第11話 当店は動物カフェではありません
「ピー」
「はいはい」
私は、カウンターの上に置いた小皿へナッツを少しだけ入れた。
「ピー!」
「おかわりはゆっくりでお願いします」
海賊船長さんが連れてきた鳥が、堂々とカウンターに立っている。
魔法使いさんが頬杖をつきながら、その鳥を眺めている。
「ピー」
「はいはい。あんたも偉い偉い」
魔法使いさんが、指先でナッツを一粒つまんで差し出す。
鳥は、それを器用にくちばしで受け取った。
「ピー!」
海賊船長さんはテーブル席でラムを飲みながら、ずいぶん得意げに笑っている。
「どうだ、マスター!いい鳥だろ!」
非常に賢い鳥だとは思う。
「名前はあるんですか?」
「ああ!副船長だ!」
「なるほど」
位が高い。
その時、カランとドアベルが鳴った。
扉が開いた瞬間、いつものように店内の空気が少し変わる。
魔王さんだった。
だが、以前ほどの緊張はなかった。
なぜなら、魔王さんはもう常連寄りである。
「いらっしゃいませ」
「邪魔をする」
今日も相変わらず格好いい。
「……魔王さん」
「なんだ」
「蝙蝠ですか」
私がそう言うと、魔王さんはわずかに頷いた。
「うむ、我が従魔だ。クロと言う」
肩にいた黒い小さな蝙蝠が、きぃ、と鳴いた。
ずいぶん可愛い声だった。
「可愛いですね」
「そうだろう」
魔王さんが、少しだけ誇らしげだった。
似合わないようで、すごく似合う。
カウンターの副船長が、魔王さんの肩のクロを見た。
クロも、副船長を見た。
「……キィ」
「ピー」
「キキィ」
「ピィ」
何かが始まった。
副船長とクロが、鳴き声で会話している。
いや、会話しているように見える。
「会話してるわねぇ」
魔法使いさんが姿を現して、面白そうに言った。
「もしかして、魔法使いさんなら通訳できますか?」
ちょっと聞いてみたい。
「できなくはないけど、たぶんそのまま見てた方が面白いわよ」
「どういう会話なんですか」
「縄張り確認と、乗ってる飼い主の愚痴」
「愚痴」
「生き物って大体そうよ」
そういうものなのだろうか。
「マスター、顔がちょっと緩んでるわよ」
魔法使いさんがからかうような表情で言ってくる。
「気のせいです」
「そうかしら」
たぶん気のせいではない。
「ところで、マスター」
魔法使いさんが言った。
「はい」
「この流れなら、私も出していい?」
「何をですか?」
「うちの子」
魔法使いさんは、指を軽く鳴らした。
空間がふわりと揺れる。
真っ黒な毛並み。
金色の目。
出てきた瞬間から、完全に自分が店の支配者だと思っている顔をしていた。
「猫ですか」
「猫よ」
「黒猫」
「ノワールよ」
名前がカッコイイ。
ノワールは、副船長とクロを見て、ゆっくりと尻尾を揺らした。
狩る気のある目ではない。
たぶん。
しかし、余裕のある目だ。
「なんか、強そうですね」
私は言った。
「強いわよ」
魔法使いさんが即答した。
「どれくらいですか」
「んー……このバーなら魔王と侍くん以外なら三秒」
「三秒」
「国によっては神獣扱いされるかもね」
「猫なのに」
「猫だからよ」
よくわからないが、魔法使いさんの世界では猫が強いらしい。
そこへ、またしてもドアベルが鳴った。
カラン。
「こんばんは」
聖女様である。
白い修道服のような衣装、そしていつもの清楚な微笑み。
ただし今日は、その視線が店内へ入った瞬間に下がった。
「まあ」
聖女様が小さく言う。
「可愛い方がたくさんいますね」
聖女様は、まず副船長の前に屈んだ。
「こんにちは」
「ピチ」
「賢い鳥さんですね」
「わかるのか!?」
海賊船長が嬉しそうに聞く。
「目がきらきらしています」
「そうだろう!」
聖女様が指先を差し出すと、副船長は、ちょんとくちばしを当てた。
「まあ」
聖女様と副船長の微笑ましい交流である。
「礼儀正しい」
「こいつは俺より礼儀正しいからな!」
「誇っていいのか、それは」
魔王さんが突っ込む。
「誇ることにした!」
海賊船長は前向きである。
というか魔王さん馴染んだなぁ。
次に聖女様はクロを見る。
「こちらは」
「我が従魔だ」
「まあ、失礼しますね」
聖女様がそっと手を近づける。
クロは少しだけ迷ったあと、聖女様の指に頭を擦りつけた。
「キィ……」
「かわいいですね」
聖女様が目を細める。
魔王さんが、なぜか少し照れている。
「クロは、よく働く」
「偉いですね」
「そうであろう」
魔王なのに蝙蝠を褒められて喜んでいる。
良いことだと思う。
たぶん。
最後に聖女様は、黒猫のノワールの前にしゃがんで、にこにこと笑って手を伸ばした。
店内が静かになる。
魔法使いさんが少しだけ、身を乗り出した。
「ノワールは気難しいわよ」
「そうなのですか?」
「私以外にはあまり触らせない」
「まあ」
聖女様は、こてんと首を傾げる。
「では、ご挨拶だけ」
そう言って、手を差し出す。
ノワールは、じっと聖女様を見た。
しばらく見た。
かなり見た。
そして。
「にゃ」
自分から、聖女様の手に頬を擦りつけた。
魔法使いさんが固まった。
「……え?」
聖女様は、嬉しそうにノワールの頭を撫でた。
「柔らかいですね」
「にゃ」
「かわいい」
「にゃ」
ノワールは、そのまま聖女様の膝に乗った。
魔法使いさんの顔が、見たことのない表情になっている。
驚き。
困惑。
少しの嫉妬。
いや、かなりの嫉妬。
「ノワール?」
「にゃ」
「ノワールさん?」
「にゃ」
返事だけはする。
だが、降りない。
聖女様は、にこにことノワールを撫でている。
飼い猫を聖女様に取られた魔女。
これはなかなか貴重な光景である。
聖女様が、完全に小動物に囲まれている姿は、宗教画のようだった。
――周囲にいるのが海賊と魔王と魔法使いであることを除けば。
「神聖ですね」
私は思わず言った。
「でしょう?」
聖女様が微笑む。
「神の創りたもうた命は、皆、愛らしいものです」
「海賊の鳥もか?」
「もちろんです」
「魔王の従魔もか?」
「もちろんです」
「魔女の猫も?」
「もちろんです」
聖女様は、優しく黒猫を撫でた。
「命に、所属はありません」
おお。
良いことを言った。
「ピチ」
「きぃ」
「にゃ」
三匹が返事をした。
かわいい。
とてもかわいい。
ただ、店内が動物カフェになってきている
当店はバーである。
動物カフェではない。
ないのだが。
まあ、今夜くらいは。
かわいいので、いいだろう。




