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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第17話 赤い外套の二丁拳銃吸血鬼はカッコイイ

「なるほどねぇ」


 魔法使いさんが、姿を消さず座っている。


 何をしているかと言うと――吸血鬼が出てくる漫画を読んでいた。


 私も当然読んだことがある漫画だ。


「この赤い外套の吸血鬼、ずいぶん派手ね」


「そこがいいんですよ!」


 テーブル席に座る大学生女子が、ものすごく楽しそうに言った。


「しかも強いんです!」


「強い吸血鬼なのね」


「強いです!めちゃくちゃ強いです!」


「なるほど」


 魔法使いさんは、納得したような顔でページをめくった。


「私の世界だと、吸血鬼ってほぼ伝説の存在だったのよねぇ」


「え、魔法使いさんの世界にもいないんですか?」


「少なくとも私は会ったことないわ。見つけたら研究対象にしたいわね」


 研究対象にされる吸血鬼さんが少し気の毒である。


 侍さんが、日本酒を飲みながら頷いた。


「拙者の国にも、夜な夜な人の血を吸う妖の話はあるでござる」


「侍さんの世界にはいるんですか?」


「噂ではいる。ただ、拙者は斬ったことがない」


「斬る前提なんですね!」


「会った妖はだいたい斬るでござる」


「侍さんらしいですね!!」


 今日の店内は穏やかだった。


 そして、そんな時ほど、だいたい新しい何かが起きる。


 カラン。


 ドアベルが鳴った。


 店内の全員が、なぜか同時に扉を見た。


「いらっしゃいませ」


 入ってきたのは、背の高い男性だった。


 黒い外套。


 雪のように白い肌。


 長い銀髪。


 そして、口元からちらりと見える鋭い牙。


 ああ。


 これは。


 大学生男女の目が、輝いた。


 魔法使いさんが、漫画から顔を上げた。


 侍さんも、静かに姿勢を正した。


「……ここは、酒を出す場所なのか?」


 男性は、低い声で尋ねてきた。


「はい。そうです」


「なるほど」


 男性が静かに頷いた瞬間。


 大学生女子が椅子から立ち上がった。


「もしかして!吸血鬼さんですか!?」


 直球だった。


 ストレートど真ん中だった。


「……まあ、我が種はそう呼ばれることもある」


「わー!」


 大学生女子が両手を握った。


 吸血鬼さんが、少し身構えた。


「すごい!本当に牙ある!肌白い!外套!完璧!」


「完璧……?」


「はい!吸血鬼さんって感じです!」


「……そうか」


 吸血鬼さんは、困惑している。


「……この店は、どういう場所なのだ」


「私もよくわかっていません」


 私が正直に答えると、吸血鬼さんは少し困った顔をした。


「わからぬ店に入ってしまったのか」


「皆さん、だいたいわからないままご利用されております」


「そうか」


 吸血鬼さんは、少しだけ肩の力を抜いた。


「何か飲み物を貰えるだろうか」


「もちろんです」


「では、赤いものを」


 吸血鬼さんに赤いもの。


 血はない。


「ブラッディメアリーでよろしいですか?」


 吸血鬼さんが少しだけ目を細めた。


「赤いのか?」


「はい」


「ならば、それを」


 赤いかどうかが判断基準でいいのだろうか。


「どうぞ」


 私は赤いカクテルを作って差し出した。


 吸血鬼さんは、少し香りを確かめてから一口飲む。


「血ではないのに、うまい」


「それはよかったです」


「この世界、面白いな」


 吸血鬼さんは、少しだけ口元を緩めた。


 その表情を見て、大学生女子が小さく震える。


「本物の吸血鬼がブラッディメアリー飲んでる……」


「良すぎる……」


 大学生男子も何かを噛みしめている。


 吸血鬼さんは、明らかに戸惑っていた。


「なぜ私をそんな目で見る」


「憧れです!」


 大学生女子が即答した。


「憧れ」


「吸血鬼って、すごく人気なんですよ!」


「人気」


「強くて、美しくて、夜の貴族で、不死で、ミステリアスで!」


「ふむ」


 吸血鬼さんが、少しだけ姿勢を正した。


 嬉しそうだった。


 かなり嬉しそうだった。


「まあ、不死で、美しく、夜の貴族という点は否定しない」


「きゃー!」


「きゃー、なのか」


 吸血鬼さんは満更でもなさそうである。


「吸血鬼殿」


 侍さんが静かに言った。


「うむ?」


「貴殿は、日光で灰になるのでござるか?」


「ならぬ」


「ならぬのか」


「長く浴びると体調は悪くなるが、灰にはならぬ」


「なるほど」


 侍さんが真剣に頷いた。


「では、銀は?」


 大学生男子が聞いた。


「嫌いではある。肌に触れると少し痛む」


「十字架は?」


「何だそれは」


「ニンニクは?」


「食える」


「だいぶ普通ですね!?」


 大学生女子が感動している。


 感動するところだろうか。


「では、鏡に映らないというのは?」


 魔法使いさんが興味深そうに聞いた。


「映る」


「コウモリには?」


「なれる者もいる。私はなれぬ」


「霧には?」


「なぜ霧になる必要が?」


「この本の吸血鬼だと霧にもなってたわよ」


「吸血鬼について盛りすぎではないか?」


「そうね」


 魔法使いさんが頷いた。


「でも、面白いわよ」


「……そうなのか」


 吸血鬼さんは、漫画をちらりと見る。


 明らかに気になっている。


 大学生女子が、手元からすっと一巻を差し出した。


「読みます?」


「……よいのか」


「もちろんです!」


「では、少しだけ」


 吸血鬼さんは、非常に丁寧に漫画を受け取った。


 そして、ページを開いてゆっくりと読む。


 数分後。


「この吸血鬼、撃たれているのに笑っているぞ」


「強いので」


「怖……」


 吸血鬼が吸血鬼漫画を読んで怖がっている。


 なかなか見ない光景である。


 吸血鬼さんは、時々、少し笑う。


 そして時々、「いや、これはない」と呟く。


「どの辺がないんですか?」


 大学生男子が聞く。


「棺で寝るのはわかる」


「わかるんですね」


「暗くて落ち着く」


「なるほど」


「しかし、わざわざ蓋を閉める必要はない」


「そこなんだ」


「湿気がこもる」


「現実的!」


 侍さんが、静かに日本酒を飲みながら口を開く。


「吸血鬼殿」


「なんだ」


「その漫画の吸血鬼は、やたらと長大な銃を使っておるようだが」


「かっこいいな」


「吸血鬼とは、火器に親しむものなのか?」


「少なくとも私は火器を使ったことがない」


 吸血鬼さんは真顔だった。


「じゃあ、拘束制御術式解放とかやってください!」


 大学生男子が目を輝かせて言うと、吸血鬼さんが固まった。


「……何それ」


「カッコイイやつです!」


「知らん……何それ……こわ……」


 吸血鬼さんが少し引いた。


 大学生男子が残念そうな顔をする。


「吸血鬼さん」


 魔法使いさんが、楽しそうに話しかける。


「貴方の世界では、吸血鬼は恐れられる存在なの?」


「恐れられる」


 吸血鬼さんは、少しだけ目を伏せた。


「古い血族ほど、恐れられる。人は夜を怖がる。血を怖がる。不死を嫌う」


「まあ、わかるわ」


「私が酒場に入れば大抵は静かになる。叫ばれることもある。聖職者を呼ばれることもある」


「それは大変ですね!!」


 大学生女子が素直に言った。


 吸血鬼さんは、少し驚いたように彼女を見る。


「怖くないのか」


「怖いより、すごいが勝ってます」


「……そうか」


 吸血鬼さんは、ふっと笑った。


「不思議な世界だ」


「不思議なのは、ここの店だと思います!!」


 吸血鬼さんは、なぜか少し嬉しそうだった。


「マスター」


「はい」


「おかわりをもう一杯」


「かしこまりました」


 私は新しいカクテルを提供する。


 そのまま、吸血鬼さんは漫画を読み進めた。


 酒も数杯おかわりをした。


 途中で侍さんが帰り、代わりに誰かが来るかと思ったが、今夜は不思議と静かなままだった。


 うちのバーにしては珍しく、ページをめくる音が一番よく響く夜だった。


「……なるほど」


 吸血鬼さんが、最後の巻を閉じた。


「どうでした?」


 大学生男女がわくわくしながら感想を聞く。


「なんというか」


 吸血鬼さんは、少しだけ考える。


「吸血鬼に対する期待が重い」


「わかる」


 魔法使いさんが即答した。


「人間って、伝説の生き物に対して、すぐ重いもの背負わせるのよねぇ」


「だが、まあ」


 吸血鬼さんは、グラスを軽く揺らした。


「悪くない」


 大学生女子が、また嬉しそうに息を呑んだ。


「そう言ってもらえると嬉しいです!」


「作者でもないのに」


「読者代表です!」


「大きく出たな」


 吸血鬼さんはまた少し笑った。


 その時だった。


 ふいに、吸血鬼さんの表情が変わった。


「どうしました?」


 私が聞く。


 吸血鬼さんは、少しだけ目を細めた。


「この街から同族の気配がする」


 大学生男女が固まった。


「え?」


「正確には、似た血の気配だな。完全な同族かはわからぬが」


「え、え、どこですか!?」


 大学生女子が身を乗り出す。


 吸血鬼さんは、少しだけ笑った。


「意外とこの世界の身近にも吸血鬼がいるのかもな」


 魔法使いさんが、ものすごく楽しそうに笑っている。


「いいわねぇ。急に世界が広がった感じがする」


「広がる方向がちょっと怖いですけど」


 大学生男子の意見はもっともだと思う。


 吸血鬼さんは、空になったグラスを置いた。


「会計を」


「はい」


 私は伝票を整える。


「色々教えてくれて、ありがとうございました!」


 大学生女子が勢いよく頭を下げる。


「こちらこそ、妙なものを読ませてもらった」


「妙なもの扱い!」


「褒めている」


「そうなんですか?」


「少なくとも、退屈はしなかった」


 それは、かなり高評価なのではないだろうか。


「マスター」


「はい」


「また来てもいいか」


「もちろんです」


「そうか」


 吸血鬼さんは、少しだけ満足そうに頷いて、大学生たちを見る。


「また何かおススメがあれば読ませてくれ」


「はいっ!」


 大学生女子の返事が早い。


「では」


 吸血鬼さんは会計を済ませ、外套を整えた。


 夜に溶けるような黒い姿だった。


「楽しかった」


「それはよかったです」


 吸血鬼さんは、そのまま静かに扉の向こうへ帰っていく。


 店内に、少しだけ静けさが戻る。


「……札幌に吸血鬼いるんですか?」


 大学生女子が震えた声で言った。


「さあ」


 魔法使いさんが、楽しそうに笑う。


 少し前なら、そんなことはないと私も思ったかもしれない。


 でも。


 うちのバーのことを考えれば……。


 この街には、もしかすると本当に、いろんな方が紛れ込んでいるのかもしれない。


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