なんだろう。


 とても現代的な悩みになってきた。


「俺のステータス画面、広告出るんだよ」


「嘘だろ」


「最悪じゃん」


「異世界に広告あるの?」


「神託広告」


「何それ」


「『今なら信仰ポイント二倍!』とか出る」


「嫌すぎる」


 黒ローブの青年が、静かにグラスを傾けた。


 広告とは、世界を越えて人を疲れさせるものらしい。


「マスター、おかわりお願いします」


「かしこまりました」


「俺も」


「僕も」


「俺もお願いします」


「はい」


 私は四人分のグラスを受け取り、順番に作っていく。


 こういう時だけは、どこの世界のお客様でも同じだ。


 愚痴を言って、笑って、また飲む。


 その時、一番奥の誰もいない席から小さく声がした。


「神託広告、消せるわよ」


 四人が一斉に振り向いた。


 もちろん、そこには誰もいない。


 私は何も聞かなかったことにして、静かにグラスを磨いた。


描いてて、「普通のバーは唐揚げねえよ」と突っ込まれたらどうしようと思ったのですが、とある札幌のバーは唐揚げもフィッシュアンドチップスもありますし、ハニートーストが美味しいので、まあいいかと判断しました。

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