第22話 恋占いは世界を越える
「どなたから占われますか?」
テーブル席に座っているのは、紫色の薄布をまとった女性だった。
銀色の長髪。
額に下がった青い石の飾り。
手元には、カードと小さな水晶玉。
本人いわく、星の導きで訪れた占い師さんらしい。
非常にそれっぽい。
むしろ、それっぽすぎて少し疑ってしまうくらいだ。
「はいはいはいはい!!恋占いできますか!?」
「できますよ」
「わー!」
大学生女子さんが両手を上げる。
「恋占い!異世界の恋占い!」
「そういうの好きなの?」
魔法使いさんが笑いながら言う。
「好きです!占いって、結果が良くても悪くても盛り上がれるじゃないですか!」
大学生女子さんが力強く主張する。
「まあ、楽しそうですね」
聖女様も、にこにこと微笑む。
神様的には占いはアリなんだろうか……?
「恋愛占いかぁ……」
勇者さん。
その反応は、占われる側の反応としてはすでに負けている。
まあでも。
今日は、女性率100%なんだから占いが流行っても不思議ではないのかもしれない。
今のところ透明になる男性がいないため、100%が嘘にならない。
――私はマスターなのでカウント外だ。
「では、こちらにお座りください」
「はーい!!」
大学生女子さんが座ると、占い師さんは静かにカードを広げた。
カードには、見たことのない図柄が描かれている。
「ふむ」
「ふむ!?」
「あなたは……」
「はい!」
「恋に対して、非常に前向きですね」
「はい!」
即答だった。
「ですが……好意を寄せる男性が、別の方とお付き合いされているのですね」
大学生女子さんが、ぴたりと止まった。
魔法使いさんが、にやりと笑った。
勇者さんが、少しだけ前のめりになる。
聖女様が、少しだけ心配そうな顔をする。
「当たってますねぇ」
大学生女子さんは、あっさり頷いた。
占い師さんは、静かに続けた。
「ですが、卒業までチャンスはあると出ています」
「んー……もう狙うつもりないので大丈夫です!!」
即答だった。
占い師さんが固まった。
「……え?」
「好きだったのは本当ですけど、今は推しカプとして見守ってます!」
大学生女子さんは、すごくいい笑顔だった。
「推し、かぷ」
「幸せになれ、という気持ちです!」
「しかし、星はまだ可能性を示していますが」
「星には申し訳ないですけど、私はもう観客席にいます!」
「観客席」
「はい!」
占い師さんが、明らかに知らない概念にぶつかった顔をしている。
星も大変だ。
人間が勝手に観客席へ移動する。
魔法使いさんが、肩を震わせている。
「いいわね。恋を卒業して信仰に入ってる」
「信仰ではないです!」
「推しカプって、だいたい信仰じゃない?」
「否定しきれない!」
大学生女子さんが笑う。
占い師さんは、少しだけカードを見直した。
「……恋占いとは、時に本人の解釈が勝つものなのですね」
占い師さんが、しみじみと言った。
「そういうものです!」
大学生女子さんは満足げだった。
占い結果をねじ伏せた。
強い。
「次、勇者さんどうですか!?」
「私!?」
勇者さんが露骨に身を引いた。
「いや、私はいいよ。占うようなことないし」
聖女様が、穏やかに言った。
「ありますね」
魔法使いさんも頷く。
「あるわね」
大学生女子さんも頷く。
「絶対あります!」
「なんで全員そっち側なんだよ!」
勇者さんが叫んだ。
しかし、多数決である。
勇者さんは不本意そうに占い師さんの前へ座ったが、腕を組んでそっぽを向いている。
「先に言っておくけど、私は恋とかそういうのじゃないから」
「そうなのですね」
占い師さんは動じず、カードを三枚並べる。
一枚目、剣。
二枚目、黒い城。
三枚目、白い花。
店内が静かになった。
「勇者さんは……素直になった方が良いと出ています」
「なんのこと!?」
反応が早い。
「勇者ちゃん」
魔法使いさんが、グラスを揺らしながら言う。
「当たってるじゃない」
「うるさい!」
「お城で働いているのですか?」
占い師さんが確認する。
「働いてるけど!」
「そこに、あなたを助けてくれた男性が?」
「男性っていうか魔王!」
「魔王も男性では?」
「そうだけど!」
「優しい?」
「優しいけど!」
「顔は?」
「顔は……いいけど!」
言った。
今、言った。
「顔はいい」
魔法使いさんが復唱した。
「顔はいい、いただきました」
大学生女子さんが手を叩く。
「良きことです」
聖女様が微笑む。
「ちょっと待て!顔はいいだろ!事実として!客観的に!」
「はいはい、客観的ね」
魔法使いさんがにやにやしている。
「違うんだって!魔王城のメイドたちもみんな言ってるし、子どもたちも『まおうさま、きらきらしてる』って言うし!」
「子どもを証人に出してきたわ」
「必死ですね」
大学生女子さんが、机を叩いて笑っている。
「勇者さん、魔王さんのこと意識してるんですか!?」
「してない!」
「反応が速すぎます!」
「速いとダメなの!?」
「ダメではないですけど、わかりやすいです!」
「やめろぉ!!」
勇者さんの顔が赤い。
かなり赤い。
「勇者さん」
聖女様が、優しく言う。
「はい」
「素直になることは、悪いことではありませんよ」
「聖女様までそっち側!?」
「私はいつでも、良き縁に祝福を」
「祝福しないで!」
占い師さんは、満足そうに頷いた。
勇者さんは、逃げ場を探してグラスを持った。
――空だった。
「マスター!」
「はい」
「何かください!」
「かしこまりました」
私は、甘くて軽いカクテルを作った。
「どうぞ」
「ありがとう!」
勇者さんは、一口飲んで、少しだけ落ち着いた表情になる。
「……別に、嫌いじゃないけどさ」
そのまま、ぽつりと言った。
魔法使いさんが、にやにやしている。
大学生女子さんは、両手を口元に当てている。
聖女様は、目を細めて微笑んでいる。
占い師さんは、ゆっくりとカードを一枚引いた。
「照れ隠しの星が出ています」
「その星、今すぐ落とせ!!」
勇者さんが叫んだ。
星に罪はない。
「では、次は聖女様ですね!」
大学生女子さんが、楽しそうに言った。
「私には、特に恋占いの必要はないと思いますが」
「そんな人ほど何か出るやつです!」
聖女様は少しだけ考えた後、にこりと微笑んだ。
「では、お願いします」
占い師さんが、新しくカードを並べる。
一枚。
二枚。
三枚目、ひっくり返った酒瓶。
……酒瓶?
「聖女様は……」
占い師さんが、少しだけ目を細める。
「自分よりお酒が強い人がよい、と出ています」
「あらまあ」
聖女様は、口元に手を当てて微笑んだ。
店内が静かになる。
全員が、数秒だけ考えた。
そして。
「詰んでるじゃない」
魔法使いさんが言った。
「詰んでません」
聖女様が穏やかに返す。
「いや、だって、あなたより酒が強い人っている?」
「世界は広いですから」
「世界を広く使っても難しいわよ」
聖女様より酒が強い存在。
私はまだ見たことがない。
「お酒が強い人がよい、というのは、どういう意味でしょう」
聖女様が真面目に聞く。
占い師さんは、少しだけ考えた。
「おそらく、あなたのすべてを受け止められる方、という意味かと」
「難しい条件ですね」
魔法使いさんが、笑いを堪えきれずにテーブルに突っ伏した。
「聖女様は好きな人いないんですか!?」
大学生女子さんが聞く。
「今のところは」
「おお」
「ですが、皆様とお話しする時間は好きですよ」
「聖女様、そういうところが聖女様」
「褒められました」
「褒めてます!」
聖女様は、上品に微笑んだ。
「では、いつか私よりお酒が強い方と出会えたら、考えてみます」
「それがよろしいかと」
「神も、その時はきっと祝福してくださるでしょう」
きっと祝福するのはお酒の神だと思う。
「次は魔法使いさんですね!」
大学生女子さんが、わくわくした顔で言った。
「私?」
魔法使いさんが、椅子にもたれたまま笑う。
「やるの?」
「もちろんです!」
「ふーん」
魔法使いさんは、楽しそうに占い師さんを見る。
「いいわよ。見てみなさい」
その言い方が、すでに挑発だった。
占い師さんは、さっきまでより少しだけ真剣な顔になっていた。
「……?」
占い師さんが、カードをめくろうとする。
めくれない。
「……おかしいですね」
魔法使いさんが、にやりと笑う。
「何が?」
「何も見えません」
「へぇ」
「過去も、未来も、縁も、星も、まったく」
「そう」
「このようなことは、普通ありません」
「でしょうね」
「あなたはいったい」
占い師さんが、真剣な顔で問う。
魔法使いさんは、さらりと言った。
「……見えないようにしてるから」
店内が静かになった。
占い師さんの顔が、明らかに「それはズルでは?」と言っている。
「見えないように?」
「ええ」
「運命を?」
「嫌じゃない?勝手に見られるの」
「……」
魔法使いさんは悪びれない。
占い師さんは、深呼吸した。
「では、せめて縁の傾向だけでも」
「どうぞ」
占い師さんがすごい真剣な表情になり、数秒黙った後に一枚だけカードをめくった。
「……この店で笑っているあなたは、悪くないと出ています」
魔法使いさんは、数秒だけ黙った。
それから、ふっと笑った。
「それ、恋愛占いじゃなくない?」
「縁占いです」
「便利な言葉ね」
「はい」
魔法使いさんは、グラスを傾けた。
「まあ、悪くないわ」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
大学生女子さんが、小さく拍手した。
「なんかいい話っぽいです!」
「っぽいだけよ」
魔法使いさんが即座に言う。
「魔法使いさん、照れてます?」
「照れてないわ」
「絶対照れてます!」
「凍らせるわよ」
「ごめんなさい!」
店内に笑いが戻る。
◇
その後も、占いはしばらく続いた。
途中から、占い師さんと魔法使いさんは占術談義を始めた。
内容はほとんどわからなかったが、みんな楽しそうだったので良しとする。
私はそんな女性陣を眺めながら、静かに思った。
この店の未来は、占い師さんでなくても少しわかる。
たぶん、退屈はしない。




