第19話 当店は捜査対象ではありません、たぶん(上)
ドンドンドンドン!!
「開けろ!デトロイト市警だ!」
扉の向こうから、そんな叫び声が聞こえた。
営業中は鍵をかけていないので、開いてます。
カウンターを見ると、魔法使いさんが透明になり、吸血鬼さんが不思議そうな顔をして、カルーアくんが楽しそうな顔をしている。
そんな風に私が微妙に現実逃避をしていると、少し乱暴に扉が開いて、二人組の男性が入ってきた。
一人は、きっちりとしたスーツを着た若い男性。
黒髪。整った顔立ち。表情の少ない目。
そして、何故かこめかみのあたりに、青く光る小さな輪のようなものがある。
もう一人は、くたびれたコートを着た中年男性。
無精ひげ。険しい目つき。手には銃。
かなり治安の悪い入店である。
「いらっしゃいませ」
私は、いつものように挨拶をした。
たとえ、相手がデトロイトの警察官らしい二人組であってもお客様である。
「……なんだ、ここは」
若い警官さんが、店内を見回した。
目が細かく動いている。
「バーです」
「我々は捜査中にデトロイト市内の廃ビルの一室へ踏み込んだはずです」
「そうだったんですね」
「なぜバーに接続されたのですか」
「私もよくわかっておりません」
「異常です」
「そうですね」
それは本当にそう。
中年警官さんは、店内を一度見回してから、深いため息をついた。
「まあまあ、いいじゃねぇか」
「よくありません」
「酒がある」
「捜査中です」
「だから何だ」
「職務中の飲酒は推奨されません」
「うるせぇ」
中年警官さんは、そのままカウンター席に座った。
順応が早い。
「マスター、バーボンあるか」
「ございます」
「じゃあ、ロックで」
「かしこまりました」
「警部補」
若い警官さんが言った。
「飲酒は」
「お前も座れ」
「しかし」
「座れ」
「……了解しました」
若い警官さんは、ものすごく不本意そうに、しかし綺麗な動作でカウンター席に腰かけた。
座るのか。
「お客様も何か飲まれますか?」
「私はアンドロイドです。飲食は不要です」
「アンドロイド!」
カルーアくんが、目を輝かせた。
「近未来系だ」
「近未来系?」
アンドロイド警察官さんがカルーアくんを見る。
こめかみの光が、青から一瞬だけ黄色に変わった。
「スキャン中」
「え、スキャンされてる」
「対象、成人男性。生体反応あり。衣服に未知植物片。体表に微量の不明粒子……」
「不明粒子って何ですか」
「不明です」
カルーアくんが妙に嬉しそうだった。
「あなたは人間ですか?」
アンドロイド警察官さんが聞く。
「一応、人間です」
「一応」
「異世界転生者なので」
「異世界転生者」
こめかみの光が、黄色く点滅した。
「警部補」
「あん?」
「対象が異世界転生者を自称しています」
「よかったな」
「よくありません。データベースに該当分類がありません」
「増やしとけ」
「勝手に分類を追加する権限はありません」
「じゃあメモしとけ」
「了解しました。新規暫定分類、異世界転生者」
カルーアくんは、なぜか少し誇らしげだった。
アンドロイド警察官さんの視線が、吸血鬼さんへ向いた。
「対象、成人男性。肌温度が極端に低い。心拍反応、検出不能。呼吸、微弱。血中酸素濃度、測定不能」
吸血鬼さんが、静かにグラスを置いた。
「見過ぎだ」
「失礼しました。あなたは死亡していますか?」
直球だった。
吸血鬼さんの眉が少し上がる。
「失礼な問いだな」
「申し訳ありません。生体反応が通常の人間と大きく異なります」
「私は吸血鬼だ」
「吸血鬼」
こめかみの光が、今度は赤と黄色の中間みたいな色になった。
「警部補」
「今度は何だ」
「対象が吸血鬼を自称しています」
「よかったな」
「吸血鬼は実在するのですか」
アンドロイド警察官さんが真剣に聞く。
「私がここにいる」
「論理的です」
「そうか」
「血液を摂取しますか?」
「する」
「被害者は?」
「同意ある相手か、献血のような形が基本だ」
「合法性は?」
「世界によるんじゃないか?」
「世界による」
アンドロイド警察官さんは、処理に困っているようだった。
「警部補」
「いいバーボンだ」
「警部補」
「今いいところだ」
「吸血鬼の合法性について」
「本人に聞け」
「聞きました」
「じゃあ終わりだ」
「終わりではありません」
警部補さんは、バーボンを飲みながら、ものすごく楽しそうだった。
「マスター」
「はい」
「いい店だな」
「ありがとうございます」
「変な奴しかいねぇ」
「否定は難しいです」
「酒がうまいから問題ねぇ」
良いお客様である。
たぶん。
その時、アンドロイド警察官さんの動きが止まった。
視線が、店の一番奥へ向く。
「質量反応、あり。可視光反射率、ゼロ」
「……」
「音声反応、微弱。呼吸音、不明。対象、不可視状態」
アンドロイド警察官さんのこめかみが、激しく黄色に点滅する。
「透明な人間がいる……?」
店内が静かになった。
カルーアくんが、口元を押さえている。
吸血鬼さんも、少しだけ面白そうに見ている。
警部補さんは、バーボンを飲んだ。
「いるのか」
「いるようです」
「ならいるんだろ」
「この状況を平然と受け入れるのは危険です」
「俺の人生で今さら透明人間くらい誤差だ」
「透明人間は誤差ではありません」
奥の席から、完全に楽しんでいる声がした。
「透明人間じゃないわよ」
アンドロイド警察官さんが、即座にそちらへ向き直る。
「透明な発話体」
「発話体って言われたの初めてだわ」
奥の席で、魔法使いさんが姿を現した。
脚を組み、頬杖をついて、非常に楽しそうな顔をしている。
「こんばんは、デトロイト市警さん」
「……あなたは」
「魔女よ」
「魔女」
「そう」
「魔法は実在しません」
「目の前に魔女がいるわよ」
「光学迷彩の可能性があります」
「じゃあ、これなら?」
魔法使いさんが指を鳴らした。
アンドロイド警察官さんの手元に、小さな花が現れた。
青い花だった。
アンドロイド警察官さんは、それを見た。
見続けた。
かなり見た。
「……手品ですか」
「すごい粘るわね」
魔法使いさんが笑った。
「いいわよ、嫌いじゃないわ」
アンドロイド警察官さんは、花をつまみ上げ、じっと観察している。
「物質生成。発生源不明。香気成分あり。触覚あり。質量あり」
魔法使いさんは、かなり楽しそうだった。
「対象、年齢不明。種族不明。危険度、算定不能」
「褒めてる?」
「警戒しています」
「そう」
魔法使いさんは、にっこり笑った。
「いいわね、その冷静そうで全然冷静じゃない感じ」
「私は冷静です」
「こめかみ、めちゃくちゃ黄色いわよ」
「これは情報処理負荷の表示です」
「冷静じゃないじゃない」
「私は冷静です」
「はいはい」
魔法使いさんは、完全に面白がっている。
アンドロイド警察官さんは、少しだけ表情を変えた。
本人は無表情のつもりかもしれないが、かなり困惑しているのがわかる。
「警部補」
「なんだ」
「この店内には、異世界転生者、吸血鬼、魔女が存在します」
「すげぇな」
「すごい、で済ませてよい状況ではありません」
「じゃあ、どうする」
「……事情聴取を行います」
「座ってやれ。立ってると邪魔だ」
「了解しました」
アンドロイド警察官さんは、真面目な顔で姿勢を正した。
「皆様に質問があります」
「他のお客様のご迷惑にならない範囲でお願いしますね」
私はカウンターの内側から答えた。
警察には協力すべきかと思うが、異世界の異国の警察相手にどうするべきかはわからなかった。
(つづく)




