第28話 ポイントカードは契約魔術ですか?
「マスター!」
「はい」
大学生女子が、勢いよくカウンターに両手をついた。
グラスが少し揺れた。
やめてほしい。
「この店、ポイントカード作らないんですか!?」
「ポイントカードですか」
「はい!」
大学生女子は、非常に真剣だった。
まるで世界の命運を左右する議題のような顔をしている。
大学生男子が、横から少し呆れたように言う。
「バーってそもそもポイントカードのイメージ無いだろ」
「でもでもでも!十回来たらおつまみ一品とか、二十回来たら限定カクテルとか、五十回来たら常連称号とか!」
「最後だけゲームじゃない?」
「常連称号、欲しくないですか!?」
「いや、まあ……ちょっと欲しいけど」
欲しいのか。
確かに、この二人はかなり来ている。
異世界のお客様に混ざっても、もうあまり動じない。
むしろ最近は、異世界のお客様に漫画を勧めたり、魔王軍に助言したりしている。
普通の大学生とは何だろうか。
「マスター、どうですか!?」
「そうですね……」
ポイントカード。
確かに、この店には妙に常連が増えた。
ならば、ポイントカードくらい作ってもよいのかもしれない。
「せっかくなので作ってみます?」
「いいんですか!?」
大学生女子の目が輝いた。
大学生男子が、少し驚いたように言う。
「さては結構景気いいですね?」
「……おかげさまで」
実際、最近は売上が悪くない。
理由はよくわからない。
いや、わかっている。
異世界からお客様が来るからである。
ただ、それを売上分析に書けるかと言われると困る。
私はカウンターの下から、無地の小さなカードを取り出した。
前に何かのキャンペーンで使おうと思って、結局使わなかったものだ。
店名を入れて、裏面に枠を十個描く。
非常に手作り感がある。
「こんな感じでどうでしょう」
「わー!手作りポイントカード!」
「味がありますね」
私は小さなスタンプを取り出す。
店のロゴを簡単にしたものだ。
丸の中に、小さなグラス。
押してみる。
ぽん。
その瞬間だった。
店内の空気が、ざわりと揺れた。
「一回来店ごとに一個。十個たまったら、おつまみ一品サービスです」
「やったー!」
大学生女子が両手を上げた。
「来店のたびに、印を刻む?」
魔王さんが、低い声で言った。
「一定数集めると恩恵がある?」
吸血鬼さんが、グラスを置いた。
「これを持つ者は、店主の加護を受けるのですか?」
聖女様が、真剣な顔でカードを見つめている。
やめてほしい。
ただのポイントカードである。
「契約魔術か何か?」
奥の席で透明になっていた魔法使いさんが、楽しそうに姿を現した。
「契約魔術ではありません」
「血判は必要ないの?」
「必要ありません」
「魂の登録は?」
「しません」
「来店履歴は刻まれるのに?」
「紙にスタンプを押すだけです」
魔法使いさんは、カードをひょいとつまんだ。
じっと見る。
裏も見る。
「魔力反応はないわね」
「でしょうね」
「でも、概念としてはかなり契約魔術っぽいわ」
「やめてください」
大学生女子が、ぱあっと顔を輝かせる。
「え、待ってください!異世界勢から見たらポイントカードって契約魔術なんですか!?」
「多分、そう見える方もいるかもしれません」
カルーアくんが、妙に疲れた顔で言った。
「というか、異世界って普通に契約印とかありますし」
「あるんですか!?」
「ありますよ。冒険者ギルドの討伐記録とか、貴族の推薦状とか。印が集まると権利が増える仕組み、割とあります」
「ポイントカードじゃないですか!」
「言い方」
聖女様がにこにこしながら手を挙げる。
「マスター、私にもいただけますか?」
「もちろんです」
私は聖女様のポイントカードを作り、印を押した。
聖女様は、そのカードを両手で受け取る。
「ありがとうございます」
そして、そっと祈り始めた。
「聖女様」
「はい」
「何を」
「このカードに祝福を」
「ポイントカードに祝福を」
「はい。紛失しにくくなるように」
「それはすごいですね」
聖女様が微笑むと、カードがほんのりと光った。
大学生女子が目を輝かせる。
「私のカードにも祝福してほしいです!」
「よろしいですよ」
「いいんですか!?」
「はい」
聖女様は大学生女子のポイントカードにもそっと祈った。
カードが光る。
「わあ! すごい! 神々しいポイントカード!」
「神々しいポイントカードとは」
「センパイも作ってもらいましょうよ!!」
「いや、まあ……聖女様いいですか?」
「もちろんですとも」
いいのか、それで?と思いながら皆さんの分をせっせと手書きする。
魔法使いさんは、受け取るなりカードを光に透かした。
「ふーん」
「改造しないでくださいね」
「してないわよ」
「今、何かしましたよね?」
「ちょっと耐久性を上げただけ」
「しないでください」
「紙じゃすぐ傷むじゃない」
「普通に持ってください」
「普通って難しいわね」
魔法使いさんは、カードに指先を滑らせた。
その瞬間、カードが一瞬だけ虹色に光った。
「魔法使いさん」
「何?」
「今度は何を」
「水濡れ防止」
「やめてください」
「火耐性もつける?」
「つけないでください」
「複製防止は?」
「それは少し欲しいですね」
「欲しいんじゃない」
魔法使いさんは嬉しそうだった。
しまった。
「マスター、その一言はダメです」
大学生男子が言う。
「魔法使いさんは、ちょっと欲しいって言われると全力でやるタイプです」
「もう遅いわ」
魔法使いさんが指を鳴らした。
ぽん、と小さな音がして、彼女のカードに見慣れない紋様が浮かぶ。
「はい。複製防止」
「どういう効果ですか?」
「複製すると、カードが大声で『複製よ!』って叫ぶ」
「やめてください」
「ついでに、複製した人の髪が一日だけ緑になる」
「やめてください」
「面白いのに」
「面白さで防犯しないでください」
魔法使いさんは不満そうにカードを眺めた。
この人にセキュリティを任せてはいけない。
「マスター」
今度は吸血鬼さんが静かに言った。
「はい」
「有効期限はあるのか」
「特に設けないつもりです」
「そうか」
吸血鬼さんは少し安心したようだった。
「不死者に優しい制度だな」
「そういう意図ではありませんが」
「百年後に持ってきてもよいのか」
「百年後に当店があれば」
「では、持っておこう」
吸血鬼さんは、黒い革のカードケースを取り出した。
たいへん似合っている。
ポイントカードを入れるには、あまりにも格好よすぎるケースだった。
「マスター」
魔法使いさんが、いつの間にか紙とペンを持っている。
嫌な予感がする。
「これは?」
「改良案」
「いりません」
「まだ見てないじゃない」
「見なくてもわかります」
「十個でおつまみ、二十個で一杯無料、百個でマスターの秘密を一つ聞ける」
「だめです」
「一万個集めたら、マスターが私のお願いを一つ聞くとかどう?」
「何十年かけるつもりですか」
「常連ランク制度っていうのを思いついたの」
「思いつかないでください」
大学生女子が目を輝かせる。
「常連ランク! いいですね!」
「よくありません」
「ブロンズ常連、シルバー常連、ゴールド常連、プラチナ常連!」
「やめてください」
疲れてきた。
ポイントカードを始めるだけで、なぜこんなに説明が必要なのか。
「とりあえず、今日いらっしゃっている皆様には一個ずつ押します」
私は順番にカードへスタンプを押していった。
ぽん。
ぽん。
ぽん。
ぽん。
「マスター」
魔法使いさんが言った。
「はい」
「このポイントカード、たぶん流行るわよ」
「そうでしょうか」
「だって、異世界人はこういう目に見える印に弱いもの」
「そうなんですか」
「弱いわ。称号、紋章、契約印、ギルドランク、聖印、王家の証。だいたい好き」
「なるほど」
言われてみれば、そうかもしれない。
大学生女子が、カードを嬉しそうに財布へしまう。
「なんか、この店っぽくていいですね!」
「ポイントカードがですか?」
「はい!普通のことしてるのに、全然普通じゃなくなるところが!」
それは褒め言葉なのだろうか。
たぶん、褒め言葉なのだろう。
大学生男子も笑っている。
「でも、十回来たらおつまみ一品って、普通に嬉しいですね」
「それはよかったです」
「問題は、異世界勢が十個ためる前に制度を魔術儀式にしそうなところですけど」
「やめてください」
本当にあり得そうだった。
当店のポイントカードは、契約魔術ではありません。
ただの紙です。




