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とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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15/15

第15話 扉研究は飲みながらでお願いします

 この店には、時々、学者さんも来る。


 酒場なのだから、別におかしなことではない。


 現実世界からも、研究者や大学教授らしきお客様は来るし、異世界にだって学者はいる。


 そして、学者さん達の知的好奇心が向いてしまうものがこの店にはある。


 ――扉である。


「つまり、この扉は世界間を接続する恒常型転移門ではない、ということですか?」


「いや、恒常型ではあるだろう。少なくとも、この酒場に対しては常に機能している」


「しかし、使用者ごとに接続先が変わるのなら、固定門ではないな」


「変動式個人認証型多元世界接続扉……?」


「長い」


 金属製の眼鏡らしきものをかけた小柄な土妖精の学者さん。


 その隣に、羽根の生えた鳥人族の老教授。


 さらに、半透明の体をした水棲種族の研究者さん。


 そして、楽しそうに参加している魔法使いさん。


 ついでに、カルーアくん。


 バーというより、研究発表会場である。


「材質は木材に見えるな」


 土妖精の学者さんが、扉の前にしゃがみ込んでいる。


「しかし、魔力反応はない。少なくとも我が測定器では反応せん」


「こちらの霊素計でも反応は薄いですね」


 水棲種族の研究者さんが、透明な板のようなものを見ながら言った。


「ふむ。空間の歪みも見えぬ」


 鳥人族の老教授が、片目を細めて扉を見る。


「マスター」


「はい」


「この店の扉が、最初におかしくなったのはいつ?」


 魔法使いさんがワクワクした顔で聞いてくる。


「正確な日付はわかりません。私が異常を知ったのは、入ってきたお客様が明らかに異世界の方だった日です」


「明らかに、ってのは?」


「魔法使いさん、あなたがふわふわ浮きながら入ってきたんですよ」


「あら、私が初めての異世界客だったの?」


「それ以前にも見た目と言動で判断できない異世界の方が来ていた可能性はありますが」


「なるほど」


 納得するのが早い。


 鳥人族の老教授が、ふんふん言いながら書き留めた。


「主観記録としては十分だ」


「ありがとうございます」


 私としては、ただの体験談である。


「マスター、この扉を分解して分析しよう!」


 土妖精の学者さんが、身を乗り出してくる。


「この扉は、空間接続理論、異界相転移、魂紐付け識別、帰還保証術式、すべてに関わる奇跡の実例だ!」


「そうなんですか」


「そうなんだ!」


「でしたら、なおさら分解しない方がいいのでは?」


「……それはそう」


 素直だった。


 学者さんたちは、危険なことを言うわりに、理屈が通じる。


「……扉が帰路を判断しているとするなら、誰かが開いた時に一緒に通れば、別世界に行けるのでは?」


 鳥人族の老教授の言葉に店内が静かになった。


「……マスター、そのような事例は確認されていますか?」


 水棲種族の研究者さんが、真剣な顔で私に尋ねた。


「そうですね。おんぶして一緒に帰られた事例もございます」


 魔王が勇者を、とは言わない。


 カルーアくんと魔法使いさんが苦笑している。


 学者さんたちの目が、一斉に輝いた。


「つまり他の客が開いた扉についていけば、別世界に行ける、と」


 水棲種族の研究者さんが身を乗り出す。


「いや、待て」


 土妖精の学者さんが腕を組む。


「もし扉の判定が『その人が来た世界に戻す』方式だった場合、他世界へ一度行った者は、元の世界へ帰れなくなる可能性がある」


 カルーアくんと魔法使いさんと私が顔を見合わせた。


 ……さすが学者さんたち。


 先日は誰もそんな可能性までは考えなかった。


 鳥人族の老教授が、重々しく頷く。


「それは困るな」


「研究室に未提出の論文がある」


「研究者としては興味深いですが、生活者としては困ります」


「でも、観測はしたいですよね」


「したいな」


「したい」


 三人が頷く。


 その横で、魔法使いさんが目を輝かせていた。


 完全に混ざっている。


「いいわねぇ。多世界接続扉の共同研究。燃えるわ」


「魔法使いさん」


「なーに?」


「無茶はしないでくださいね」


「……程々にやるわよ?」


「お願いしますね?」


「大丈夫よ。扉を壊しちゃったらもったいないもの」


 基準が、もったいないだった。


 安全ではない。


「そもそも」


 カルーアくんがグラスを置いた。


「扉が開いている間に別世界が見えるなら、物理的には繋がっているんですよね?」


「見た目上はそうですね」


「じゃあ、問題は通過した瞬間に扉が何を認識するかですよ」


「認識」


「人なのか、魂なのか、世界籍なのか、入店履歴なのか」


「世界籍」


「マイナンバーみたいですね」


「異世界マイナンバー」


 学者さんたちがざわついた。


「世界籍管理機構があるのか?」


「神々の行政機関でしょうか」


「もしそうなら、決済もそこを経由している可能性が」


「待て。電子決済まで説明できるのか?」


「世界籍に紐づいた信用決済……?」


「壮大だな」


 神々の行政機関まで話が飛んでいる。


 私としては、入金されればそれでいいのだが。


 土妖精の学者さんが唸りながら、こちらを向く。


「マスター、異世界の通貨価値をどのように換算しているのか」


「そこは私も少し気になっています」


「価格表示は?」


「普通に日本円です」


「日本円」


「この街の通貨です」


「つまり、扉もしくは店の空間が、来訪者の認識を日本円決済へ変換している可能性がある」


「そんなことが?」


「あるかもしれん」


「ないかもしれません」


「ないかもしれない」


 全員が頷く。


 何もわからないことがわかってきた。


「言語の問題もありますよ」


 水棲種族の研究者さんが、静かに言った。


「我々は今、互いに異なる世界の言語を話しているはずです。しかし、意味が通じている」


「そうですね」


「マスターには、私たちの言葉がどう聞こえていますか?」


「普通の日本語に聞こえています」


「日本語」


「この街の言葉です」


「私には古森語に聞こえる」


 鳥人族の老教授が言う。


「我には工房語だな」


 土妖精の学者さんが言う。


「私は水界標準語ですね」


 水棲種族の研究者さんが言う。


「私は全部そのまま聞こえてるわよ」


 全員が魔法使いさんを見た。


「そのままとは?」


「言語構造が別々に聞こえるってこと。意味は同時に入ってくるけど」


「できるんですか、そんなこと」


「私を誰だと思ってるの」


 魔法使いさんはドヤ顔でグラスを傾けた。


 この人は本当にすごいらしい。


 普段の言動から忘れそうになるだけで。


「つまり、この店では各来訪者に合わせて意味情報が翻訳されている」


「音声そのものを変換しているのか、認識の側を変換しているのか」


「精神干渉なら危険では?」


「しかし不快感はない」


「むしろ酒が美味い」


「酒は関係あるのか?」


「あるのでは?」


 また話が脱線した。


 学者さんたちは楽しそうだった。


 とても楽しそうだった。


 私はグラスを磨きながら、静かに見守る。


 こういうお客様は、議論が酒のつまみになるタイプである。


 結局、その夜は、最後まで何もわからなかった。


 私としては皆さんが楽しく飲んでくれるならそれでいい。


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