第22話 星降る夜の逢瀬
「それではお休みなさいませ、ルイーズ様」
「ルナシーこそ、お休み。明日もよろしくね」
「えぇ、こちらこそ」と彼女は短く返事をした後、部屋の灯りを消す。
私が眠るための合図のように、部屋全体が夜に沈む。
空が宵闇に染まり、人々が騒ぐ時から眠るときに変わるような時間。
明日の英気を養うためにも、早く眠るべきだ。
「……眠れない。今日はいろいろあったはずなのに」
おかしいな? 全然眠気がやってこないぞ。
灯りが消えたら寝落ちするぐらいには、疲労感があるはずなのに。
それどころか、意識が明瞭で思考も冴えているときた。
どうしよう。
いつもはベッドに行ったらすぐ寝るから、こんなことは滅多にない。
目をつぶっても眠くならないし、布団に潜り込んでも温かいと思うだけ。
「はぁ、こういうのはあまりよくないけど仕方がないか」
外に誰かがいる気配はない。
窓辺に寄るぐらいなら怒られることはない……はずだ。
あまり夜更かしは推奨されないものだけど、眠れないなら致し方なし。
今着ているネグリジェはそれなりに厚い生地だけど、これだけでは不安だ。なので、寒さに耐えられる気がしないからショールを羽織る。
「うっ、少し肌寒いわね」
窓越しとはいえ、しっかりと冷気を感じる。
――きっと外はこんな薄着では耐えられないぐらい寒いのだろう。
窓辺に近づくだけにしてよかったわ。
ちょうどおあつらえ向きともいえる椅子があるわ。ありがたく使わせてもらおう。
「綺麗……。雲一つない夜空の下で見られるなんて、何て尊いのかしら」
部屋の内側からははっきりと見えなかったけど、こうしてみると壮観よね。
昔、母から聞いたことがある。
寒い地域は雪が降るけど、その分空気が澄んでいるから晴れの時には雲一つない。
だから、星が綺麗に見えるのよと。
実際に見上げると、そこには視界に入る限り満天の星空だった。
宝石を砕いてちりばめたような無数の輝きがそこにはある。
「夜更かしをするのはあまりよくないぞ。ここにいては体を冷やす。もう少し中に入ったらどうだ」
「イヴァン様、どうしてこちらに?!」
声がする方を向くと、そこには厚着を着たイヴァン様が立っていた。
少し目を丸くした彼が私のことを見つめる。
夜空に見惚れていて気付かなかった。
彼は窓越しの目の前に立っているのに、全然気配を察知できなかった。
本当に心臓に悪い。二つの意味で。
それよりも、イヴァン様は今外にいるのよね?窓辺に来ただけでもこんなに寒いのに?!
「ははっ、そんなにも慌てるほどのことか?」
「慌てますよ! それよりも、そんなところにいたら風邪を引いてしまいます」
ワタワタしている私を見ながら、彼はけらけらと笑う。
笑う彼の笑顔は『皇帝』としての堅いものではなく、年相応な『青年』のもの。
「大丈夫だ。今ここに来たのは君の様子を見に来ただけだからな」
苦笑いしながら言う言葉に合点がいく。
だから、私に声をかけた時、目を丸くしていたのか。
私はすでに寝静まっているだろうと思っていたのに、来てみたら起きているのだから驚いても仕方がない。
でも、このまま外で待たせるのはあんまりよくないな。
そうだ、あれを渡そう。
「そうなのですか?せめて、これを持っていってください。体が冷え切ってしまいます」
窓を少し開いて彼に手渡したのは、魔法石のブレスレッド。
炎のように紅く輝くそれは、彼の体を温めてくれるだろう。
本来なら彼だって眠っていてもおかしくない時間だ。
少しウトウトと体を揺らしている時点でそうに違いない。
さっき、私に『体を冷やす』って言っていたけど、彼の方がより冷やしているに決まっている。
ほんの少し窓を開いただけでも、鳥肌が立つぐらい寒かったもの。
「いいのか? それならありがたくいただこう」
少し嬉しそうに上擦る声で彼は答えた。
子供が親から欲しいものをもらった時のように、目を輝かせる。
そして、彼は私に見せるようにブレスレッドにキスを一つ。
愛おしい人に口づけるように、優しくおとす。
「君が元気そうな姿でいてくれてよかった。また、会いに来る」
彼は満足した様子で、瞬きの間に私の部屋のテラスから去っていく。
あぁ、もう本当に心臓に悪いわ。
だって、あんなにも熱烈な視線を私に浴びせてきたもの。
ブレスレッドに口づけする時も、私の前から去っていくときも。
その一見冷たいように見える瞳が『あなたのことを愛しています』と、熱烈に訴えかけていた。
あんなに真摯な視線を向けられたら、誰だってそう思ってしまう。
未だに心臓が激しく音を立てている。彼の視線に焚きつけられたようにどくっ、どくっ、と。
眠ろうと思って外の景色を見ていたはずなのに、これじゃあ眠れもしない。
でも、それは決して不快なことではない。
ベッドにもぐりこんで体を丸め込んでも、気持ちは昂るばかり。
そんな悶々とする私の様子を、星空が微笑みながら見ていた。




