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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第24話 お休み(中)

④ 勇者


「おはようございます」


 魔王城の廊下で、骸骨宰相さんと出会った。


 もう見慣れてきた自分が少し怖い。


「おはようございます、勇者殿」


 魔王城の朝は、思っていたより静かだ。


 もっとこう、朝から黒い雷が落ちたり、魔物の咆哮で目覚めたりするのかと思っていた。


 実際は、普通にメイドさんがいて、厨房からいい匂いがして、遠くから子どもたちの声が聞こえる。


 魔王城。


 想像より、生活感がある。


「本日は、託児所のお仕事はお休みでしたかな」


「はい。お休みをいただいています」


「それは何より。ゆっくりお休みください」


「ありがとうございます」


 普通の会話だ。


 勇者と骸骨宰相が、魔王城の廊下で、託児所の休日について話している。


 普通の会話……普通?


「……魔王様なら、午後は比較的余裕がありますよ」


「なっ!?」


 普通ではなかった。


 喉から変な声が出た。


 骸骨宰相さんは、相変わらず表情が読めない。


 骨だから。


 だが、なんとなく笑っている気がする。


「だ、大丈夫です!!」


「左様ですか」


「なんのことかわかりませんけど!!」


「私は何も申し上げておりません」


「言いましたよね!?」


「本日の魔王様は、午後なら比較的余裕がある、とだけ」


「それがもう変な意味を持ってるんです!」


「変な意味とは?」


「言わせるなぁ!」


 廊下の向こうで、メイドさんが二人、すっと目を逸らした。


 絶対に聞かれていた。


「では、私はこれで」


「逃げた!」


「宰相は忙しいのです」


 骸骨宰相さんは、丁寧に一礼して去っていった。


 絶対楽しんでる。


 最近ちょっと、私で遊んでる節がある。


 いや、気のせいかもしれない。


 気のせいであってほしい。


「おお、勇者殿!」


 今度は、廊下の反対側から大きな声が響いた。


 炎獄将さんだった。


 先日、自己紹介された時は緊張した。


 だって魔王軍四天王である。


 勇者なら戦う相手だ。


 少なくとも私の世界ではそうだった。


 だが、ここの炎獄将さんは、今のところ、よく笑う大きなおじさんである。


「おはようございます、炎獄将さん」


「本日はお休みと聞いておりますぞ!」


「はい」


「では、お手隙であれば、模擬戦などいかがかな!」


 休みとは。


 まあ、でも。体は少し動かしたかった。


「いいですよ」


「おお!」


「負けた方が昼ごはん奢りでどうです?」


「ぐわっはっはっは!いいですとも!」


 炎獄将さんは楽しそうだった。


 魔王城の廊下で、勇者と魔王軍四天王が昼飯を賭けて模擬戦の約束。


 ……うん。


 ちょっと前の私が聞いたら、「何を言っている」と言ったと思う。


 平和だった。


 驚くほど、平和だった。


「……悪くないな」


 小さく呟いたら、炎獄将さんがにやりと笑った。


「何か仰いましたかな?」


「何も」


「そうですか」


 絶対聞こえていた。


 だが、何も言わなかった。


 いい人だ。


 魔王軍四天王なのに。


 いや、魔王軍四天王だからいい人なのかもしれない。


 最近、私の常識はだいたい信用できない。


 今日、バーが開いていたら、仕事帰りに寄りたかったな。


 みんなに今日の話をして、魔法使いさんにからかわれて、聖女様に微笑まれて、カルーアくんに「完全に馴染んでますね」と言われる。


 たぶん、そうなる。


 ちょっと嫌だ。


 でも、ちょっと楽しそうでもある。


 ――その日の昼食代は、私持ちになった。


 炎獄将さん、普通に強い。




⑤ 吸血鬼


 厚いカーテンの閉じられた部屋で、目を覚ます。


 夕方だった。


 吸血鬼にとっては、早朝みたいなものだ。


 ゆっくり起き上がって、鏡の前で髪を整える。


 ふと思い出して、少し笑ってしまった。


「鏡に映らぬ吸血鬼、か」


 不便ではないのだろうか。


 身だしなみを整えるのが大変そうだ。


 人間の創作は、時に吸血鬼に厳しい。


「さて」


 外套を羽織って、部屋を出る。


 今夜もあのバーで、一杯やるつもりだった。


 マスターが出す酒は、悪くない。


 それに、大学生の娘が「次は別の吸血鬼漫画をお貸しします!」と言っていた。


 少し楽しみだった。


 ……少しだけである。


 廊下を歩き、屋敷の奥にある扉の前へ立つ。


 以前までなら外庭へ通じる扉だ。


 だが、最近は時折、あの酒場へ繋がる。


 不思議な扉である。


 ガチャ。


 開かない。


「……」


 ガチャガチャ。


 開かない。


「……そういえば、休み、だったか」


 夜風が吹く。


 遠くで狼が鳴いている。


「……漫画」


 少し残念だった。


 いや、かなり残念だった。


 仕方ないので、書斎へ向かう。


 棚から古い書物を取り出す。


 吸血鬼の歴史書。


 血族の記録。


 夜の貴族の礼儀。


 どれも読み慣れたものだ。


 悪くはない。


 だが、赤い外套の吸血鬼が二丁拳銃で暴れる漫画ほど、予想外ではない。


「二丁拳銃」


 壁に掛けてあった銃を手に取ってみる。


 昔、酔った傭兵から貰ったものだ。


 使ったことはない。


 剣技ならば心得がある。


 血の魔術もある。


 わざわざ火器を使う必要はない。


 だが。


 大学生女子の目は輝いていた。


 読者代表と言っていた。


 代表ならば、多少は信頼してよいのかもしれない。


 もう一丁持てば、二丁拳銃になる。


 しかし、二丁持つ意味はあるのか。


 片方で十分では?


「……」


 二丁持って、構えてみる。


 悪くない。


 悪くないが。


 ものすごく慣れない。


 その時、背後から静かな声がした。


「……主様」


 古くから仕える老執事が、いつの間にか立っていた。


「違う」


「まだ何も申し上げておりません」


「違う」


「かしこまりました」


 老執事は、深々と頭を下げた。


 絶対に何か察している。


「その銃器、整備が必要でございます」


「使うとは言っていない」


「はい」


「少し持っただけだ」


「はい」


「漫画の影響ではない」


「まんが、でございますか」


「忘れろ」


「かしこまりました」


 老執事は、きれいな礼をして去っていった。


 腹立たしいくらい完璧な所作だった。


 私は吸血鬼である。


 夜の貴族である。


 創作物に影響されて二丁拳銃を検討しているわけではない。


 ……研究である。


 あのバーが開いていたら、きっと大学生女子が勢いよく勧めてきただろう。


 魔法使いや魔王は笑うだろうか。


 マスターは何も言わず、飲み物を出すだろう。


「……次に行く時までに、少し考えておくか」


 二丁拳銃を構えてみた。


 鏡に映る自分と目が合う。


 ……。


「悪くないな」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。


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