第20話 当店は捜査対象ではありません、たぶん(下)
アンドロイド警察官さんは、真面目な顔で姿勢を正した。
「まず、マスターに質問があります」
「お応えできることであれば」
私はカウンターの内側から答えた。
「この場所は、どの行政区分に属していますか」
「札幌です」
「札幌」
「日本の都市です」
「我々はデトロイト市警です」
「そうですか」
「管轄外です」
「そうなんですね」
「ですが、我々は捜査対象を追跡してここに到達しました」
「それは大変でしたね」
「大変です」
アンドロイド警察官さんは、少しだけ深刻な顔をした。
魔法使いさんが、頬杖をついて聞いている。
「面白いわね。近未来世界のアンドロイド警察官が、扉に巻き込まれたってこと?」
「私は巻き込まれていません。捜査中です」
「巻き込まれてるわよ」
「捜査中です」
「かわいい」
「私はかわいさを目的として設計されていません」
「そういうところよ」
カルーアくんが耐えきれずに笑った。
「すみません、ちょっと、そのやり取り面白すぎます」
「面白い要素はありません」
「いや、俺の世界にもアンドロイドとかいましたけど、だいたいもっと無機質だったので」
「そうなのですか」
「はい。でも、この人はやり取りが完全に人間くさいなって」
アンドロイド警察官さんがカルーアくんを見る。
「私は人間ではありません」
「そうですね」
「人間くさい、とは?」
「いい意味です」
「意味を具体化してください」
「例えば、相棒である警部補さんの面倒を見てる感じがします」
「私は彼の面倒を見ているわけではありません。彼の行動は予測不能であり、任務遂行の障害になり得るため、継続的な監視と補正が必要なのです」
「それを面倒見てるって言うんだよ」
警部補さんが言った。
「違います」
「違わねぇよ」
「違います」
「じゃあ、俺がこのまま三杯目を飲んだら?」
「やめてください。あなたの肝機能には推奨できません」
「ほらな」
「それは健康管理です」
「面倒見てるじゃねぇか」
「違います」
アンドロイド警察官さんは、わずかに眉を寄せた。
表情がある。
かなりある。
吸血鬼さんが、静かにグラスを置く。
「アンドロイド警察官殿」
「はい」
「あなたは酒を飲めないのか」
「飲めません」
「味覚は?」
「分析機能としては存在します」
「では、香りは?」
「化学分析可能です」
「それは、少しもったいないな」
「もったいない?」
「この店の酒はうまい」
吸血鬼さんが、真面目に言った。
「マスター」
警部補さんが、グラスを軽く掲げた。
「はい」
「こいつにも何か出してやってくれ。飲めなくても、分析くらいできるんだろ」
「警部補、私は飲食不要です」
「不要と経験しなくていいは違うだろ」
「……」
アンドロイド警察官さんが、少しだけ黙った。
私は小さなグラスを用意した。
アルコールではなく、トニックウォーターに少しだけライムを絞ったものだ。
「分析用にどうぞ」
「ありがとうございます」
アンドロイド警察官さんは、グラスを受け取った。
非常に真面目な顔で、香りを確認する。
「炭酸水、糖分、柑橘系酸味成分。微量の苦味成分」
「はい」
「飲む必要はありません」
「はい」
「ですが、飲むことは可能です」
「はい」
アンドロイド警察官さんは、ほんの少しだけ口をつけた。
そして止まった。
「どうだ?」
警部補さんが聞く。
「……情報量が多いです」
「味の感想がそれかよ」
「酸味、甘味、苦味、炭酸刺激が同時に入力されます」
「そりゃそうだ」
「これは、快感ですか?」
「そこを俺に聞くな」
「警部補は酒を快感として摂取しているのでは?」
「言い方」
「違うのですか」
「間違ってねぇけど言い方」
魔法使いさんが声を出して笑った。
「あなたたち、いいコンビね」
「やめてくれ」
警部補さんが嫌そうな顔をした。
「こいつとコンビ組んでから、俺の血圧は上がりっぱなしだ」
「血圧の上昇要因は飲酒と食生活にもあります」
「今それ言うか?」
「事実です」
「うるせぇ」
「警部補の健康状態は職務遂行能力に影響します」
「心配してんのか、説教してんのか、どっちだ」
「両方です」
警部補さんは、少し黙った。
それから、ふっと笑う。
「そうかよ」
アンドロイド警察官は、なぜか少しだけ視線を外した。
人間っぽい仕草だった。
カルーアくんも笑っている。
吸血鬼さんも、口元だけ少し笑っている。
アンドロイド警察官さんもちょっと嬉しそうに見えた。
「で」
警部補さんが、バーボンを飲み干した。
「俺たちは帰れるのか?」
「おそらく」
私は答えた。
「扉を開ければ、基本的には元の場所へ繋がるようです」
「基本的には、ですか」
アンドロイド警察官さんが反応する。
魔法使いさんが面白そうに目を細める。
「扉を調べたくなった?」
「非常に」
「わかるわ」
「しかし、職務を優先します」
「偉いわねぇ」
「私は警察官です」
「アンドロイドでしょ?」
「アンドロイドですが、警察官です」
彼の声は、とても真面目だった。
警部補さんが、少しだけ鼻で笑った。
馬鹿にしている笑いではない。
どこか嬉しそうな笑いだった。
「そうだな」
「警部補」
「お前は警察官だよ」
「……ありがとうございます」
ほんの少しだけ、店内の空気が柔らかくなった。
バーでは、時々こういう瞬間がある。
「マスター」
「はい」
「会計だ」
「かしこまりました。領収書は必要ですか?」
つい聞いてしまった。
警部補さんが苦い顔をした。
「捜査経費で落ちると思うか?」
アンドロイド警察官さんが即答した。
「落ちません」
「だよな」
「職務中に管轄外のバーで飲酒した費用は、経費として認められない可能性が高いです」
「現実を言うな」
「事実です」
「うるせぇ。マスター、領収書くれ」
「宛名は?」
「デトロイト市警で」
「落とす気ありますね」
「挑戦はする」
私は領収書を書いた。
宛名、デトロイト市警。
ただし、飲食代として。
また珍しい領収書が増えた。
「では、我々は戻ります」
アンドロイド警察官さんが立ち上がる。
警部補さんも、少し面倒くさそうに立ち上がった。
「捜査、頑張ってください」
カルーアくんが言う。
「また来なさいよ。今度はもっと変なの見せてあげる」
魔法使いさんが言う。
「変なものは捜査の妨げになります」
「でも気になるでしょ?」
「……否定できません」
「ほら」
魔法使いさんは満足そうだった。
吸血鬼さんが静かに言った。
「次に来る時は、そっちの世界の漫画を持ってきてもらえると助かる」
「私に依頼していますか?」
「そうだ。特に吸血鬼の創作があるなら興味がある」
「警部補」
「俺に振るな」
「創作吸血鬼資料の入手は可能ですか」
「図書館行け」
「了解しました」
警部補さんは、ため息をついた。
「おい、行くぞ」
「はい」
二人は扉へ向かう。
アンドロイド警察官さんが、扉の前で一度だけ振り返った。
「マスター」
「はい」
「この店は、論理的にはほとんど説明不能です」
「はい」
「しかし、不快ではありません」
「ありがとうございます」
「次回来店時、追加調査を行います」
「飲みながらでお願いします」
「検討します」
「飲めないのにか?」
警部補さんが笑う。
「分析しながら、です」
「めんどくせぇ奴」
「私の仕様です」
二人が扉を開ける。
「さて、現実に戻るか」
「警部補、ここも現実です」
「そういうところだぞ」
二人はそう言いながら扉の向こうへ消えた。
扉が閉まる。
店内に、静けさが戻った。
カルーアくんが、ぽつりと言う。
「アンドロイド警察官、いいですね」
「いいわね」
魔法使いさんが頷く。
「硬いのに、ちょっとかわいいわ」
吸血鬼さんは、グラスを傾けながら静かに言った。
「彼は、自分が警察官だと言われて嬉しそうだったな」
「そうですね」
「機械にも、そういうものがあるのだな」
「あるのかもしれません」
私はグラスを拭きながら答えた。
この店には、色々なお客様が来る。
一番奥の席で、魔法使いさんが小さく笑った。
「ねえ、マスター」
「はい」
「次にあの子が来たら、透明化以外にも幻覚魔法を見せていい?」
「……手加減してあげてくださいね」
「なんで?」
「処理落ちしそうなので」
魔法使いさんは、とても楽しそうに笑った。
アンドロイド警察官さん。
次回の来店時は、ぜひ処理能力に余裕がある状態で来てほしい。




