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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第25話 お休み(下)

⑥ 聖女


「聖女様、本日もお美しいわ……」


「見て、あの穏やかな横顔」


「きっと、世界平和を祈っていらっしゃるのよ」


「尊いわ……」


 教会の中庭を歩いていると、そんな声が聞こえてきます。


 皆様が私に向けてくださる敬意は、ありがたいものです。


 ありがたいものです。


 本当に、ありがたいものです。


 ですが。


 今、私が考えていることは世界平和ではありません。


 いえ、世界平和ももちろん大切です。


 それは大切です。


 大切ですが。


 今日は、あのバーがお休みです。


 マスターさんが、昨日、丁寧に教えてくださいました。


『明日は用事でお店を閉めますからね』


 とても穏やかな声でした。


 私も微笑んで頷きました。


 そして今。


 人目を気にせず、気兼ねなく、全力でお酒を飲める場所が本日はない、という事実に向き合っています。


 これは試練です。


 おそらく、神が私に与えた試練。


 休肝日の試練。


 ……休肝日。


 良い言葉ですね。


 神聖さがあります。


 肝臓を休ませる日。


 身体を慈しむ日。


 祈りと節制の日。


 そう考えると、とても尊いもののように思えます。


「聖女様」


「はい」


 年若い神官見習いの少女が、緊張した様子で近づいてきました。


「本日の予定ですが神殿長との会食がございます」


「会食」


「はい。北方修道院から届いた薬草茶をいただきながら、今後の支援についてお話しされるとのことです」


「薬草茶」


「はい」


 私は微笑みました。


 微笑みました。


 きっと、とても穏やかな微笑みだったと思います。


「聖女様、何か?」


「いえ」


 薬草茶。


 身体に良いものです。


 とても良いものです。


 ですが、今日は本当に休肝日のようです。


 神の意志が強い。


「神の御心のままに」


「はい!」


 神官見習いの少女は感動したように頷きました。


 違います。


 私はただ、薬草茶かぁ、と思っただけです。


 ですが、それを言うわけにはいきません。


 聖女ですから。


「聖女様」


 年配の司祭様が、静かに近づいてきました。


「はい」


「どうかご無理はなさらず」


「ありがとうございます」


「最近、少しお元気そうで安心しております」


「そうでしょうか」


「はい。以前より、よく笑っておられる」


 私は、少しだけ目を伏せました。


 あのバーのことを思い出します。


 魔法使いさんが笑い、大学生女子さんが恋占いで盛り上がり、魔王さんが真面目に困っている。


 あの場所では、私は聖女ですが、ただのお客様でもあります。


 それが、少しだけ楽なのかもしれません。


「良い場所を見つけたのです」


「そうでしたか」


「はい」


「それは何よりです」


 司祭様は、それ以上聞きませんでした。


 ありがたいことです。


 私は空を見上げました。


 青く、高く、雲がゆっくり流れています。


 今日は我慢しましょう。


 明日、たくさん飲めばいいのです。


 これは堕落ではありません。


 調整です。


 計画的な信仰生活です。




⑦ 魔王


 魔王城に、休日という概念はある。


 あるにはある。


 だが、魔王に適用されるかは別問題である。


「こちら東方氷獄将からの嘆願書でございます」


「何の」


「暖房費の増額です」


「氷獄将なのに?」


「部下が寒いそうです」


「氷獄将なのに?」


「はい」


 我は、玉座で頭を抱えた。


 骸骨宰相は、平然とした顔で書類を積んでいる。


「緊急度が高い書類はこちらでございます」


「……勇者ごっこにおける安全基準」


 骸骨宰相が、真面目に頷く。


「はい。木の枝を聖剣に見立てて走る幼子が増えておりますので」


「角に当たると危ないな」


「はい」


「よし、柔らかい模造剣を作らせよ」


「すでに試作品を手配しております」


「さすがだ」


 有能である。


「しかし、問題がございます」


「何だ」


「魔王軍の鍛冶工房が、逆に切れ味の鋭い剣しか作れず困っております」


「……困ったな」


「困っております」


 なぜ、柔らかい剣が作れない。


 いや、よく考えれば当然かもしれない。


 我が軍の鍛冶工房は、魔将軍の大斧、黒騎士団の剣、地獄竜の鱗を貫く槍を作ってきた職人たちである。


 安全な玩具を作る訓練はしていない。


「試作品をご覧になりますか」


「ああ」


 骸骨宰相が合図すると、部下が一本の剣を持ってきた。


 見た目は可愛らしい。


 丸い装飾。


 短めの刃。


 柄には小さな翼の模様。


「ふむ」


 我は剣を手に取った。


「軽いな」


「はい」


「柔らかそうだ」


「はい」


 机の端に軽く当てる。


 机が真っ二つになった。


 会議室が静かになった。


「……これは玩具ではない」


「はい」


「暗殺用短剣だ」


「はい、幼子がこれを持てば、魔王城の柱が何本か落ちます」


 数日後には魔王城が崩れ落ちそうだ。


「木製はどうか?」


「試しました」


 骸骨宰相が別の書類をめくる。


「魔樹を使った結果、対象を呪う杖になりました」


「普通の木は」


「魔王城周辺の瘴気で三日後に自我を持ちました」


「自我」


「はい。現在、厨房裏で盆栽として保護しております」


「なぜ盆栽に」


「コック長がぜひ剪定してみたいと言いましたので」


 頭が痛い。


 魔王なのに、頭が痛い。


 戦ではなく、頭痛で倒れるかもしれぬ。


「魔王様」


「何だ」


「若き賢者を頼りましょう」


「……そうだな」


 あのバーの大学生たち。


 ――魔王軍に革新をもたらした若き賢者。


 彼らなら、何か知っているかもしれない。


 柔らかく、痛くなく、子どもが遊べて、呪わず、自我を持たない剣。


 ……そんなものが本当にあるのか?


「だが、今日はあの店は休みだ」


「はい。マスター殿のご用事とのことです」


「そうか」


 少し残念だった。


 相談としては馬鹿馬鹿しい。


 だが、馬鹿馬鹿しいことほど、あの店で話すにはちょうどいい。


「では、明日だ」


「はい」


「それまで、幼子たちには木の枝の使用を控えさせよ」


「すでに通達済みです」


「仕事が早い」


「ありがとうございます」


 骸骨宰相が一礼した。


「代替案として、現在は勇者殿本人が聖剣を光らせる見学会を実施しております」


「……本人の負担は」


「楽しそうでした」


「そうか」


 それならよい。


 たぶん。


 魔王とは、孤高であるべき存在だ。


 少なくとも昔はそう思っていた。


 だが最近は。


 幼子の玩具と、勇者の休日と、バーの休業日について考えている。


 悪くない。


 問題は多い。


 だが、悪くない。


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