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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第18話 勇者、初給料が出る

 カラン。


 ドアベルが鳴った。


 その瞬間、店内の空気が一瞬だけ止まった。


 理由は簡単である。


 入ってきたお客様が、見覚えのある顔だったからだ。


 先日、魔王城に保護された勇者さんだった。


「いらっしゃいませ」


 バーのマスターには、どんなお客様にも同じ声で挨拶する技術が必要である。


 たとえ、勇者さんが――すごくふりふりの服で来店したとしても。


 とても、ふりふりだった。


 白を基調にした、かわいらしいワンピース。


 胸元には大きなリボン。


 髪にも小さなリボンまで付いている。


 勇者さんは入口で固まったまま、視線を泳がせた。


「……なんで全員黙るんだよ」


 そりゃあ、驚いたからである。


「勇者ちゃん」


 最初に口を開いたのは魔法使いさんだった。


 震えている。


 笑いを堪えている。


「何さ」


「無事でよかったわ」


「ありがとう」


「でも、そのひらひらで笑わないのは無理」


「笑うなぁ!!」


 勇者さんの叫びが店内に響いた。


 だが、叫んだところで服がふりふりなのは変わらない。


 カルーアくんがグラスを置いて、しみじみと言う。


「いや……無事そうでよかったです。ほんとに」


「うん」


「でも、その格好は説明してもらっていいですか?」


「するよ!」


 勇者さんが、ものすごくいい勢いでカウンター席へやって来た。


 元気である。


 良かった。


 格好はともかく。


「マスター、何か強いの」


「前回の反省を踏まえると、そこまで強くない方がいい気がします」


「それはそう」


 勇者さんは素直に頷いた。


「じゃあ、今日は普通に飲めるやつで」


「かしこまりました」


 私は少し甘めのカクテルを作りながら、みんなの様子を見る。


 魔法使いさんはまだ笑っている。


 侍さんは真面目な顔をしているが、口元が少しだけ緩んでいる。


 海賊船長さんも、遠慮なく笑っていた。


 聖女様は、にこにこと微笑んでいる。


「どうぞ」


「ありがとう」


 勇者さんは、グラスを受け取ってから一口飲む。


「うま……」


「それは何よりです」


 勇者さんが遠い目をする。


 だが、今日は暗い感じではない。


 どちらかと言えば、疲れた新社会人が久しぶりに地元の友人に会いに来たような顔である。


「で?」


 魔法使いさんが頬杖をついて、にやにやしながら言う。


「その服はどうしたの?」


「聞くよなぁ!」


「聞くわよ」


 勇者さんは、がっくりと肩を落とした。


「……まず、託児所勤務になったんだ」


 心当たりがあった。


 たぶん、骸骨宰相さんの相談結果である。


「勇者が魔王城内託児所に就職」


 カルーアくんが、ゆっくりと復唱した。


「情報量が多すぎる」


「私もそう思う」


 勇者さんが深く頷いた。


 魔法使いさんと海賊船長さんが耐えきれなくなったのか、腹を抱えて笑っている。


「だけど、魔王城に服がなかったんだ」


「服がない?」


「いや、正確には私の着れる服がなかった。あったのは魔王軍兵士用の鎧とか、魔族用の服」


「魔族用というのは?」


 侍さんが尋ねる。


「背中に羽根穴があったり、尻尾穴があったり」


「あー」


 カルーアくんが納得した。


 さすが異世界転生者、こういう文化差には理解が早い。


「それで困っていたら、メイド長が出てきて」


「メイド長」


 魔法使いさんが楽しそうに復唱する。


「魔王城にはメイド長がいるのね」


「いる。めちゃくちゃ怖い」


「魔王より?」


「別方向に」


 勇者さんの顔が少し青くなった。


 魔王城メイド長。


 かなり気になる存在である。


 勇者さんは、スカートの裾をそっとつまんだ。


「その結果、魔王城のメイドさんたちがなんか全力を出しちゃって」


 勇者さんは遠い目をした。


「動きやすい服をお願いしたんだ。なのに、メイド長さんが『勇者様には暗い色より白が映えます』と言って」


「わかる」


 魔法使いさんが即答した。


「それから、別のメイドさんが『子どもたちが怖がらない服が良いです』と言いだして」


「それもわかります」


 聖女様がうなずいた。


「さらに別のメイドさんが『せっかくなら可愛くしましょう』とか言って」


「せっかくならなぁ!!」


 海賊船長が笑う。


「結果がこれだ」


 勇者さんが両手を少し広げた。


 レースがふわっと揺れた。


 非常に似合っている。


「勇者ちゃん」


 魔法使いさんが、真剣な顔で言う。


「はい」


「メイドさんたちは正しいわ」


「そんな」


「優勝」


「何にだよ!?」


 魔法使いさんは親指を立てた。


「かわいさに」


「やめてくれ……」


 勇者さんが両手で顔を隠した。


 隠れない。


 リボンが目立つ。


 海賊船長さんが、げらげら笑う。


「いいじゃねぇか!魔王城の人気者なんだろ!?」


「人気者だよ!めちゃくちゃ人気者だよ!」


「なら問題ねぇ!」


「あるんだよ!」


 勇者さんは叫んだ。


「とてもお似合いですよ」


 聖女様が微笑む。


「聖女様までぇ!?」


「可愛らしいです」


「だめだこの店!!」


 勇者さんが叫んだ。


 元気そうで何よりである。


「マスター!」


「はい」


「次、もっと普通の服で来てもいいよな!?」


「もちろんです」


「よかった!」


「ただ」


「ただ?」


「もしまたその服で来られても、皆さん喜ぶとは思います」


「なんでだよ!!」


 店内に笑い声が広がる。


 勇者さんは諦めたように肩を落とした。


「そこで、初めてのお給金が出たんだ」


「おお」


 カルーアくんが拍手した。


「で、そのお給金で前回飲ませてもらった分、払いに来た」


「お気遣いなく、と言いたいところですが」


 魔王さんが払うという約束だし。


「払わせてくれ」


 勇者さんが真面目な顔で言った。


「前は、本当に余裕がなかったから」


「はい」


「でも、今はちゃんと働いて、ちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝てる」


 そこで勇者さんは、少しだけ笑った。


「だから、あの日助けてもらった分、ちゃんと払いたい」


 カルーアくんも、静かに笑っている。


 侍さんは頷き、海賊船長さんは「おお」と嬉しそうにしている。


 聖女様は、とても穏やかな顔をしていた。


「では」


 私は伝票を出した。


「今回は、前回分と今日の分をまとめていただきます」


 魔王さんには私からも言っておこう。


 こういうものは、受け取った方がいい時がある。


「うん」


 勇者さんも嬉しそうだし。


 それを見た侍さんが、しみじみと頷く。


「勇者殿、天職を得たようでござるな」


「そんな顔で言うな!」


「いや、しかし」


 侍さんは真顔だった。


「幼子らに慕われるのは、強き者の証でもある」


「そういう話かなぁ!?」


 妙に納得感がある。


 ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちょっと困って、でも前より笑えるようになって。


 そして、お給金で前回のツケを払いに来る。


 それくらいが、きっとちょうどいい。


「勇者さん」


 聖女様が静かに言った。


「ん?」


「今のあなたは良い顔をしていますよ」


 勇者さんは一瞬だけ、照れたように目を逸らした。


「……そっか」


「はい」


「じゃあ、まあ」


 勇者さんはグラスを持ち上げる。


「今日は、その“良い顔”ってやつに乾杯で」


「いいですね」


 カルーアくんが笑った。


「よき乾杯でござる」


「おう!」


「素敵です」


「いいわねぇ」


 それぞれがグラスを持ち上げる。


「乾杯」


 グラスが鳴る。


 バーではよくある音だ。


 勇者さんは、少しだけ恥ずかしそうに、それでもちゃんと笑っていた。


 初給料祝いに、少しだけ値引きしておいたのは勇者さんには秘密だ。

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