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【7/1完結】とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第16話 骸骨宰相は菓子折りを持参する

 カラン。


 ドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 その瞬間、魔法使いさんは消え、大学生男女が何とも言えない顔をした。


 理由は簡単である。


 入ってきたお客様が、どう見ても骸骨だったからだ。


 骸骨。


 しかも、黒いローブを纏い、片手にはきちんと包まれた箱を持っている。


 明らかに怪しい。


「夜分に失礼いたします」


 骸骨のお客様は、静かに頭を下げた。


 骨なのに、所作が非常に丁寧だった。


 いや、骨だからなのかもしれない。


「センパイ」


「うん」


 大学生男女がひそひそ会話をしている。


「ガチ骸骨ですね」


「ガチ骸骨だな」


「これ、見た目だけなら今までで一番怖くないですか?」


「でも、このお店で見た目だけの判断は危険だろ」


 それには私も同感だった。


「私は、魔王軍にて宰相を務めております」


「宰相様」


「様は不要です。骸骨宰相とでもお呼びください」


「では、骸骨宰相さん」


「はい」


 骸骨宰相さんは、持っていた箱を両手で差し出した。


「魔王様がこちらに大変お世話になっているということで、心ばかりの品をお持ちしました」


「これはご丁寧に」


 包装紙には、黒地に銀の紋章。


 すごく高そうだった。


「魔界銘菓です」


「銘菓」


「はい。魔王城御用達、地獄栗の焼き菓子でございます」


「ありがとうございます」


 名前は不穏だが、菓子としては普通に美味しそうだった。


「お飲み物はいかがいたしますか?」


「では、薄めの酒をいただけますか。骨身に染みる程度で」


 骨身に染みる。


 この方が言うと、冗談なのか事実なのかわからない。


「かしこまりました」


 私は薄めのハイボールを用意する。


 骸骨宰相さんは、それを受け取り、丁寧に頭を下げた。


「いただきます」


 そして、グラスを傾けた。


 液体が口の中に入り、どこへ行くのか少し気になったが、聞かない。


「これは良い。香りが軽く、しかし背筋が整う」


「ありがとうございます」


 背筋が整う酒。


 初めて聞いた表現だ。


 そこで、骸骨宰相さんは、ふいにボックス席の大学生男女を見た。


「もしや」


 うん、首を180度回転させて後ろを向かないでほしい。


「こちらの方々が、魔王様に報連相の助言をくださった恩人でいらっしゃいますかな」


 大学生男子が、ぎこちなく背筋を伸ばす。


「え、あ、はい。たぶん」


 骸骨宰相さんが、静かに立ち上がり、深く頭を下げる。


「お二方には、魔王軍全体を代表して感謝申し上げます」


「いや、えっと、俺たち、そんな大したことしてないですよ」


「そうです!学生事務局の知識をほんの少しお伝えしただけです!」


 大学生二人が慌てている。


 無理もない。


 異世界の骸骨宰相に深々と頭を下げられる経験など、普通はない。


「ここ百年で最も有意義な外部助言でした」


「百年」


 大学生男子が、なんとも言えない顔をした。


 比較対象が重いのだろう。


「その学生事務局という組織は、ぜひ一度視察したいものです」


「絶対だめです」


 大学生男子が即答した。


「魔王軍宰相さんが大学に来たら終わります」


「そうでしょうか」


「終わります」


 ……うん、大学がすごい騒ぎになるだろう。


「しかし」


 骸骨宰相さんは、そこで深いため息をついた。


「それはそれとして、問題は尽きませぬ」


「あ、やっぱり愚痴もあるんですね!?」


 大学生女子がなぜか楽しそうに言った。


「ございます」


 骸骨宰相さんは、重々しく頷いた。


「聞きますよ」


 大学生男子が相談を聞く体勢をとる。


 ……彼は魔王軍関係者の愚痴を聞くことに慣れてきている気がする。


 大学生活とは何なのだろうか。


「最近、異世界の勇者殿が、魔王城に客人として保護されました」


 あ、彼女の話か。


「……うん、はい」


「センパイ、リアクションそれであってます?」


「いや、なんかもうそういうもんだと理解した方が早そうだから」


 あの日の経緯を知らないと、まあそんなリアクションにもなるかもしれない。


 たぶん、今、魔法使いさんは笑っている。


「それで、何が困っているんですか?」


 大学生男子が聞くと、骸骨宰相さんは、少し間を置いた。


「魔族の幼子たちが、勇者殿にすごく懐いております」


 ――店内が静かになった。


 シリアスな空気になるかと思ったら、妙な方向から来た。


「懐く」


 大学生女子が少し目を丸くする。


「はい」


「異世界の勇者に」


「はい」


「魔族の子どもたちが」


「はい」


「……………世界って、広い」


 大学生男子が天を仰いで感想を漏らした。


 同感である。


「あははははは!!」


 その時、奥の席から、耐えきれなくなったような笑い声がした。


 魔法使いさんだ。


 姿を現し、口元を押さえて肩を震わせている。


「ちょ、待って、無理」


「魔法使いさん」


「ごめん、でも、何それ、最高じゃない」


 骸骨宰相さんは、非常に真面目な顔で頷いた。


「最高ではございません。由々しき事態です」


「由々しいの?」


「由々しいです」


「魔族の子どもが勇者に懐くのが?」


「はい」


「かわいいじゃない」


「かわいいから困っております」


 骸骨宰相さんは、非常に真面目な顔で頷いた。


「詳しくお聞きしても?」


 大学生男子が頭を抱えながら促す。


 がんばれ。


「はい。誠に恐縮ですが、若き賢者方に、少しご助言をいただきたく」


「賢者……?」


 大学生男女が固まった。


 魔法使いさんは、もう声が出せないくらい涙目になって笑っている。


「魔界を救った実績がありますので」


「救ったことになってる……」


 骸骨宰相さんは、ハイボールを一口飲んだ。


「保護された勇者殿は体力が戻ってくると、何か手伝いたいと仰いました」


「……偉いですね」


「偉いのです」


 骸骨宰相さんは深く頷いた。


「しかし、仮にも勇者殿に仕事をさせるわけにもいかなかったのです」


「うん、まあ……」


「そのため、勇者殿は休養棟の庭で、ただ日向に座っておられました」


「はい」


「すると、幼子の一人が近づきまして」


 骸骨宰相さんの眼窩の奥の光が、少し揺れた。


「『ゆうしゃ、ほんとに光る?』と」


「かわいい」


 大学生女子が即座に言った。


「かわいかったです」


 骸骨宰相さんも即座に言った。


 骨なのに、完全に保護者の声だった。


「勇者殿は困りながらも、聖剣を少しだけ光らせました」


「あー」


「すると、子どもたちが大喜びいたしまして」


「でしょうね」


「それ以来、勇者殿は『光るお姉ちゃん』と呼ばれております」


「子どもは光るものが好きですからね」


 大学生男子が納得している。


 わかる。


「翌日には、幼子が三人。翌々日には八人。その次の日には、なぜかお菓子を持った幼子が十五人」


 大学生男子が、察した顔になった。


「増えた」


「朝、休養棟の前に幼子が列を成すのです」


「なんで」


「勇者殿が、髪を結うのがうまいらしいのです」


「なんで」


「昼寝の寝かしつけまで上手い」


「なんで」


 大学生男子が壊れたように同じことを言っている。


 気持ちはわかる。


「結果、勇者殿は朝から晩まで幼子に囲まれ、『おねーちゃん、見て!火吐けた!』『おねーちゃん、角磨いて!』『おねーちゃん、読み聞かせ!』と大人気です」


「めちゃくちゃ向いてますねぇ……」


 大学生女子がしみじみ言った。


「そこだけ聞くといい話じゃないですか?」


「はい。いい話です」


「じゃあ何が問題なんですか?」


「幼子たちの遊びが、勇者ごっこになりました」


「勇者ごっこ」


「木の枝を持って『まおうをたおすー!』と走り回っています」


「魔王城で?」


「魔王城です」


「それは、まあ……」


 大学生男子が言葉を選んでいる。


「かなりカオスですね」


「カオスです」


 魔法使いさんが机に突っ伏して震えている。


 大学生女子は声を上げて笑っている。


 大学生男子は必死に耐えている。


 私はポーカーフェイスには自信があるが、腹筋が痛くなってきた。


「骸骨宰相さん」


「はい」


「おかわりはいかがですか?」


「いただきます」


 即答だった。


「……わかりました」


 大学生男子が明らかに悩みながら声を出す。


「おお、賢者殿。何か案が」


 骸骨宰相さんの目の奥が光った気がした。


「……まず勇者さん一人に子どもの世話が集中するのはよくありません」


「たしかに」


「一方で、勇者さんが『何か手伝いたい』という気持ちを無碍にするのもよくありません」


「なるほど」


「……魔王城内に託児所を正式に設置し、その職員の一人として勇者さんを雇うとかどうでしょう?」


「託児所とは?」


「デスヨネー」


 大学生女子と魔法使いさんが、とても楽しそうに笑っている。


 大学生男子がしどろもどろになりながら託児所の仕組みを説明している。


 当店はコンサルタント相談窓口ではなく、バーである。


 だが。


 まあ、笑っている人の方が多いので、今日くらいは良しとしよう。

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