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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第26話 当店は暗殺技術講習所ではありません

 バーという場所には、色々なお客様が来る。


 仕事帰りの方。


 恋愛相談をしたい方。


 魔王軍の報連相に悩む方。


 吸血鬼漫画を読みに来る吸血鬼さん。


 そして、時には。


「……」


 店内の隅に、いつの間にか座っている黒い外套の謎の人物。


 そういう方も来る。


 ……いや、普通は来ないと思う。


 ただ、当店は普通ではない。


 私もそこはもう諦めている。


「お客様」


 私は、いつも通り声をかけた。


「ご注文は?」


「……」


 隅の席に座っていた黒い外套の人物が、わずかに顔を上げた。


 いつ入ってきたのか、私にはわからなかった。


 ただ、椅子に座っている。


 ならば、お客様である。


「ご注文は?」


 私がそう尋ねると、黒い外套の人物は、ぴたりと動きを止めた。


「……この私の隠形を見破ったというのか」


「席に座られていますので」


「……」


 沈黙。


 だが、席に座られている以上、注文を聞くしかない。


「……私は暗殺者だ」


「そうですか」


 暗殺者かー、そっかー。


「驚かないのか」


「最近は、色々なご職業の方がいらっしゃいますので」


「……」


 たぶん、もっとこう、驚かせたかったのだと思う。


 そこに、奥の席から声がした。


「本気で隠れたいのなら、魔力探知への警戒が甘すぎるわね」


 暗殺者さんが固まった。


 私は、内心で少しだけ同情した。


「待て」


 暗殺者さんが、慎重に口を開いた。


「……そこの奥の席から何故か声がした気がするのだが」


「こっちよ」


 魔法使いさんが、奥の席で姿を現す。


 脚を組み、頬杖をつき、完全に面白がっている顔だった。


「透明化……最初からそこにいたのか」


「いたわよ。あなたが入ってきた時から」


「……気配はなかった」


「あなたが拾えないだけね」


 魔法使いさんが、さらりと言った。


 強い。


「魔力を隠すつもりなら、もう少し呼吸を合わせた方がいいわ。影の中に魔力が残ってたもの」


「影に……残る……?」


「そう。黒い外套で隠しても、魔力の尾がひょろひょろ出てる」


「ひょろひょろ」


 暗殺者さんが、小さく復唱した。


 かなり傷ついた声だった。


 次に侍さんが、静かにお猪口を置いた。


「拙者から見れば、足運びが惜しい」


「足運び」


 暗殺者さんが侍さんを見る。


「拙者、武芸者でござる」


「見ればわかる」


「それは重畳。貴殿、床を踏む直前に、わずかに重心が後ろへ残る」


「……」


「抜けるように動いてはいるが、迷いがあるでござる」


「……迷い」


「うむ。殺すか、逃げるか、隠れるか。その三つが一瞬だけ混じる」


 侍さんは真顔だった。


「迷えば死ぬ」


「死ぬ……」


「あと二万回ほど同じ動きを繰り返せば、だいぶ良くなるでござろう」


「二万」


「うむ」


「多いな」


「修行とはそういうものにござる」


 暗殺者さんが、完全に黙った。


「影への理解も甘いな」


 吸血鬼さんがグラスを揺らしながら言う。


「……貴様もか」


「吸血鬼だ」


「吸血鬼」


 暗殺者さんの目が少しだけ細くなる。


「伝説の夜の王か」


「そう呼ぶ者もいる」


 吸血鬼さんは、少しだけ満足そうだった。


 最近、彼は褒められると少し嬉しそうにする。


「影へ潜むなら、まず影と同じ温度になれ」


「温度」


「闇は冷たい。だが、生き物は温かい。だから浮く」


「……なるほど」


「あと、外套が黒すぎる」


「黒すぎる?」


「黒は目立つ」


「黒が?」


「夜の中で、黒すぎるものは逆に浮く」


 暗殺者さんが、自分の外套を見下ろした。


 全身真っ黒。


 たしかに、黒い。


「では、何色がいい」


「環境による」


「……」


「夜の石畳なら濃い灰色。森なら深い緑。室内なら影の濃さに合わせる」


「……」


「あと、その布。目元だけ見えるのは雰囲気が出るが、視界が狭い」


「雰囲気」


「かっこよさはある」


「……そうか」


 そこは少し嬉しそうだった。


 暗殺者さんにも、かっこよさを気にする心はあるらしい。


 魔王さんが、ゆっくりと口を開いた。


「気配の消し方もまだまだだな」


 暗殺者さんが、ゆっくり魔王さんを見る。


「……貴様は」


「魔王だ」


「魔王」


「別世界のな」


「……この店は何なのだ」


「我にもよくわからぬ」


 魔王さんは、堂々と言った。


 堂々とわからないと言えるのは強い。


「部下に一人、隠密部隊長がいる。そやつに比べれば、まだ気配が若い」


「気配が若い」


「殺気を消すことに意識を使いすぎている。存在の薄さと、殺意の薄さは違う」


 魔王さんは、静かにグラスを置いた。


「暗殺者ならば、花瓶や椅子と同じくらい、そこにあって当然の気配を持て」


 暗殺者さんは、完全に固まった。


 たぶん彼は今、心の中で「この店なんなんだ」と思っている。


 私も時々思う。


 黒い外套が、少ししょんぼりして見える。


「……私は、影の刃と呼ばれている」


「かっこいいじゃない」


 魔法使いさんが言う。


「王侯貴族に恐れられ、将軍に恐れられ、魔術師に恐れられている」


「うむ」


 侍さんが頷く。


「しかし、今」


 暗殺者さんは、ゆっくりとうつむいた。


「酒場に座っただけで、四人にダメ出しされた」


 店内に沈黙が落ちた。


 申し訳ないが、少し面白い。


「お客様」


「……何だ」


「ご注文はいかがいたしますか?」


「……」


 暗殺者さんは、少し考えた。


「目立たない酒を」


「目立たない酒」


「暗殺者らしいものを」


「かしこまりました」


 私は少し悩んだ。


 暗殺者らしい酒。


 音もなく、しかし確かに効く酒。


 私はジンベースのすっきりした一杯を作ることにした。


 透明に近い。


 香りは静か。


 でも、しっかり強い。


「どうぞ」


「これは?」


「マティーニです」


「まてぃーに」


「はい」


 暗殺者さんは、グラスを静かに持つ。


 音がしない。


 さすがである。


 一口飲み、目を細めた。


「……静かだ」


「ありがとうございます」


「だが、強い」


「はい、強いお酒です」


「喉の奥に、後から刃が来る」


「その表現は初めてですね」


「悪くない」


 暗殺者さんは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


 よかった。


 酒は時に、折れた心にも効く。


「ねえ、暗殺者くん」


 魔法使いさんが笑う。


「魔力隠蔽技術教えてあげよっか?」


「いくらだ」


「奢りでいいわ」


「安いのか高いのかわからない」


「相手によるわ」


 魔法使いさんは楽しそうだった。


「ふむ。では拙者は足運びと武器の隠し方についてでござるな」


「私は影のコツについてだな」


「では、我は気配と殺気についてだな」


 当店は、暗殺技術講習所ではない。


 ただのバーである。


 でも。


 うちの常連は、人を育てるのが楽しい方が多いらしい。


 なお、実技講習は店内では禁止とさせていただきます。

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