第21話 王子は愚痴る相手を選びたい
カラン。
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
扉が開いて入ってきたのは、見るからに身分の高そうな青年だった。
胸元には、紋章入りの飾り。
金髪で、顔立ちはたいへん整っている。
だが。
表情が、疲れ切っていた。
「……ここは?」
うちの店に入ってきたお客様の第一声として、ベタな第一声である。
「バーです」
「ばー?」
「酒場です」
「……酒場」
青年は、少しだけ店内を見回した。
今日の常連は、カウンターにカルーアくんと魔王さん。
奥のテーブルに海賊船長さん。
――見える範囲なら、今日は男性率100%だ。
「ここは……なんなのだ」
「私もよくわかっていません」
正直に答えると、青年は少しだけ目を細めた。
「わからないのか」
「はい」
「店主だよな?」
「はい」
「……そういうものか」
「そういう店です」
カルーアくんが慣れた調子で言う。
「異世界から人が来たり、魔王が飲んでたり、海賊が常連だったりします」
「待て」
青年が顔を上げる。
「魔王」
「うむ」
魔王さんが静かに頷いた。
「我は魔王だ」
「自己申告された……」
青年が少しだけ青くなった。
「だが、お主の世界の魔王ではない」
カルーアくんが補足する。
「ここの定番説明です」
「定番なのか……」
そこで、テーブル席の海賊船長さんが、ラムを片手に言った。
「座れよ、兄ちゃん!」
雑だった。
「俺も最初はそうだった!」
「船長は最初から馴染んでませんでした?」
カルーアくんが、しみじみと言った。
「細けぇことは気にすんな!」
たぶん本人もよく覚えていないのだろう。
海賊船長さんはそういう人である。
「よろしければ、おかけください」
私はカウンター席を示した。
青年は少し迷ったあと、魔王さんの隣に座った。
「お飲み物はいかがいたしますか?」
「……強いものを」
「かしこまりました」
疲れた人はだいたい強い酒を頼む。
なので、ほどほどに飲みやすく、香りのよい一杯を用意する。
「どうぞ」
「これは?」
「ジントニックです」
「じんとにっく」
青年はグラスを両手で持った。
一口飲む。
「……うまい」
「それは何よりです」
「酸っぱくて、苦くて、少し甘い」
「はい」
「人生みたいだな」
重い。
ジントニックで人生を語らないでほしい。
そして、しばらく黙った後、こう言った。
「誰か、聞いてくれないか」
カルーアくんがグラスを置く。
海賊船長さんが、にやっと笑う。
魔王さんが、静かに顔を上げた。
「どうぞ」
カルーアくんが、気安くなるように応える。
「……私は、王子だ」
やっぱり。
「おお、王子!」
海賊船長さんが笑う。
「そりゃあすげぇ!」
「凄くはない」
王子様は、深く息を吐いた。
「たとえば、さきほど私は酒がうまいと褒めた」
「いいじゃねえか!うまい酒はいくらでも褒めりゃいい!」
「そういうわけにもいかんのだ。どこの伯爵家の葡萄だとか、どこの公爵家の樽だとか、どの大使が持ってきたとか、どの派閥が勧めたとか」
「つまんねぇな!!」
「酒ぐらい、ただうまいと言わせてほしい」
重い。
まだ一口目なのに、王族の愚痴が重い。
「わかる」
魔王さんが深く頷いた。
「贈答品の酒は、飲む前に政治的意味を考えねばならぬ」
「そうなのだ!」
王子様が勢いよく顔を上げた。
「わかってくれるか!」
「わかる」
魔王さんは重々しく頷く。
「北方貴族の酒を先に開けると、西方将軍が拗ねる」
「そう!そうなのだ!我が国でも、東の侯爵家のワインを褒めた翌日に、西の辺境伯から樽で酒が届く!」
「樽で来るのか」
「樽で来る!」
「それは困るな」
「困る!」
王子様と魔王が、酒の贈答政治で通じ合っている。
すごい絵面である。
「それにしても、男しかいないと楽だな」
王子様が、ぽつりと言った。
店内の空気が、ほんの少しだけ変わった。
常連の三人は、一番奥の席にちらりと視線を向ける。
王子様は気づいていない。
「楽、ですか」
カルーアくんが確かめるように聞く。
「楽だ」
王子様は、少しだけ肩の力を抜いた。
「女性の前では、王子でいなければならない」
「大変ですね」
「大変だ。さらに、視線がすごい」
「視線」
「この人は私を王子として見ているのか。夫候補として見ているのか。次期国王として見ているのか。味方なのか敵なのか」
「最後、政治ですね」
「だいたい政治だ」
王子様は、しみじみとした顔でグラスを持った。
「その点、男同士はいい」
カルーアくんの顔が引きつった。
魔王さんが、そっと視線を逸らした。
海賊船長さんは楽しそうに頷いた。
「おう!男だけなら何言ってもいいからな!」
何言ってもいいわけではない。
「たとえばだ」
王子様は酒が回ってきたのか、少し饒舌になってきた。
「女性に対して優しくすると問題になる」
「あー!」
カルーアくんが強めに反応した。
「わかります!優しくしただけなのに好意だと思われるやつ!」
「それだ!」
「でも冷たくすると『何か怒らせた?』になるやつ!」
「それだ!」
「距離感難しいですよね!」
「難しい!」
カルーアくんと王子様の共鳴がすごい。
「俺の場合、相手が王女とか聖女とかエルフとか竜族とかで」
「バラエティーに富むな」
「色々あるんです」
「私は公爵令嬢、辺境伯令嬢、女騎士、外交官、未亡人の公爵夫人だ」
「そっちも強いですね」
「強い」
二人が深く頷き合った。
「私が少し優しくすると、意味が乗る時がある」
王子様が言った。
「わかります」
「褒めると期待される」
「わかります」
「褒めないと気づいていないと言われる」
「わかりすぎます」
「君とは良い酒が飲める」
「俺もです」
カルーアくんが、王子様と固い握手を交わした。
異世界転生者と王子様。
今日もうちのカウンターでは、不思議な光景が見られる。
「なあ、兄ちゃん」
海賊船長さんが、少しだけ真面目な声で言った。
「なんだ」
「お前、俺の船乗るか?」
王子様が固まった。
カルーアくんが吹き出す。
「急だなぁ!」
「でも、海の上じゃ王子もクソもねぇぞ」
「いや、あるだろ!?」
「ねぇよ。酔ったらみんな平等だ」
「酔いの平等」
魔王さんが、少しだけ考え込むように繰り返した。
「悪くない概念だな」
「だろ?」
海賊船長さんが得意げである。
「……船は無理だ」
王子様が言う。
「だろうな」
「だが、一晩くらいどこかへ消えたいと思うことはある」
「あるよなぁ」
カルーアくんが深く頷いた。
「なんか全部からちょっと距離置きたい時」
「ある」
王子様とカルーアくんが、また妙なところで通じ合っている。
「うむ、少し元気が出た。さすがにそろそろ探されている頃だと思うから、私は帰る」
王子様が静かに立ち上がる。
そこで、海賊船長さんが立ち上がって言う。
「よし!」
「なんだ」
「今日は兄ちゃんの休憩祝いだ!」
「なんだその祝いは」
「また休憩したくなったら、この店来りゃいい!」
「まあ……そうかもしれん」
王子様が、少しだけ嬉しそうに言う。
魔王さんも、グラスを持ち上げた。
「王族からの一時撤退に乾杯だ」
「言い方」
カルーアくんが笑う。
「本日のところは、無事の避難に」
「乾杯」
グラスが鳴る。
王子様は、今度はちゃんと笑っていた。
王子としてではなく、ただ少し疲れた若い男性として。
それくらいが、たぶん今夜はちょうどよかった。
◇
王子様が帰り、店内が一瞬静かになる。
「王子も大変なんだなぁ」
海賊船長さんがしみじみと言った。
「いや、苦労がよくわかるだけに、また来てほしいですね」
カルーアくんは、少し遠い目をしている。
「でも、二人ともだいぶ素直に話せていたじゃない」
その時、魔法使いさんが、姿を現してカルーアくんをからかうように言う。
「魔法使いさんが姿を消していてくれたおかげでもあると思いますよ?」
カルーアくんが肩をすくめて魔法使いさんに返す。
「私は空気の読めるイイ女だからね」
…………コメントは避ける。
「ねえ、マスター」
「はい」
「また一人いいお客さんが増えたじゃない」
「そうですね」
「次は女性陣がいる時に来てほしいわね」
「やめてあげてください」
「絶対面白いのに」
「やめてあげてください」
男には、男しかいない場で愚痴りたいこともある。
ただし。
当店では、魔法使いが透明になっている場合がございます。




