第4話 馬車の中での対話
なぜ、今私は馬車に揺られているのだろうか……。
しかも、先ほど求婚してきたフリーギドゥム皇帝、イヴァンの馬車だ。
彼に求婚されてからしばらくの記憶がない。
しばらくと言っても、ここ一時間か二時間ぐらいのことだけど。
何か変なこと、起こっていないよね?
「緊張でもしているのか?何、そう縮こまる必要はない。俺の隣にでも来るか?」
「いいです。ただでさえ、馬車に乗せてもらっているのだから。そこまで甘えることはできません」
「そうか……」って捨てられた子犬のように肩を落としているがそんなに悲しかったのか?
彼が自分自身の馬車なんだから、自由に過ごすのはよくわかる。
でも、私は乗せてもらっている立場なんだからそんな失礼なことできるわけない。
そもそも、異国の皇帝と馬車に揺られているという異常な状況で安らぐことなどできるわけがない。
ましてや、『冷血皇帝』と恐れられる男の馬車なのだ。
何か粗相があったとしたら、今度こそ私の人生は終了するだろう。
「わ、分かりましたわ。少しはしたないですが、足を伸ばしてもいいですか?」
「あぁ、別に作法とかを俺は気にせぬ。古臭い慣習などあったって無駄だからな」
窓の外を懐かしむように見つめながら、そう零す彼はとても冷酷には見えない。
本当に彼は『血も涙もない冷酷さ』を持つとされる男なのだろうか?
「俺をそんなに熱烈に見つめてどうした?」
き、気づかれていた。
ただ何となく目の前の彼が気になってしまったから、見ていただけだけど。しかも、熱烈だなんて。
私、そんなに彼を真剣に見ていたの?
そんな不毛なことを考えながら恐る恐る足を伸ばす。
足が向かい側に座る彼の横に当たらないのか不安だったけど、全然大丈夫みたいね。
今日はヒールを履きっぱなしだったし、少し足が疲れたからもう少し伸ばそう。
「そういえば、レディはエキャルラット家のご令嬢だったか」
「えぇ、そうですわ。それがどうかなさいましたか?」
「今まで何人かのエキャルラット家の者とあったことがあるのだが、レディは随分と、その理性的だなと思ってな」
彼がどこか遠い目をしている。
よく聞けば乾いた笑いも吐きでていそうで何とも言えない心地になる。
そんな顔つきになってしまうのもよくわかる。
だって、エキャルラット家の人たちはいい意味で一癖も二癖もあるのだから。
エキャルラット家、このリュミエール王国の4本指とも言える中枢貴族の一派。
その名が意味する緋色になぞらえて、炎の魔法に優れていることで有名だ。
しかし、それよりもこの王国には別の印象が広がっている。
「エキャルラットに生まれる者のほとんどが戦闘狂な質を持っているだったか。あれは本当に厄介だ。あの王子が貴様に婚約破棄をけしかけたときは肝が冷えたぞ」
くつくつと笑う彼は芝居がかったように肩を落とす。
それに『厄介』って、彼は我が家の者と遭遇でもしたのだろうか。
それにしても、『肝が冷える』ってどれだけ野蛮人だと思っていたんだ彼は。
「まぁ、私は領地を出てかなり長いから、ですかね。本質はあなたが想像しているようなエキャルラット家の者たちと何も変わりませんよ」
本当に何も変わらない。現に、ヴィクトルのことを殴ってしまったし。
たまたま王子の婚約者に選ばれて、その王子がすごく怠惰で、闘いのことなど考える余裕もないぐらい目まぐるしく時が過ぎていっただけ。そうでしかないのだ。
「ほう、そうか。確かにあのぼんくらに強烈な一発を浴びせてやっていたな」
「か、勘弁してください。私にとってはすでに黒歴史のようなものになっていますので」
面白いものでも見たと言わんばかりに愉快そうに彼は笑う。
人にとっての黒歴史みたいなもので笑わないでほしい、本当に。
あの時殴ってしまった罪悪感がまだ消えていないのだから。ぐさりと刺さる何かがあるのだ。
「そういえば、あなたはどうして私に求婚をしたのですか?」
程よく緊張がほぐれてから、一番気になっていたこと。聞かねばならないと思っていたこと。
どうにも彼のこの行動の意味を理解できなかった。
あの時、私がやったことは王の許可があったとはいえ、反逆罪で囚われてもおかしくないほどのことだ。
事実、あの時向けられた視線のほとんどは私を軽蔑するもの。
ギャラリーの罵りは耳障りが悪いとは思ったけど、彼らが不快に思うのは別におかしいことではない。
その中で彼はなぜ私というある種の『訳アリ』に求婚したのだろうか。
「そうだな。お前に求婚したのは衝動的だと言っても過言ではない。しいて言うのなら、俺の周りにいた『女』と言う存在からかけ離れていたからか」
「女という存在?私が男らしいということですか?」
「そういう意味ではない。……俺の周りいた女と言うのは俺に媚びを売るか、俺を恐れる者しかいなかった。こういえば理解できるだろう?」
今まで軽快な口調で会話していたから忘れていたけど、そういえばこの男は一介の皇帝だった。
人々は往々にして権力者に媚びを売るのが生存本能として、当然のこと。
しかも、彼はフリーギドゥム帝国と言う大国の皇帝だ。なおのこと、露骨に行われていたに違いない。
「お前のことは前々から見かけていたことはあったが、お前が仕事を請け負っていたのは王子が好きだからではないだろう?」
そんなことまでバレていたのか。家族以外の誰にもバレていないと思っていたのに。
一応、『王子に叶わぬ恋をしている少女(仮)』みたいなのを娯楽小説とかから想像してやっていたけど。学園の者たちは一切気づかなかった。
それが、私的には初対面の男に見抜かれるなんて。
「お前の瞳には渇望のようなものが映っていた。しかし、お前はそれを完全に自覚していない」
獣のように目を煌めかせ、男は笑う。面白い獲物を見つけたと言わんばかりに愉快に。
私の渇望……?未だ自覚していない?そんなのどこにある?
どれだけ頭を抱えても思いつくことがない。
「着いたぞ、レディ。ここがお前の家だろう?」
彼が指さす先には確かに私の、王都での邸宅があった。
学園に入ってからほとんど帰ることのなかった我が家が。やっと、帰ってこられたのね。
馬車の扉が開かれ、自らの足で降りようとする。
そして、彼が私に手を差し出す。エスコートでもするように優雅に。彼の大きくて分厚い掌に手を乗せるとそのまま家まで導かれる。
「レディ、俺の求婚の返事は急ぐ必要はない。よく考えて、己の心に従って決めてくれ」
扉の前まで来て彼は自信なさそうにそう言った。
馬車の中やパーティーでの傲慢不遜な口調と全然違う。自信なさそうな口調で喋る彼は等身大の青年にしか見えない。
「レディ、それではまた会いましょう」




