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とある札幌のバーの扉が色んな異世界に繋がってしまったようです。さて、今夜のお客様は?  作者: 萩原詩荻


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第10話 魔王軍にも報連相は必要です(下)

「報連相しやすくする方法が、あるかもしれません」


 魔王さんの顔が、一瞬で上がった。


「本当かぁ!」


 声が泣きそうだった。


 角のある超美形魔王が、大学生男子に向かって、完全に救いを求める顔をしている。


 魔王の威厳は、もう床に落ちている。


「ほ、本当というか、あくまで学生サークル程度の知識ですが」


「構わぬ!サークルとは何だ?」


「学生が集まって活動する組織です」


「軍か?」


「軍ではないです」


「だが、組織なのだな?」


「はい」


「ならば聞く価値がある」


 魔王さんが真剣に姿勢を正した。


「我はもう、砦が消滅してから報告される生活に疲れたのだ!」


「それは疲れますね」


「疲れる!」


 大学生男子は、大学生女子と顔を見合わせた。


「まず、何をどう報告すればいいかわからない人って結構いるんですよ」


 大学生男子が少し困ったように魔王さんに説明を始める。


 うん、すごい光景だ。


「何をどう」


「はい。だから、フォーマットを作ります」


「ふぉーまっと」


「型です。何を報告するか、毎回同じ形にするんです」


 魔王さんが、小さく息を飲んだ。


「型……」


 侍さんが反応した。


「型は大事でござる。剣も、型があってこそ乱れがわかる」


「さすが侍さん、カッコイイです!!」


 大学生女子の褒め言葉に、侍さんは照れたように日本酒を飲んだ。


「たとえば……えっと、何か紙とペンあります?」


 魔王さんに、大学生男子が説明を続ける。


「魔界製でよければあるぞ」


 魔王さんが外套の内側から黒い紙束と銀色のペンを取り出した。


 大学生男子が「おお」と言って、目を輝かせている。


 わかる。かっこいいよね。


「例えば、ですけど、まず件名」


「件名」


 黒い紙に銀の文字が浮かび上がっている。


 魔導書のようだが、書かれているのは報告書様式の助言だ。


「何の報告かわかるようにします。『〇月×日・勇者一行接触報告』とか」


「わかりやすい!」


 魔王さんが目を輝かせた。


「次に、重要度」


「重要度」


「緊急、重要、通常、共有のみ、みたいな」


「天才か!」


「いや、普通です」


「普通なのか!?人間界は進んでいるな!」


 大学生男子が困っている。


 しかし、魔王さんは本気だった。


「次に、現状」


 大学生男子は続ける。


「今どうなっているか。敵の位置、味方の状態、物資、被害」


「うむ」


「そして、問題点」


「問題点」


「困っていること、判断が必要なこと、放っておくとまずいこと」


「放っておくとまずいこと!」


「はい」


「それを事前に言ってほしい!」


「ですよね」


「あやつらは、『大変です!』だけ言ってくる」


「あー」


 大学生男子が苦笑する。


「ありますね」


「あるのか!」


「あります。『やばいです』だけ来るやつ」


「そうだ!まさにそれだ!『東の砦がやばいです』とだけ来るのだ」


「きついですね」


「だから我は聞く。何がやばいのだ、と」


「はい」


「すると、『全部です』と返ってくる」


「一番困るやつですね」


「そうなのだ!」


 魔王さんは、今にも泣きそうだった。


「でも、いきなり細かくしすぎると誰も書かないですよ」


 大学生女子が口を挟んだ。


 魔王さんが彼女を見る。


「なぜだ」


「面倒だからです」


「面倒」


「はい。だから最初は簡単なやつにした方がいいと思います」


「なるほど……!」


 魔王さんが叫んだまま、動かなくなった。


「魔王さん?」


 大学生女子が心配そうに声をかける。


 魔王さんは、ぽろりと涙をこぼした。


「このような助言が……欲しかったのだ……」


 泣いた。


 超イケメン魔王が、大学生のサークル運営知識で泣いた。


 私は静かにおしぼりを追加した。


 バーでは、泣くお客様もいる。


 今日はたまたま魔王さんが泣いただけである。


 魔王さんが涙を拭って、立ち上がる。


「お前たち、名は?」


「え、名前ですか」


「恩人の名を知らぬわけにはいかない」


 そこへ魔法使いさんが笑って言う。


「やめときなさい。魔王に名前を教えると、面倒よ」


「契約とかになるんですか!?」


 大学生女子が何故か楽しそうに言う。


「世界によるわね」


「ちょっと怖いです!!」


 魔王さんが少し慌てた。


「契約にはせぬ!我はそのような姑息な真似はしない!」


 魔王さんが少しムキになっているようだ。


 かわいそうになってきた。


「だが、余計な心配をかけたくない。名前は聞かぬ」


 魔王さんは紙束を大事そうに懐にしまい、立ち上がった。


「マスター。せめての礼として、今この店にいる者の分は我が奢る」


 魔王さんが言った瞬間、魔法使いさんのグラスがすっと前に出た。


「一番高いやつ」


「魔法使いさん」


「なーに?」


「早いです」


「奢りは鮮度が命よ」


 そんな言葉は初めて聞いた。


 侍さんは静かに頭を下げた。


「かたじけない」


「いや、こちらこそ貴殿にも警戒させたようで悪かった」


「強者が寄れば、体が動く。剣士の性でござる」


「わかる」


 魔王さんが頷いた。


 わかるんだ。


「そこな少年少女も、好きなものを頼んでくれ」


「え、いいんですか?」


「助言の礼だ」


「じゃあ、おかわりを……」


「じゃあ、私はポテトください!!」


「遠慮深いな」


 魔王さんが微笑む。


「我が城なら、宝物庫の一つでも開けるところだ」


「急にスケールが怖い」


 大学生男子が苦笑する。


「奢りの費用は経費で落ちますか!?」


 大学生女子が楽しそうに手を挙げて聞いた。


 魔王さんは少し考えた。


「落ちる」


「落ちるんだ」


「人材育成費だ」


「魔王軍、経理しっかりしてますね」


「経理担当の骸骨宰相が厳しい」


「骸骨宰相」


「骨なのに財布の紐が固い」


「骨だからでは?」


 大学生女子の一言に、魔王さんが固まった。


 そして、ものすごく真剣な顔になった。


「……なるほど」


「いや、深く受け止めなくていいです」


「骨だから財布の紐が固い……」


「冗談です!」


「今度、本人に言ってみよう」


「やめてあげてください!」


 魔王さんは自然に声をあげて笑った。


 入ってきた時の圧は、もうない。


「マスター」


「はい」


「この店は、良い」


「ありがとうございます」


「酒も良い。そして、魔界を救う可能性がある」


「それは、当店としても初めての事例です」


「また来てもよいか」


「もちろんです」


 魔王さんは真剣に頷いた。


「会計を」


「はい」


 魔王さんは黒いカードを出した。


「領収書は必要ですか?」


 私は何となく聞いてみた。


 魔王さんが固まった。


「領収書」


「はい」


「それは、経費処理に使えるものか」


「たぶん」


 魔王さんの顔が輝いた。


「欲しい!」


「かしこまりました」


「宛名は」


「魔王軍で」


 書いていいのだろうか。


 まあ、いいか。


 宛名、魔王軍。


 但し、飲食代として。


 かなり不思議な領収書である。


「ありがとうございます」


 魔王さんは、それを紙束と同じくらい大事そうにしまった。


「では、失礼する」


 扉が開く。


 向こうには、巨大な城と赤い月が見えた。


「では、また」


「ありがとうございました」


 扉が閉まる。


 店内に、静けさが戻った。


「……すごい夜でしたね」


 大学生女子が言った。


「魔界、変わるかもな」


「センパイ、魔界救っちゃったんじゃないですか!?」


「それは救っていいのか?」


 侍さんが、静かに、でも楽しそうに日本酒を飲み干した。


「強き者が悩み、若き者が知恵を貸す。面白い夜にござった」


「ありがとうございます」


「それにしても、魔王殿の気配は凄まじかった」


「やはりお強い方でしたか」


「うむ。拙者、少し斬ってみたくなった」


 やめてください。


 本当に。


 魔法使いさんが、くすくす笑った。


「面白かったわねぇ」


「魔法使いさん」


「なーに?」


「最初に姿を現したのは、やはり危険だったからですか?」


「まあね」


 珍しく、すぐ認めた。


「あれ、かなり強いわよ」


「やはり」


「本気で暴れたら、この店どころか国がたぶん消えるわ」


 怖いことを言わないでほしい。


 魔法使いさんは、面白げな表情のままグラスを傾ける。


「でも、あの魔王はたぶん店を壊さないわ」


「そう願ってます」


「むしろ壊そうとする相手ごと次元の果てに飛ばすと思うわ」


「それは安心していいんですか?」


 まあ、うちのバーを気に入ってくれるお客さんがまた一人増えたならそれでいい。

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